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短編小説|軽銀のクライシス #4

4.邂逅

リスク管理委員会は会議の想定時間を遥かに巻いた形で終わった。
楠下部長と梅木室長の二人が出席したが、梅木が全て説明をした。
要約すると、
・仕入先の納品数と良品数に食い違いがあったこと
・仕入先からの納品数と当社の帳票は数字が一致している
・支払いなどには問題ないので、仕入先内の問題であること
ということだった。
加えて、全てを話終わった後、梅木は決め台詞を言って舞台を降りた。

「今回気づいた点を考慮し、全仕入先にもミスが無いか確認を行います」

委員会は質疑など一切なく終了し、二人は息苦しい会議室から堂々と生還した。

「いやはや、梅木君助かったよ。これでこの件は終わりかな」
「そうですね、部長」
「ところで、銀山君はこの件で出向しているはずだが、いつ頃戻すのだい?」

気分よく部長が尋ねるが、梅木の表情は一転した。

「そうですね・・・彼には製造現場の経験をしてもらいたいので、まだ少し先になるかと思いますよ」
「そうかぁ、メンバーが減って厳しい状況だというのは分かっているつもりだけどね」
「いえ、そんなことないですよ部長」

いつものやる気なさそうな表情に戻っていった。


響き渡るエアーシリンダーの駆動音、鋳造後の型から製品を取り出す際の打感音と離型剤を噴射する高圧の噴霧音、少し遠くからは機械のエラーを感知した時のブザー音。
話し声など一切聞き取れない工場内で、ヘルメットを被った銀山は鋳造直後の製品をまじまじと眺めていた。

「羽根部長ーこの鋳造Cラインとさっき見たD鋳造ラインって、なんで鋳造機が違うんですかー?」

周囲がうるさいのでかなり大きな声を張り上げる。

「それはなー、鋳造しているアルミの材質が違うんだぞー」

羽根部長も負けじと大声上げる。
銀山は目の前にある鋳造ラインの真後ろにあるトラックヤードへ向かう。後ろから羽根部長もついてくる。
トラックヤードはさっきよりは静かだが、フォークリフトの走行音でこちらも少々うるさい。アルミのインゴッドが積まれた場所を発見すると、銀山はまっすぐ近づく。インゴッドの束は透明なビニール材で包まれている。右側面にはA4サイズの表示物が貼られている。全文英語だが

「ほら、ここにADC12と書いてあるだろう?これが材質を示すんだ」

後ろからひょっこり覗き込んだ羽根部長が解説する。

「これが、先ほどの鋳造Cラインで使っている原材料ですか?」

「そうだ、コイズミ鍛造さんはギアを製造しているから炭素鋼がメインかもしれんが、ウチではデファレンシャルギアのケースなのでアルミが素材として使っている」

「なるほど。この目の前にある大量のインゴッドが全部材料ですか?」

「そうだよ。他にも金属元素の含有比率が異なるADC4っていうのもあるけど、混ざったら大変なので違う場所で保管しているんだ」

「なぜ混ざったら大変なんですか?」

「含まれる金属元素によって、アルミの性能が変わってくるんだよ。たとえば、Cuが多いと柔らかくなって加工しやすいけど、耐熱性能が低下するんだ」

すっかり銀山は初心に返り、学ぶことの楽しさを覚えていた。出向とはいえ、それは新しい経験を積み増す絶好の機会だと前向きな姿勢を見せている。

「さて、そろそろ事務所に戻ろうかね」

時刻は11時を過ぎていた。午後から部内定例ミーティングが予定されており、銀山の報告もいくつかあるからだ。部内とはいえ、白波工業は70人程度の会社で、事務方のメンバー9人が全員集合となる。一人の発言力が結構大きい。
汗を拭きながらヘルメット脱いで事務所に戻ると、電話の取次ぎメモが置いてあった。相手は追坂だった。伝言にはこう書かれている。

「リスク管理の件、報告お願いする」

銀山はニヤッと口元が緩んだ。


室屋は郡山係長から引き受けた仕事に忙殺されていた。40近い屈強な男性の業務を20代の女性社員が回すには、難しさがあったかもしれない。体調不良を訴え、今日は午前中から休んでいる。職場には室長の梅木と追坂の二人しかいない。しかし二人とも、同じような澄ました表情で淡々と仕事をしている。
先日のリスク管理委員会の議事録が、総務部から発信されていた。楠下部長からメールが転送されたので、追坂もようやく結論を知ることが出来た。議事録には報告した事と、今後の予定として仕入先への確認のみ記載されている。

「(まぁ、当然だよな)」

追坂は背中を伸ばすため、イスの背もたれに体重を預けた。ふと、室長の梅木が自身のスマホの画面を細かく操作し始めた。数秒後、みるみるウチに表情が険しくなる。その様子を、追坂は表情を変えずに眺めていた。スマホを雑に投げた梅木は、両手を祈るように組んで目頭を覆う。

「どうしました、室長?」
「ん、いや、なんでも・・ない」
「そうですか?何かあったんじゃないですか?」
「大丈夫だ、ちょっと疲れたから外に行ってくる」

そういうと梅木は足早に事務所から抜け出ていった。すぐさま楠下部長がそ少し離れた席から事態を心配する。

「何かあったのかね?」
「いえ、大丈夫と言ってましたが」

追坂は梅木の姿が見えなくなると同時に、楠下部長に話を切り出した。

「部長、白波工業が製品の材質をすり替えているって噂、何か知っていますか?」
「・・・なんだ、もう若手の君たちにもその話が広まっているのか」

部長は少し残念そうな顔をして下を向く。

「まぁ、会社として近く公表する予定だからね。今朝、取締役会でも報告されたそうだが・・・一番心配なのは保証問題だな」

窓の外で気持ちよく浮かぶ雲を遠くに見ながら、隠し事もなく話し出す。
追坂は好機とばかりに部長のデスクに歩み寄る。

「保証ってどういう意味ですか?」
「すでに市場に流通してしまった製品の回収のことだ。リコール、と聞けば君もわかるだろう」

白波工業に委託していた製品は、主力製品ではなく組付け製品のハウジング(ケース)のアルミダイカスト製品。商用トラックに使われるデファレンシャルギアのボックスで、数はそれほど出ていなかった。しかし、アルミの材質がすり替わっていた為、高温化での強度不足の懸念があり、最悪の場合は走行中にハウジングが破損して駆動系統のギアが露出する可能性がある。
楠下部長が元技術部であったことも明かしながら、事態の詳細を説明した。

「リコールって、回収して無償交換する費用が超高額になるのでは!?」

追坂が興奮気味に聞く。

「そうだな、何十億規模かもしれん」
「白波工業が支払えるとは到底思えませんが」
「当社が肩代わりするしかないだろうな。一応、こういった事態に備えた保険に入っているので、経理の連中は涼しい顔をしていたが・・実際はどうだろうな」
「・・・誰が、何のためにそんな材質すり替えなんてしたんですか?」

追坂の拳がぎゅっと握られる。部長は追坂の憤った肩に気づいた後、なだめる様に少し諦めた口ぶりで説明した。

「今はわからないが、罪を憎んで、人を憎まず。確かに実行犯はいるが、組織として何が問題だったかを洗い出すことが先決だな」


「てめぇ、意味わかってんのかぁあああ!!!」

本性をさらけ出した羽根部長が銀山を恐喝する。

「もう一度言いましょうか?ハウジング製品に、ADC4材で製造されたものが混在して出荷されているんです」

会議室にいる白波工業の首脳陣はたった9人だが、銀山を覗く8人が奇異なものを見る視線に、銀山は一人で耐えていた。

「まてまて、銀山さん。そんなことは我々は一切知らないよ?」

白波工業のオーナー社長である白波が事態を収束させようと「無かった事」にする。周りの取り巻きも一斉にそうだそうだと連呼する。

「生産管理表には、ちゃんとC鋳造とD鋳造ラインの良品数も記録しているのですよ、前任に富山さんの頃から」
「それは・・・羽根部長!知っている・・・よな?」
「社長!こいつも富山と同じで、無い事をでっちあげてます!」

前任の富山も同じ運命を辿っていたような会話がなされる。このような中小企業だから、どんな会議が行われたか記録が残っているわけがないし、多数のメンバーが口裏揃えたら証拠などいくらでも捏造できてしまうだろう。富山が感じてたであろうこの苦痛を、銀山も同じように味わっていた。

「噓ではありません。ADC12材とADC4材の購入量と、ハウジング製品の出荷重量をプロットすると、不良率の重量差を均一に保ったまま同じ変動を描いています。こちらのグラフを」
「もういい!そんな報告をする場じゃない!黙れ!」

羽根部長のテンションは上がりっぱなしだったが、白波社長はとにかく話を逸らす方向へ誘導したがっていた。しかし、その混沌とした会議室にも、一つのバイブレーションが雲消霧散にする。羽根部長の自慢の最新スマートフォンだ。

「っ誰だ!・・・ん、う、梅木っ・・!」

イスを豪快に倒しながら会議室を脱出するが、すでに大きい声が漏れている。

「おい梅木、お前なんかやったのか!?そう・・さっき・・・」

声は会議室からグングン遠ざかっていく。一瞬で静けさが訪れる。何事もなかったかのような表情の白波社長が、無言の圧力かけて場を支配する。

「とりあえず、銀山さんはもう帰っていいよ」
「そうですか、わかりました。申し訳ありませんが、あとはよろしくお願いいたします」

銀山は静かに立ち上がり、混沌の会議室を退出した。
事務方が総出の会議だから事務所には誰もいない。迷う事もなく、帰り支度をした。

「これで、オレも退職させられるのかな」

富山から業務を引き継いだ時、真っ先に気づいた違和感が、あの生産管理表は羽根部長の検問を受けていることだった。そして、検問を受けると、生産管理表の数値が改ざんされている。

改ざんされる前のデータは作業の手順上、必ず保存される。
羽根部長の検問を受けた「改ざんデータ」をコイズミ鍛造に送りながらも、時折改ざん前の「真実のデータ」を送る。富山はそうやって無言で実態を教えてくれたのかもしれない。

黙っているほうが良かったかもしれない。あんなに怒鳴られることも、就業中に「帰宅してよい」とさげすまされる事もなかったかもしれない、と銀山は後悔をしていた。
しかし、あの良品数と納入数の食い違いが、自分のミスだと論点がすり替わっていることに納得がいかなかった。

トボトボと正門を背にし、無味な砂利駐車場へ着いた時、聞きなれた女性の声が沈んだ気持ちを忘れさせてくれた。

「おっつかれっさーん」
「室屋さん、早かったですね」
「このクーデーターのような作戦にワクワクしちゃってさ、朝からソワソワしまくりだったよ」
「追坂のほうは上手くいったのかな?」
「うん、さっき連絡あってさ、今朝の取締役会で報告された事を確認できたみたいだよ」
「・・これでようやくモヤモヤした謎が解けたんだな」
「でもさ、告発者として、私たちはこれから尋問されちゃうんじゃない?」
「室屋さんはメンタル休業とでも言って1か月くらい有休取ってればいいでしょ」
「でもそんなことしたらさ、追坂クンと銀ちゃんが・・」

秋めいた風が首元を冷たくなでる。日が落ちる時刻がずいぶん早くなったと実感する。銀山は少し考えた後、室屋を安心させる。

「たしかに、すごい事件に発展すると思うけど、いつまでも不正に加担するのはもう嫌だから」
「銀ちゃんも変わったね」
「そうかな?元々こういう性格だったのかもしれない」

二人の笑い声が無味な駐車場に響き渡る。そこには、ひと仕事終わった解放感で満たされていた。

それから二日後。
消費者庁のWEBサイトではとある情報がアップロードされていた。

『商用車向けデファレンシャルギアー修理 リコール届出番号ー997R』

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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