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短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #5

5.片道切符

もう見慣れたこの荒れた大地に、ほんのりと道筋がある。その乾いた悪路を、背中に剣を突き付けられながら歩いている。背後にはズーガと、長槍を構えた兵士が4人ほどいる。逃げるなんて考えないほうがいい状況だ。
遠くに見えた西洋風の城が徐々に近づいてくるにしたがって、その大きさに圧倒されてしまう。ただし、魔王の居城という名の割にはとても清潔感があり、キャットタワーのような2つの尖塔が印象的だった。

大きな門を2つ潜り、大きな正面扉が開かれる。場内は絨毯や燭台はあるものの、思った以上に簡素な印象で天井は高く作られている。横幅が10メートルはある赤い絨毯が敷かれた階段を上り、2階に相当するフロアを右手に曲がる。メイン通路に比べて急に狭くなった廊下の、突き当りにある部屋まで進むよう誘導された。明かりは極端に減り、石造りの構造が妙にひんやりしている。
部屋の扉を開けると、大きなテーブルと8人分の椅子があった。応接室のような雰囲気だ。

「よし、この部屋で待っていろ。しばらくしたら迎えに来る」

妙に丁寧なズーガの素振りに、少し安心感を覚える。そのまま部屋の扉が閉まると、再び独りの時間がやってきた。窓の外は見慣れたこの世界の景色が広がる。暖炉などはなく、いわゆる甲冑、燭台、観葉植物なども置いていない。かなりガランとしてる。
そんなことより、今の自分がおかれている状況を把握しようと頭の中が高速回転し始める。

「魔王キヨリが呼んでいる、ということは何か話がしたいってことかな」

そういえば市の職員時代、一度だけ市長に呼び出されたことを思い出した。あの時は、残業で遅くなった帰り道に徘徊をしていた老人を保護したことが、警察づてで市役所に連絡があり褒められたのだった。そんな甘い記憶から、今回も褒められるのではという期待感が込み上げてきた。
しかし、オルクさんの気配が全くない。たしか、この居城にきていたはずだ。給付費を「魔王側の条件で飲む」という選択を宣言する為に来たのだから、僕たちは不利な状況ではないはずだ。
大丈夫だと何度も自分を落ち着かせた。

コンコン。
不意に扉がノックされる。この世界に来てから扉は足で蹴る場面を何度も見てきたせいか、逆に違和感があった。返事する間もなく、ドアノブが動く。そこに立っていたのは、オルクさんだった。

「あ、オルクさんじゃないですか、無事だったんですね!」

「あ・・・ああ」

明かに無事ではない。あの乱暴でガサツな緑のブタは、耳を大きく垂れた状態で視線は足元に向いていた。すると、そのすぐ背後に見慣れた甲冑・・・ズーガがいるようだ。
その状況に気づき、何やら脅されていると判断し僕もうわべだけのような会話を開始した。

「どうしたんですか?」

「おう・・・一緒に、キヨリ様のところへ行くぞ」

そのままオルクさんと横に並んで、先ほどの正面玄関の階段をさらに3階へと上がる。背後にはズーガと兵隊が武器を突き付けたフォーメーションは変わらず。
道中はさらに薄暗く、ほとんど見えない。間もなくしてやや小ぶりだが、骸骨や骨の装飾が施された扉の前についた。番兵が1人いる。やはりネズミのような尻尾が見える。
そのままズーガが小声で門番とコミュニケーションを取り、扉がゆっくりと開けられた。そのまま前進を促され、いよいよ魔王の眼前へ躍り出た。

「ようこそ我が城へ。お前が、有名な焼肉店のオルク、じゃな」

この世界ではまず聞かない、年増の女性のような声色だった。しかも、その声の主は真っ白い猫人だ。大昔の貴族のような王冠とマントを着こなし、3メートルはありそうなソファ型の椅子にリラックスした姿勢で座っている。
一方僕たちはそれとは真逆の、罪人のような姿勢を迫られ、膝まづいている。

「オルク。我が給付を拒むとは、いかなる理由じゃ?」

えっ、話が違うと一瞬で気づく。すぐさま左にいるオルクさんの顔を見上げると、悔しそうな表情だった。

「理由など答える必要はないだろう。どの道、俺様たちは献上費を収めることには変わらない」

「ほう・・賢いな。全ての下界の蛮族は皆、給付の下で延々と献上させられていることに気づいていないと思っておったわ」

「そうだろうな。勲章とかいう表現のおかげで、俺もすっかり騙されていた蛮族だったってわけだ」

「して、もう一度問う。なぜ、我が給付を拒むのじゃ?」

この魔王キヨリとは、かなり知能が高そうな印象を受ける。オルクさんを問い詰めるごとに、威圧感が強まっていく。

「・・・隣にいるコイツのおかげだ。コイツが全て教えてくれた」

ひぃい!?
この絶妙なタイミングで身売りをされてしまった。
オルクさんとの信頼関係を築いていたと、僕が一方的に勘違いしていたのかもしれない。

「その薄汚れたエルフが、か?」

明かな視線を感じる。わずかに膝が震えだした。

「おい、貴様。どうやら給付費に関してオルクに入れ知恵したそうだな。その意味が、わかっているか?」

ついにこの世界での終わりを宣告された気がした。おそらく何らかの厳罰が降りかかるであろう状況に、もはや頭の中は空っぽになってしまった。何も答えることが出来ず、膝の震えが増してくることだけを感じ取っていた。

「ふんっ、恐怖で話すらできんか。よかろう、オルクよ。選択肢を与えるからどちらか一方を選んでハッキリさせろ。これが余からの最後の通告じゃ」

背後にいるズーガや兵隊たちがニヤついている表情を、振り返らなくても察知できた。

「一つ、金10枚の給付を受け取れ。そして、献上費は金20枚だ。ただし、やり方はお前の自由にしてよい、危険な目に合わない事も約束しよう!」

「もう一つ。望み通り給付は現状のままにしてやる。ただし、その汚いエルフはこの世界から追放する」

金20枚など異次元すぎる。この世界がどれだけの規模を要しているかしらないが、流通量を超えている気がする。他の地域から外貨を稼がないと成立しないのではないだろうか。
緊張感のあるこの状況下でも、意外と冷静に考えてしまう。
そして二つ目の条件を、頭の中で3回唱えた。追放、という処罰の具体的な意味が確認したくなった。

「・・つ、追放とはどのような・・?」

「ん?ようやく口を開いたか。追放とは、異世界への転送を意味する。ここよりもっと過酷な世界へ、な」

命を奪われるのではなく、追放という選択肢に限りない希望を抱いた。元の世界に戻れる可能性を感じたからだ。究極の片道切符だが。

「はやくしろ、オルク」

魔王キヨリが煽ってくる。オルクさんを再び見上げると、尋常でない汗と涙と鼻水で溢れていた。
そう、僕にとっては二つ目の選択肢に活路があるが、オルクさんにとってはどちらもつらい選択だ。どちらを選んでも、結局はこのヤクザのような資金徴収制度の一部になることには変わりない。

オルクさんともっと一緒に働きたい、でも、自分のいた世界に戻るチャンスも得たい。そんな複雑な気持ちが今まですごした10日分の出来事をフラッシュバックさせる。
きっとオルクさんも、気持ちは異なれどフラッシュバック中なのかもしれない。
汗も涙も鼻水もそのまま、オルクさんが答える。

「俺は・・・いつも通りの日常に戻りたいだけだ。苦しくても、楽しくても、自分が自分らしくいられる日々が、何よりなんだ」

「そうか、わかった。では給付はそのままだな、そのかわり・・・」

魔王キヨリはその場で立ち上がり、杖のようなものを振りあげた。その瞬間、天井に向かって吸引される強烈な風圧を感じた。

「名もなき汚いエルフよ、貴様は最後の最後でオルクに身を売られたようだな、滑稽じゃぞ」

そのセリフ以降、周辺の景色がゆっくりと揺らぎ始め、暴風の中にいるような風切音に囲まれ魔王キヨリの言葉も聞こえづらくなっていった。

「焼肉店を繁盛させ、この給付制度の目的を暴いたのは見事じゃったぞ。また、こ・せ・・」

言葉はそこで聞こえなくなり、再び目の前が真っ暗になってしまった。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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