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短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #3

3.損益分岐点

付け焼刃のマーケティング論を語り、怪しい経営コンサルタントのように振舞ってしまった。少しばかり、こんな事してよいのか後になって迷う気持ちもあった。見下すつもりはないが、この常夜界の住人の学力は中学生以下だと思うからだ。
オルクさんから渡された硬貨を握りしめながら、キョロキョロ周囲を観察する。集落は本当に建物が乱立しているだけで、道などのインフラ機能が整備されているとは思えない。元市役所職員として、区画整備したい気持ちがこみ上げてくる。
ちなみに、魔王の居城が遠くに見える。徒歩でだいたい15分くらいだろうか、時計も無い世界だから正確ではないけど。

オルクさんの説明通り、3軒の店を回ってみた。彼の偏見が店長の外見をよく示していて特定することに大いに役立った。加えて、この世界では武器さえ持っていなければ敵として見なされることはなく、皆ボーダレスに正直に話てくれる。

1軒目の酒場では、小さなゴブリンが3~4人で店を切り盛りしていた。塩味の強い魚の干物と酒が主力商品で、銅3枚でおかわり自由。とにかく料理の提供が早く、量重視な感じだった。
2軒目のスープ屋は、半魚人のおばあさんと娘らしき人が経営。8種類以上のスープがあり甘い系から辛い系まで全て味が異なる。1杯銅4枚で、選択肢も豊富なので飽きない感じだった。娘さん目当ての客も一定数いるとのこと。
3軒目は定食屋のような感じだが、店長のヴァンパイアと洋館風の見た目から高級感溢れる。定食といってもコース料理のような感じで、メニューは日替わり。銅8枚はかなり高価だが、週に1度は来たくなる感じだった。

さすがに3軒のハシゴは腹が膨れた、恐らく数時間はかかっていたと思う。店に戻ると、オルクさんは奥の部屋で豪快なイビキを立てながら寝ていた。この世界では昼夜という概念が無い。ただし、一定の感覚で眠気が来るので寝るそうだ。

目の前の困っている人を助ける。これは市の職員としての第一義である。
市役所の産業支援課は中小企業や個人事業主の相談に乗ることが多い。もっぱら経営についてが議題である。一見すると民間企業を行政が支援する行為が疑問視されるかもしれないが、多くの地域社会はそれら多数の小規模な会社によって成立している。ましてや、そのオーナーたちも自分の生活がかかっている。市民にとって過ごしやすい地域環境を整備することと、この常夜界の成り立ちは本質的に同じだと感じた。
こんな経験のおかげか、飲食店の経営状況を見聞きすることが得意だったと、改めて気づいた。

「つまり、金、銀、銅の硬貨があって、金1個が銅100個分なんですね?」
「そうだ、お前、頭いいな」

恐らく翌日になったと思われる頃、再びオルクさんからこの世界について学んでいた。
この世界の貨幣価値は極めてシンプルだ。そして恐らくこの世界の住人のほとんどが、貨幣計算を得意としていない。マーケティングで3軒ハシゴした時も思ったけど、感覚的に使っているだけっぽい。

「そして、1回に仕入れる肉の金額は?」
「いつもハンターギルドの連中が持ってくるんだが、モンスターによって違う」
「というと?」
「まず、キメラは1体銅10枚、ヘルコンドル1体銅20枚、ごくらくちょう1体銅25枚だな」

ふむふむと、手元のメモ帳に書く。メモ帳といってもこの世界に紙はなく、皮切れのようなものに、ドス黒いインクをつけた謎の骨で書く。

「キメラ1体で何人前ですか?」
「だいたい客5人分くらいだ」

これらは鶏肉だろうと思い牛やブタについて聞いてみたが、それはなかった。その代わり、魚類、爬虫類、ドラゴンの肉があるそうだが取り扱ってないとのことだ。

「そのキメラの肉で、どれくらいのお金もらってるんですか?」
「だいだい、銅2枚だな。客の機嫌がいいと、銅4枚くらいもらったりもするが」

仕入れ値が銅10枚で売り上げが5人✕銅2枚という、相殺している程度では到底利益が出ているとは思えない。そこでメニュー表を作る提案をした。どうやらこの世界ではそんな文化が無く最初は驚いていたが、あまりの便利さに途中から感動しちゃってくれた。
さらに、店の収支について迫ってみた。
オルクさんの頭の中身を引き出す感じで聞き取りは進んでいった。
これをまとめると、こんな感じ。

収入
 売り上げ      銅150枚
 治安維持活動報酬  銅 40枚~
 魔王給付費     銅 25枚
支出
 肉の仕入れ     銅140枚
 その他材料費    銅 10枚
 生活雑費費     銅 15枚
 魔王献上費     銅 50枚

単純な収支だけで見れば赤字である。治安維持活動費とは野良モンスター討伐の報酬のことで、金が少なくなったら行くことでバランスを取っているそうだ。オルクさんって何レベルなんだろう?

さぁ、ここからいよいよ本題に迫る。

「魔王給付費ってなんですか?」
「これはな、食い物に限らず店を営んでいるヤツらは魔王から硬貨がもらえる。魔王にとって必要不可欠だと認められてるってことだ!」

中々自信満々であった。

「そうなんですね、それじゃ、魔王献上費ってのはなんですか?」
「お、おう・・それはな、魔王からもらった硬貨の2倍を返す事になってるんだ。これを忘れると、処刑されちまう」

命がかかっているとは物騒な制度である。しかし冷静に考えれば闇金のようなものだ。2倍という利子をつけて返済を強いるとは、さすが魔王だなと感心する。

「ということは、給付費を減らすと、献上費も減るってことですよね?」
「・・・たしかに・・・」

今気づいた、という雰囲気。ところが、オルクさんは続けてその理由を言った。

「この給付費が増えると、魔王から認めらたという勲章に値するんだ。店の大きさと言うか・・・誇りのようなもんだぜ」

融資を受ける際、その額が多くなれば成長の原資となる。けれども、それだけでは利益率は上がらない。成長と利益確保の並行を強いられるのが中小企業の現実だが・・・そう上手くいく会社を僕は見たことが無い。
そしてオルクさんの言う「勲章」という表現もわかる気がする。認められる・評価されるという事実が、経営のモチベーションになることは多々ある。この制度は闇金そのものだけど、安易に否定はできない。

「わかりました・・・それじゃあ儲かる料理の開発をしましょうか!」

現実世界の数百倍は簡単な制度のおかげで、状況は把握できた。僕がこうやってここにいられるのは、最初にオルクさんと約束した料理の提案だからだ。

そこから、店の手伝いをしながら恐らく3日くらいは新しい料理を二人で考えていた。
基本的にはオルクさんが「旨い!」と感じるものを探っていったが、儲けについても並行してレクチャーした。言い方が悪いが、計算に関しては小学生レベルだ。ただ、オルクさんの飲み込みが早く、外見とは裏腹に非常に素直だった。

そしてついに儲かる料理の目途が立った。

焼キやきメラ  1串:銅2枚 (10串以上で黒字)
・ヘルコンドルスープ 1杯:銅3枚 (5杯以上で黒字)
・ごくらく唐揚げ丼  1皿:銅5枚 (5皿以上で黒字)
・ジェル酒      1杯:銅1枚 (20杯以上で黒字)

以前がどのような分量で料理を提供していたか正確にはわからないけど、仕入れ量に対して必ずプラスになるように値段を設定した。
加えて、他の店にはない価格帯を上下に設定することと、全てのメニューを注文するとちょっとしたセットになり、ジェル酒1杯無料というサービスも付与した。
損益分岐点はお客さんが8人以上という設定もした。これは日々の平均客数より少し多い。オルクさんはこれ以上を望まないと言ったが、僕は強気に押してしまった。

あとは、実際にお客様の口にあうかだけだ。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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