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「とある7人のキャリア」 短編小説集

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7人の人物を通して描く、7つのキャリア開発の物語。全9万字程度のボリュームを複数回に分けて投稿します。ミステリー、ヒューマンドラマ、純愛、経済、異世界転生といったジャンルで作り分…
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2022年10月の記事一覧

短編小説|軽銀のクライシス #1

日曜、夜7時。 多くのサラリーマンが憂鬱を感じる時間。 「明日会社かぁ、行くのダリィなぁ・・・」 ここにいる銀山溶輔も、その多くのサラリーマンの一人。入社から5年が過ぎると仕事も1人でこなすことができ、時間も金銭的にも余裕が出てくる。おまけに会社への不平不満も出てくる頃である。 そんなどこにでもいる一般従業員が、企業の不正問題の片棒を担ぐことになったら、どんな行動を起こすのだろうか。 それに気づいた時、郷に従って加担し続けるのか? 不正だからと勇気を持って告発するのか?

短編小説|軽銀のクライシス #2

2.淀み 銀山の勤めるコイズミ鍛造株式会社は、中堅の自動車部品メーカーだ。主にはトランスミッションのギアを製造している。ギアは耐久性が求められるので、多くは合金でできている。そのため、金属を溶解する溶解炉や鍛造機などを用いた生産設備を持つ工場が、会社の生命線となっている。ギア以外にも駆動系部品の組付製品もラインナップされている。それらは協力会社(仕入先)から部品を購入し、コイズミ鍛造が組み立てる事で付加価値を高め、製品単価を高く設定できるドル箱のような事業だ。競合他社が多い

短編小説|軽銀のクライシス #3

3.騙し合い 「出向に際しての概要はこんな感じで、あとはその紙に書いてある通りになります」 銀山は、個室のような会議室で人事部のキレイな女性社員から出向に関する説明を聞いていた。給与もろもろ通勤手当まで、今の会社の条件のまま白波工業で仕事をする。会社としては三流で都落ちではあるが、出向先ではチーフという肩書で係長待遇と示されていた。通勤時間も10分ほどしか変わらず、条件としては悪くない。ヒマを持て余していた今の状況から脱出できる期待感がその顔にはうっすら浮かんでいた。

短編小説|軽銀のクライシス #4

4.邂逅 リスク管理委員会は会議の想定時間を遥かに巻いた形で終わった。 楠下部長と梅木室長の二人が出席したが、梅木が全て説明をした。 要約すると、 ・仕入先の納品数と良品数に食い違いがあったこと ・仕入先からの納品数と当社の帳票は数字が一致している ・支払いなどには問題ないので、仕入先内の問題であること ということだった。 加えて、全てを話終わった後、梅木は決め台詞を言って舞台を降りた。 「今回気づいた点を考慮し、全仕入先にもミスが無いか確認を行います」 委員会は質疑な

短編小説|軽銀のクライシス #5

5.処分 銀山と追坂が暴いたアルミ材質すり替えの騒動は、コイズミ鍛造のリコールという事態へ進んだ。製造期間が2年間、無償交換の対象車両が約4000台でざっくりと40億円規模の見通しとなった。経営が著しく傾くわけではないが、中間の決算説明会では株主による問い合わせで大騒ぎだったのは言うまでもない。 この事件により、白波工業はコイズミ鍛造へ吸収合併されることとなった。事実上の廃業である。 オーナー兼社長だった白波はインドネシアの拠点に異動となったが、精気を失っているようだった

短編小説|あのキレイな海を取り戻したら #1

私の街にはキレイな海辺があった。 全長は1kmほどで割と大きい。けど、海水浴場ではないから知名度は低い。 だからこそ、地元の人たちが誇れる憩いのスポット。 何歳の頃かわからないぐらい小さい時から、両親の手を握りながらこの海辺に何度も訪れた。 貝殻を拾ったり、波しぶきから逃げ回ったり、お尻を濡らして怒られたり。 この海は、私の思い出をいっぱい作ってくれた。 それから20年は経っただろうか。 付近を走る国道は倍以上に拡幅され、産業道路になった。信号もないことからハイウェイ化し、

短編小説|あのキレイな海を取り戻したら #2

2.お金の集め方 渡辺課長に対して宣戦布告してしまった。これが俗にいう、若気の至りってやつなのかな。反抗的態度を示すと仕事がやりづらくなると思われがちだけど、意外にも自分を焚きつける原動力になった。単純に吹っ切れているだけかもしれないけど。 通常通りの仕事をこなしつつ、佐治さんが代表を務める海辺の清掃ボランティア(正式名称は、あのキレイな海を守る会って言う)の取材を並行している。高齢者なのでLineやメールではなく、全て電話。ただし、反抗って認識があるせいか、どこか後ろめた

短編小説|あのキレイな海を取り戻したら #3

3.たらい回し 「浅海さんの熱心な姿勢には感服したよ。10月号の広報誌に、3/4面で原稿出そうか」 「あ、ありがとうございます、渡辺課長!」 「でもね、ちょっとその代わり条件がある」 「え!?な、なんですか・・・?」 「猫飼いた~い」 ・・・ぬはっ!! なんという夢だろうか。気持ちが悪い。 まだ薄暗い気がしたのでスマホで時間を見ると、朝の4時19分。これは確実に2度寝していい時間。くるりと体を戻し、改めて寝に入る ・・・が、さっぱり寝れる気がしない。強烈な渡辺課長の夢の

短編小説|あのキレイな海を取り戻したら #4

4.上手な諦め方 「で、結局どうなったの?」 鷹見さんが不意に質問をしてくる。もちろん、海を守る会の原稿の話。 「・・・できていません」 「あら、それは残念ね。渡辺課長から突き返されたまま?」 「そうです」 明らかにぶっきらぼうな様子で私が答えているから、流石の鷹見さんも引いているご様子。 「そっかぁ、あの課長も気まぐれだからね。佐治さんにはなんて言ったの?」 「広報誌には載せれません、って、ちゃんとお詫びしました」 「あらぁ・・」 どんよりとした空気が流れる。で