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短編小説|あのキレイな海を取り戻したら #4

4.上手な諦め方

「で、結局どうなったの?」

鷹見さんが不意に質問をしてくる。もちろん、海を守る会の原稿の話。

「・・・できていません」
「あら、それは残念ね。渡辺課長から突き返されたまま?」
「そうです」

明らかにぶっきらぼうな様子で私が答えているから、流石の鷹見さんも引いているご様子。

「そっかぁ、あの課長も気まぐれだからね。佐治さんにはなんて言ったの?」
「広報誌には載せれません、って、ちゃんとお詫びしました」
「あらぁ・・」

どんよりとした空気が流れる。でもこれは私が作り出した空気だから、別になんてことない。隣にいる鷹見さんは気が気じゃないだろうけど。
結局、渡辺課長には原稿の直しを提出せずに広報誌の記事確定日を過ぎてしまった。枠は用意されていたけど、私が辞退したおかげで他の記事で埋めることになり、今まさに私が自分で自分をカバーしている最中だった。

「鷹見さんって、SNS使ってます?」

不意な質問に、鷹見さんは驚く。

「ん?ま、まぁそれなりには使っているけど・・」
「ちょっと協力してほしいことがあるんです」

近年、SNSの驚異的な宣伝効果を行政もチラホラと採用し始めている。市長がtwitterを始めたり、市の各部でfacebookのページが開設されたり、全体の足並みは揃ってないけど流行に敏感な部署ほど力を入れている。
もちろん私のいる市政宣伝部も情報発信係の人たちが担当されている。
ただし、個人での使用は厳重に注意を促されている。市の職員だから、やはり安易な情報発信は控えたほうがよいのは理解している。

無言で、私のスマホから一つの動画を鷹見さんに見せる。あの海辺のゴミの悲惨な状況が15秒ほど映し出されている。

「なるほどねぇ、そういう訴求の仕方もあるのね」
「イイねとかコメントも数件いただいてまして」
「え、そうなの?・・・ほんとだ。これ、あさちゃんがやったの?」

無言でコクリと頷く。

「どんな反響なの?」
「場所の特定してくる人とか、行政が何もしていない証拠だ、とか過激なコメントが多いですね」
「それは不味くない?」
「それが狙いなんですよ」

少し表情を柔らかくして、ドヤ顔をしてみる。鷹見さんはリアクションに困っただろうな。
そう、私が取った手段は動画での拡散。シンポジウムとかそういうのを開催することも佐治さんと話をしたけど、準備が大変そうなのと集客できないだろうと諦めた上での結論。SNSを使った個人での投稿はリスクがあるけど、これで話し合いの場が出来上がってくればいいかなって。

「今見せた動画ではゴミの惨状だけど、他にもたくさん撮ってるんです。たとえば・・」

猪狩さんがムスッとした表情ながらも職人技のように黙々とゴミ拾いをしていたり。
佐治さんが朝焼けをバックに優雅にお散歩している傍ら、ゴミが景観の邪魔になっていることを訴求したり。
遠山さんが拾ったゴミに一つずつツッコミを入れたり(コレ人気なんだよなぁ)。
そして私も、この惨状をなんとかしたいという気持ちを直接動画で語ってみたり。

「これ、いいわね」
「ですよね?ポンコツな私でも、これくらいならできるかなって」
「でも、これで効果はあるの?」
「まだわかりません。アクセスは少しずつ増えてますけど」
「なるほど、よし!私も拡散を手伝うわ!」
「ありがとう、鷹見さ~ん!」

こうして私は、あのキレイな海辺を守る為の動画を配信し続けた。
3週間くらいは反響が無かった。だけど、地元の高校生が動画を見てくれて4人くらい清掃活動に来てくれた。
手伝ってくれた高校生の紹介も動画でしたら、そこから友達づてに広がって、ついに高校の先生も一人参加してくれた。
ここからちょっとした爆発ムーブがあって、中学生や大学生にも広がり、親子連れの小学生まで来てくれた。もちろん毎週参加してくれるワケじゃないけど。それでも、多い日は20人近く集まるようになった。

活動の輪が少し大きくなったおかげで、活動費の会計も様になってきた(大赤字だけどね)。それによって、なんとか市の助成金を無事申請することができた。申請できただけで受領はまだ先だけど、突破口が見えてきた。
公開している動画のコメント欄でも議論が進んできた。ムダだとか売名だとか批判的コメントもあるけど、訴求拡散してくれる人や似たような他県の海岸の清掃活動を紹介してくれたり色々。私は投稿主として、返信して活気を高めている事を続けた。

そしてこれだけの事をしていれば、ちょっとした有名人にもなってしまう。

「浅海君、今週末もまたゴミ拾いかい?」

渡辺課長が私の顔色を伺いながら聞いてくる。この人は私を困らせた敵だから、当然のごとく冷徹に接する。

「そうですけど、なにか?」
「まぁそんなに構えないでさ、いい話あるんだぞ?」

それぐらいの罠は見切っている。そう疑いながら続きを聞いた。

「都市課の・・大岩さんだっけかな」
「小石さんです」
「おうおう、その方。海辺の清掃管理について、議論が始まったみたいだよ」
「議論て・・・もう遅いですよ」

素直に歓迎する気持ちにはなれない。以前相談してからもう3か月近く経過している。市に対するサポートの無さには心底がっかりしていた。

「そんなスネるなよ。問題意識を共有して、実際の解決行動に移るまでは結構時間がかかったりするもんだ」
「そんなこと・・わかってますよ」
「つまりだ、こんな短期間の間で浅海君の行動が市を動かしたことは賞賛に値するのだよ」

宣伝原稿の時はあれだけやり直しさせてきたのに、何を今さらと更に嫌悪感が増幅される
・・・が、そのせいで動画にたどり着けたことは事実でもある。あの時、広報誌という手段を諦めたからここに繋がった。目的と手段を混同せずに、我ながら上手くできたと思ってる。決して、この人のおかげじゃない。

その数日後、渡辺課長から続報を教えてもらった。予算規模は1/10となってしまったけど、市による海岸清掃が来年予算で行われることが決まったみたい。正直遅い感じもするけど、それでも実行されることには変わりない。

こうして、あの泣きそうな私の決意は、無事達成されることになった。
あのキレイな海を取り戻すための、大きな一歩を!


後日、佐治さんからお茶のお誘いがあった。
佐治さんお気に入りのカフェで、モンブランがとても美味しい。

「相変わらず、お元気そうね」
「そうですか?仕事では相変わらずポンコツなんですよ」
「そうなの?そんな風には見えないわよ」

軽やかな笑い声が響く。

「色々と大騒ぎして、すいませんでした」
「いえいえ。3人の老人がやっていた活動が、若い学生さんたちまで広がってくれたのよ。感謝しかないわ」
「今後・・・海辺が全部キレイになった後も、続けるんですか?」

そう、海辺はだいぶキレイになってきたけど半分くらい。それでも、この活動の目的はキレイを取り戻すことであって、それが達成されてしまった時どうなるのか不安を感じていたのでした。
私は何気なく聞いたけど、佐治さんは何かを言いそうな素振りを見せた後、それを一度飲み込んだ。少し迷った表情のまま、改めて喋りだした。

「碧ちゃんには言いにくいんだけどね。実はこの清掃活動、だいぶ前から止めたかったの」
「え?」

衝撃的な一言に、時が止まる。そういえば佐治さんの意志を聞いたのは、この時が初めてだったような気がした。

「主人が亡くなって、しばらく外に出られなかった日が続いていたの」

陽気な日が陰り、店内の明るさが2トーンほど落ちる。

「私は、ほら、他県から来た身でしょ。主人があの海辺が好きだったみたいで、若い頃1人でよく来ていたらしいの。だから、主人と同じ気持ちになれるかなって海辺を散歩し始めただけなの」
「そうだったんですね・・」

私は人の死と向き合ったことはない。悲しい、という気持ちしか分からない。だけど、佐治さんの言葉から、悲しみ以外の感情がなんとなく伝わってきた。

「私はね、ゴミ拾いを続ける気はなかったの。遠山さんや猪狩さんの熱意に応えていただけなの」

私は目の前にあるマグカップを、そっと両手で包んだ。なぜこんな事を言われるのか理解できなかった。ここまで頑張ってきた自分がピエロのようなだったと、急に無残な気持ちになる。

「そんな私を見かねた主人が、あなたとめぐり逢わせてくれたの・・・かな」

いつものにこやかな佐治さんが戻ってきた。穏やかな笑顔のまま、うっすらと目じりが光った。
多分佐治さんは、私がこういう表情になることを知っていたと思う。だからこそ、変な取り繕いをしないまま話を続けてくれた。

「碧ちゃんの、海辺を取り戻したいっていう気持ちはね、私の生きる目標も取り戻してくれたの」

戸惑っていた表情の私に、優しく語り掛けてくれた。
海辺を取り戻そうとした私の思いは、人助けにもなった。
なんだそういうことだったのか、と佐治さんに笑顔でお返事して、食べかけだったモンブランを口いっぱい頬張った。

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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