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短編小説|部長のイス #4

4.避けられない罠

「さっきの報告会、上手くいきましたよね?」
「そうか?本質的な課題はこれからだと社長は言ってたと思うが」
「いえいえ、部長考えすぎですよ。さっさと経理に買収の段取りを・・」
「待て待て、この件はまだ計画を詰める必要があるだろ?まだ始まってもないぞ?」
「まぁ私だったら段取り済ましておきますけどね」

既存事業室の向谷室長はしたたかだ。
1歳年上の割にはオレの部下という立場を弁えていて、「部下」という役割を全うしてくれる。この事業企画部の古株でもあるから仕事の背景や成り立ちに詳しく、色々と助けてくれる。
だからこそ、ヤツのペースにならないよう隙を見せないようにしている。ヤツもそれに気づいているのか、不穏な態度や反抗的な姿勢は一切見せない。多分、性格的には合わないのだが、仕事上は利害が一致した良き相方に見えるだろう。

役員が軒並み出席できる第1会議室からの帰り道、自部署のフロアに差し掛かった時、調達部の部長である同期の榊山と遭遇した。

「どうした、こんなところで?」
「ここにいたか。ようやくみつけたぜ、伊東。ちょっと大変なんだ」

いつもは訛った関西弁らしき言葉遣いだが、今日はかなり差し迫った様子だ。オレの左腕をグイっと掴むと廊下の端に体を寄せられ、小声での会話が始まった。

「表面処理に使うショット粉メーカーの平井技研っていう仕入先で昨晩火災があってな、ショット粉の納品が明日の昼で止まってしまうんだ」
「そりゃまずいな。基盤の表面加工に必要なショット粉がなければ、全て生産ラインが止まってしまうじゃないか」
「そこで、代替のショット粉を入手しようと他のメーカーを探しているんだが、どうにも見つからなくてな」
「・・・そこで元調達部のオレに相談、ってわけか」
「話が早くて助かる、なんかアテは知っているか?」

いつになく困った表情の榊山を見て、頭をフル回転させる。

「そもそも平井技研一本で発注していたのは、在庫の保管量のバッファが大きくて供給リスクが低いからじゃなかったのか?」
「それがなぁ、火災の一報を知った他社が群がって粉体の素材を買い漁ってしまったらしい」
「供給保障の最低限である24時間分しか無い、ということか」
「その通り。契約上は問題ないので何も言えず、悔しいんよ」

少しばかり元調達部時代の記憶をローディングしている時、脇で一部始終を立ち聞きしていた向谷が前傾姿勢で加わってくる。

「それなら、過去、ショット粉メーカーの供給リスク評価した時に、同業他社の洗い出しをしたことがありますよ」
「なんやと!それは期待できそうな話やな!」

榊山は一心に食いつく。

「その時作った一覧表を保管してますから、ちょっと持ってきましょう」

そういうと小走りで事務所に戻っていった。

「いい部下がいるわなぁ」
「・・・厄介だぞ、隙を見せたらやられるから」

ほどなくして向谷が厚めのファイルを片手に、A3用紙を一枚見せてくれた。罫線の中にビッシリと文字が書かれているが、一部に黄色のマーカーを引いてくれている。

「このマーカーのところがショット粉メーカーです。住所や電話番号も記載していますから、すぐに使えると思いますよ」
「おお、これはありがたい!すぐにウチのメンバーに当たらせるわ!」

榊山はそういうと、A3用紙を受け取り、駆け足で廊下を戻っていった。

「榊山部長の助けになれましたね。いやぁ、あの時調査した情報を保管しておいてよかったぁ~」

自画自賛している向谷には何も触れずに、オレは自分のデスクに歩み始めていた。


さっきの報告会の課題に販売戦略の見直しと、大きな課題が盛りだくさんだ。
この部署に部長としてきて7か月が経ったが、すっかり部長としての責務に追われている。
やりがいがあるか?と聞かれれば、どうにも答えづらい。ある程度自分の意志で采配を振れるのはありがたいが、労働面の管理は煩わしい。何より、パワハラには細心の注意が必須だ。面倒なことやワガママ言うやつには、ハッキリと言い切りたいことは山ほどあるのにな。
しかし、最近は遠慮せず言いたい事を言うようにしている。それが良いか悪いかは別として、オレ自身を偽らずに過ごせることが精神衛生には大事だ。


「伊東部長~山西専務からお電話です~」

庶務の時田さんが不穏な電話を継いできた。山西専務は組織上、オレの上司にあたる。

「はい、伊東です」
『もしもし、ああ、伊東君だねぇ。あのさぁ、平井技研の件は知っとるか?』
「はい、調達の榊山部長がさっき相談にきてましたので」
『おおう、それは話が早い。納品の手配は調達がやるからいいんじゃが、火災の原因となったショット粉がウチの品番らしくてなぁ』
「ウチのですか?確かに特殊な配合をさせてますからね」
『それでなぁ、厄介なことに平井技研が火災の原因をウチの製品のせいにすると脅迫めいた電話があってなぁ』

電話の内容と山西専務の声の緊張感には大きな隔たりがある。

「それは困りましたね。それで、何故私にそんな連絡を?」
『いやいや、君のところで既存事業管理やっとるじゃないか?こういうリスクマネジメントも、君だろ?』

声色に加速感を感じる。どうやらオレの責任にしたいようだ、上司はあなた自身なのに。

「たしかにそうですが、仕入先管理は調達の榊山のところではありませんか?」
『ワシもそう思ってたんじゃが、調達はあくまで仕入れに関する業務を担当していて、今回のような緊急リスク対応は事業企画部だと抵抗されたんじゃ』

意外にも、トラブった時の応急処置や現状復帰というのは早く終わる。長引くのは、こういう責任の押し付け合いだ。

「お言葉ですが専務、リスクマネジメントの主導は我々ですが、実際の管理や監督に纏わる責任は、仕入先というステークホルダーに対して調達が全面的な責任を負うものです」
『おうおう、さすが伊東君。やっぱり直接社長と顔合わせながら責任部署を決めるしかないのぅ』

最初から用意されてた答えのようだった。オレは仕方なく受け入れた。同期の榊山とこんな形で意見が対立してしまうとは、残念な気分だ。

翌日の昼過ぎ、平井技研からのショット粉の供給は停止した。しかし、他県にある吉野金属という別の仕入先から代替品を納入する手配ができた。ウチのショット粉はたしかに特殊な配合を要するが、技術的にはどこでもやれる条件だ。調達部の担当者たちは昨晩夜通しで対応していたらしく、部全体が疲労感に溢れていた。会社の窮地を立て直した英雄たちには頭が上がらない。


「・・・うん、わかった。ありがとう、メンバーにもできるだけの労いをしてやってくれ」

穏やかな口ぶりで社長が賛辞を贈る。その周囲には、山西専務、榊山部長、向谷室長、訴訟対応役で総務部の峰参事、そしてオレがいる。

「さて・・それでは平井技研からの要求についてですが」

渋々と山西専務が切り出す。

「正式な書面も届いてますが、要約するとウチのショット粉の製造工程が出火場所だ、と。消防もそのような見解だそうです。そして・・」

やれやれ、と言わんばかりの苦悶の表情で説明を続ける。

「・・・この火事による損害賠償を、我々に請求すると」

社長は一段と険しい表情になるが、すぐに隣の峰さんが口火を切る。

「全く道理になっていない」

たしかに言いがかりにも程がある内容だと感じた。

「無視したら、どうなるんですか?」

榊山が峰さんに問いかける。

「無視はマズイ。当社として非がないという正当性を主張し、相手方が納得をしなければならない」
「面倒な交渉になりそうか?」

社長が不安そうな口ぶりで峰さんに尋ねた。

「いえ、支払いに応じる必要がない何か明確な根拠があれば、全く問題ありません」
「明確な根拠、ねぇ」

そのまま社長は立派な椅子の背もたれに体重を預け、無味な天井を眺める。

「なぜ平井技研はこんな強気なのでしょうか?」

榊山の質問は続く。

「恐らく、ではあるのじゃが・・」

山西専務が語りだす。

「私がまだ室長だった時から平井技研との取引はあったのだが、当時の技術ではウチの品番のショット粉を作るのには他の者と分離するために専用製造ラインの設置が必須だったのだよ。もちろんショット粉の販売価格に上乗せさせるべきところを、当時の調達が値切りに値切りまくって、他の品番と変わらない値段にしたのだ」

聞いただけで当社がヤクザのような悪者の昔話だ。

「その鬱憤か」

姿勢を変えていなかった社長がボヤく。

「値上げを認める事で、損害賠償を回避するのはいかがでしょ?」

向谷がこの問題の出口を模索し始める。

「火災の原因に対する答えにはなってないから、不十分と言われるかもなぁ」

峰さんが顎に手を当てて答える。値上げ、という単語は調達部案件の作業となる。榊山は瞬時に察知し、反撃の口実を考えているようだ。

「部分的に損害倍書するというのはどうでしょうか?全面的に認めるのではなくて」

向谷がいつにも増して積極果敢に提案する。今この場に集まっているメンバーからすると、コイツは自分の株を売りたくて仕方ないのであろう。

「何を、どう認めるつもりだ?」

社長が姿勢を正して向谷に確認をとる。

「焼失した建屋や設備などの賠償には応じられません、そこまで資本関係があるわけでも、火災の直接的な原因でもありません」

台本でもどこかにあるような雄弁は続く。

「一方、取引関係にある為このような有事の際の連帯責任として、商品販売の機会損失分は受け持つ、と」
「なるほど。ただし金額によるな」
「有事の際、ということはリスクマネジメントの観点で話を進めるということでよろしいのか?」

山西専務が念押しする。向谷の言いたい本音をハッキリ言ってくれた。向谷は無言のまま大きく頷いた。

「肉を切らせて骨を絶つ、ということですな」

峰さんも概ね納得のようだ。しかしここで、納得していない一人が吠えた、オレのことだ。

「仕入先管理は調達部の範疇です。リスクマネジメント自体はルール整備が主目的であり、個々のリスクに対する責任は各部門が取るべきものです」

場の雰囲気的に言い訳にしか聞こえない正論だ。空気を読む、というテストがあるなら限りなく0点に近い態度だろう。しかし、問題の出口が見つかったら我先に脱出したくなるものだ。

「たしかにそうかもしれんが、調達部が出向くと価格の話や取引契約の押し合いになる。リスク管理の観点で話を進めれば、こちらの非から入るので相手の土俵に持ち込まれずに済むなぁ」

山西専務がダメ押しをする。そして一番最初に脱出したのは、社長だ。

「決まりだな。伊東君、平井技研に行って諸々の交渉を頼む。ウチが不利にならないように峰さんの助言も仰いでくれ」

みんなよく聞け、これがサラリーマンという現代の奴隷である。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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