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短編小説|あのキレイな海を取り戻したら #2

2.お金の集め方

渡辺課長に対して宣戦布告してしまった。これが俗にいう、若気の至りってやつなのかな。反抗的態度を示すと仕事がやりづらくなると思われがちだけど、意外にも自分を焚きつける原動力になった。単純に吹っ切れているだけかもしれないけど。
通常通りの仕事をこなしつつ、佐治さんが代表を務める海辺の清掃ボランティア(正式名称は、あのキレイな海を守る会って言う)の取材を並行している。高齢者なのでLineやメールではなく、全て電話。ただし、反抗って認識があるせいか、どこか後ろめたい気持ちがあるのか、目立たない時間帯を見つけて連絡を取っている。無料通話のプランに入ってなかったので、最初はスマホ料金に驚いてしまった。とほほ・・。

佐治さんには私の事情を説明した。二言目で取材について了解を得られた。
そこで、高みの見物は職員として失格だと感じ、私も清掃活動に直接参加するという形にさせてもらった。夏も近いので日曜日の朝5時半から開始ということで、佐治さんから何度も確認された。・・・うん、朝は苦手だけどがんばります!

とある日曜日、ちゃんと起きられました~!お馴染みのファンファーレが聞こえてきそう。

「おはようございます!」

我ながら気合の入った挨拶をしたけど、3名の大先輩方たちは恐らくいつものテンション具合で迎え入れてくれた。3名とは、この海辺を守る会のメンバー。
代表の佐治さんは、70歳女性。ゆったりとした雰囲気で、どこか所作が美しい。数年前に旦那様を亡くされている。旦那様がこよなく愛した海辺が好きで掃除を始めたとのこと。
副代表の遠山さんは77歳男性、とても陽気な方で冗談が多くムードメーカーな感じ。以前は小学校の理科の教師だったという。
最後は男性メンバーの猪狩いかりさん。ほとんど喋らず黙々と作業をしていてお話してくれなかった。元会社員だったそうで、DIYの腕前が相当すごいと遠山さんから聞いた。

清掃活動に参加しているとはいえ、取材が本来の目的でもあるから3人に代わる代わる話を聞いて回った。

「へえぇ、では佐治さんはご結婚されてからずっとココにいらっしゃるんですね」
「そうなのよぉ。すっかり、この街の住人になってしまったわ」

穏やかな表情だった。そのまま、ペットボトルやビニールの破片など小さなものをゴミ袋に回収する。私たちはプラ類の回収役だった。

「お電話でも軽く伺いましたが、この清掃活動は何年続けていらっしゃるんですか?」
「主人が亡くなってからだから・・・2年近くになるかしら」
「ずっと3人で続けているのですか?」
「いえいえ。最初は朝のお散歩がてらゴミ拾いしていたのよ。そしたら、同じ時間に散歩していた猪狩さんが手伝ってくださって」

ふぅ、と腰を上げ、猪狩さんのほうを見つめる。お話は続きそうだった。

「それでね、猪狩さんは色んな道具を持ってきて、ちょっとゴミを拾うっていう感じじゃなくて清掃活動っていうようなことを始めてくれたの。色々なご友人も連れてきたりしてね」

さっき話を伺った限り、愛想の悪い人というイメージだったけど、どうやら違うハートの持ち主みたい。

「でもね、それが続かなくなったの。簡単にゴミは無くならないし、自分たちで回収したゴミの処分の手続きも面倒でね」
「ああ、そっか、この回収したゴミはどうするんですか?」
「自分達で処分費を支払うの」
「ええ・・?ゴミ処分費は市が負担してくれないんですか?」

自分が市の職員であることを忘れ、一般市民側の本音をこぼしてしまった。

「そうなのよ。法律がどうとかで・・・碧ちゃんは市役所にお勤めだからあんまり言いたくないけど、対応が冷たくてねぇ」
「そ、それは私も同じ気持ちです!もっと市は変わらなければなりません!」

私らしからぬ威勢の良さに、ふふっと佐治さんは笑ってくれる。

「それで猪狩さんのご友人が全くこなくなっちゃって・・そこで私が色々調べて、市民活動団体登録をしたのよ」
「それだったら、市のサポートも受けられますね」
「そう思ってたけど、簡単にはいかないのよ」

初めて佐治さんの顔が曇る。爽やかな早朝の海辺の風が、生暖かく不穏な雰囲気になった気がした。

「団体登録してすぐに遠山さんが参加してくれたのまでは良かったけど、助成金申請や会計に関する対応が必要でね、すごい苦労しているの」
「色々な手続きが面倒なのは、職員の私も痛烈に感じています」
「そうよねぇ。私たちは清掃活動で出たゴミの処分を市にお願いしたいだけなのに、なんでかなって」

そう言われて初めて、市の職員である自分に対して、猪狩さんがあんな態度をとっているのかがわかった。ふと、だいぶ離れたところで黙々と作業する猪狩さんの背中を見た。たしかにどこか距離感を感じる。

「そこで、3か月前かしら?遠山さんが募金活動はどうか、ってご提案してくださって、少しやってみたのよ」
「それはいいですね!」
「でも、数百円しか集まらなくて」
「・・う~ん・・なるほど・・」
「今もこうやって小さいゴミを拾っているけど、大きいゴミはそもそも手で回収するのは難しいし、お金もかかるからやらないのよ」

佐治さんが斜め後ろを振り返る。大きな流木やドラム缶などが未回収のまま鎮座している。あの場所に残っているのは、そういう理由だったのかと納得できた。

「清掃ボランティアなんて団体登録しているのに、ゴミ回収してないなんて笑われちゃうわよね」

そんな佐治さんの自虐的な笑顔に、胸を痛めてしまう。

「お~い、そろそろ終わるかぁ~?」

遠くから遠山さんが声をかける。たしかにすっかり日は登り、暑さを感じていた。4人の清掃作業でゴミ袋4杯になった。しかし、周囲を見渡せばゴミが減ったとは言えない。今いる場所が少しキレイになった程度。

「それじゃあ、みなさん、今日もおつかれさまでした」

にこやかな佐治さんが解散宣言する。私もすかざずお礼を述べる。

「今日はありがとうございました。なんとか広報誌で宣伝できるよう、がんばります」
「んな余計なことしなくていいぞ」

猪狩さんが怪訝な表情で腰を折る。

「まぁまぁ、猪狩さん。なにか良いことが起きるかもしれないから、素直にお願いしましょうよ」

佐治さんがなだめる。遠くから駆け寄ってきた遠山さんも、いつもの事態かなという雰囲気を察知して会話に入る。

「猪狩さんや、そう睨まなくてもいいんじゃよ。この子はワシらの活動にせっかく興味をもってくれてるんやから」
「・・いや、この活動は本当にこの海が好きじゃないと続かん。上っ面で人が集まっても続かねば意味がない」

やれやれと言わんばかりに遠山さんが苦笑いを浮かべた後、その場の雰囲気を壊してくれた。

「まぁ、いつもこんな感じでやっとるんじゃよ」
「・・はい、色々と難しい状況だということもわかりました」

私はこの場を立ち去ったほうが良さそうな気がした。そそくさと身なりを整え、深いお辞儀をして帰る。佐治さんと遠山さんは笑顔で手を振ってくれた。

帰宅後、真っ先にシャワーを浴びた。リラックスするつもりだったけど、頭の中は取材で手に入れた情報を整理することでイッパイだった。バスタオルを頭から被ったまま、トマトジュースを冷蔵庫から取り出す。そのままコップに注ぐと、いつも取材で使っているB5手帳が開かれたローテーブルの前にどかっと座り込む。忘れないうちに書き出さないと。

団体 あのキレイな海を守る会、2年前設立
代表 佐治保江さじやすえ 70歳←不要
活動目的 海辺の清掃、ゴミ拾い
人数 3名
困りごと→活動を宣伝したい
・ごみ処理費が工面できない
・大きなゴミが捨てられない
・参加者の定着率が悪い

とりあえず箇条書き。

「うーん、何を宣伝すれば良いんだろう・・・」

困りごとを解決するのであれば、宣伝というよりお金の目処を立てるほうが良い感じがする。でも、お金を得たところで今の3人では清掃作業には限界がある。やっぱりここは人手が先なのか。しかし、一過性の手伝いではなく、長く関わってくれる人を求めている雰囲気もあった。ともすれば、志を共にしてくれる人を募るべきか?市に清掃を依頼したいところだけど、そもそも広報誌に掲載する事自体がおかしい・・。
濡れた髪のまま、後方にボフッと倒れ込む。人を駄目にするソファが、ゆっくりと夢の世界へ橋を渡してくれた。

「どうだった?」

翌日月曜日、鷹見さんが早々に問いかけてくる。

「朝早かったので、帰宅後にすぐ寝ちゃいました、えへへ」
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ。あの清掃団体さん、どんな状況だったの?」
「それが、3人しかいなくて。お金や人不足で結構困ってました・・」
「ん〜・・やっぱりそうか」
「え?鷹見さんなんか知ってるんですか?」
「あさちゃんが課長のナベさんにめっちゃ抵抗してるの見てさ、気になって市民活動センターの知り合いに現状を聞いたのよ」
「そうなんですか。ボランティア団体さんて、すごい良い事してるのに評価されないっていうか・・」
「あの海辺はさ、公共の場所なのに市が何も手を打ってないのが問題なんだよね」
「あ、それは私も思いました!」
「まぁ、ここでこんな話してても解決しないわ。あさちゃんが取材したんだから、無事広報紙に掲載して多くの人に訴えかけるしかないわね」

そう、私にできることは宣伝するだけ。やっぱり先輩の助言はありがたいなと心の中(ココ重要)で尊敬の念を示し、目の前のタスクを処理する傍らで原稿に向き合った。

その2日後、悩み抜いた末の原稿は、ゴミ処理費が捻出できなことを訴える事を目的にして作られた。途中、佐治さんに確認をしたけど、ほとんど任せてもらえた。

「あのキレイな海を取り戻すため、ゴミ処理費の寄付をお願いします」

こうして出来た原稿が、思わぬ結果をもたらすことに。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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