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「とある7人のキャリア」 短編小説集

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7人の人物を通して描く、7つのキャリア開発の物語。全9万字程度のボリュームを複数回に分けて投稿します。ミステリー、ヒューマンドラマ、純愛、経済、異世界転生といったジャンルで作り分…
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#異世界転生

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #1

「・・ったくよう、あの口先だけの頑固オヤジに振り回されるのは、もう我慢ならねぇ!」 市庁舎の階段フロアで怒号がこだまする。1階から6階まで筒抜けだろう。 「まぁまぁ、落ち着いてください、式山さん」 「ぁあん?路寄、なんだお前あのオヤジの味方でもすんのか?」 「いえ、そういう訳ではなくて、こんなところで大きな声だしたら・・」 「わかってるって!でもなっ、たまったストレスはこうやって発散しないと、仕事なんてやってらんねーんだよ!」 なんだか怒りの矛先が自分に向いているような

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #2

2.魔-ケティング このわけのわからない世界に降り立ってから、自分の状況を冷静に振り返ることすらできないまま、鶏肉らしき肉をつかって唐揚げを作っていた。 鍋、食器、包丁などは金属と木で出来ていて案外普通に使える。 電気、ガスはなく、冷蔵庫や電子レンジはない。 水は井戸水を汲んだものだと、緑ブタさん(名前はオルクと言う)から聞けた。 食材は全て常温保存だが、不思議な水色のランタンの周囲が非常にひんやりしていて冷蔵庫がなくても大丈夫そうだ。原理はわからないが、非常に便利だ。

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #3

3.損益分岐点 付け焼刃のマーケティング論を語り、怪しい経営コンサルタントのように振舞ってしまった。少しばかり、こんな事してよいのか後になって迷う気持ちもあった。見下すつもりはないが、この常夜界の住人の学力は中学生以下だと思うからだ。 オルクさんから渡された硬貨を握りしめながら、キョロキョロ周囲を観察する。集落は本当に建物が乱立しているだけで、道などのインフラ機能が整備されているとは思えない。元市役所職員として、区画整備したい気持ちがこみ上げてくる。 ちなみに、魔王の居城が

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #4

4.しさつ 「はい、ヘルコンドルスープ3人前ですね!」 「からあげ丼がまだこねぇぞっ!どうなってんだぁ!」 店内は怪物・・いや、お客様でごった返していた。勢いのある客が多いのか、腹減ってるだけなのかわからないが、少し殺気立っている。 か弱いエルフの僕は必至でホールを担当していた。正直、腕が6本のタコや何かが取れかかっているゾンビなんかと接するのは恐怖でしかない。しかしそんな感情より、料理を運ぶ忙しさが勝っている。 オルクさんは必至の形相で料理をしているが、高校球児のような

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #5

5.片道切符 もう見慣れたこの荒れた大地に、ほんのりと道筋がある。その乾いた悪路を、背中に剣を突き付けられながら歩いている。背後にはズーガと、長槍を構えた兵士が4人ほどいる。逃げるなんて考えないほうがいい状況だ。 遠くに見えた西洋風の城が徐々に近づいてくるにしたがって、その大きさに圧倒されてしまう。ただし、魔王の居城という名の割にはとても清潔感があり、キャットタワーのような2つの尖塔が印象的だった。 大きな門を2つ潜り、大きな正面扉が開かれる。場内は絨毯や燭台はあるものの

短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #6

6.自分らしくいられる日々を 鳥の声、バスのクラクション、かすかなタバコの匂い。 目を開けると北庁舎の建物があった。 自分の体は剪定道具の物置が支えてくれていた。 手や服装を恐る恐る確認する。 路寄幸助がそこにはいた。 ・・・全てが戻った。 究極的な安堵のため息を漏らす。 そしてすぐさま立ち上がる。 お尻を払い、周囲を見渡す。 過剰な時間の流れは感じない。 30メートルほど先に喫煙所があるからそこへ向かう。 いや、「さっき来た道」を戻るだけだ。 「ん、なんだお前?もうコ