2つの「今日も雨」 ~ヨエコ復活に寄せて

 今から15年前の2008年に廃業を宣言し音楽活動を終えた倉橋ヨエコさんが、ヨエコとして活動を再開しました。9月20日には、なんと新譜まで発売、「ニューヨエコ」というタイトルのそのアルバムを、昔からのファンも、廃業後にファンとなった人たちも、いろいろな思いで受け止めたのではないでしょうか。私もそんな一人です。
 私はといえば、2003年ごろだったでしょうか、東京の学生街にあるCDショップで、倉橋ヨエコの曲が流れていて、衝撃を受けて以来のファンです。その瞬間のことはよく覚えていて、あれはお茶の水、キッチンジローなどがある大通りを少し脇に入った道の、そのまた奥に曲がった突き当たりのような場所に位置するCDショップ。そこで、「雨宿り」という歌が流れていて、レジのところに、Now on playing! というポップの上に、曲が収録されたアルバム「モダンガール」が鎮座していたのです。
 それから長い時間が経ちました。東京キネマ倶楽部でのラストライブにも行き、事前にオンラインでやりとりし、当日リアルでお初にお目にかかった熱狂的ファンの方々とも知り合えました。そこで会えた人の中には、今でも年1程度のわずかながら、やりとりを続けている人もいます。
 さて、15年の時を超えてリリースされたアルバム。収録曲数は7曲で、新曲は1曲。ボリュームとしては、ミニアルバムに毛が生えた感じです。しかし、既存の曲は新たなアレンジャーによってまた違った雰囲気を帯びていて、十分に満足できる内容でした。少なくとも私にとっては。値段が3,000円だったので、2,500円くらいなら良かったなとは思いますが。
 最も気に入ったのは、「今日も雨」。オリジナルアルバム「色々」収録時のこの曲は、倉橋ヨエコにしては珍しく、エレクトリックギターの目立つロックチューンでした。曲は良いと分かるのに、少しストレート過ぎるアレンジで、そこまでヘビロテの曲ではなかった。しかし、今回蘇った「今日も雨」は、新譜の他の曲にも言えるように、ストリングス隊と新たなピアノアレンジの効果で、非常に立体的、重厚な雰囲気をまとっています。病気の影響でピアノが弾けなくなっているヨエコも、歌唱という点で昔よりも深みが増し、よりソウルフルに歌えている。「今日も雨」や「夜な夜な夜な」は、ニューアルバムのいわば2023Remixの方がお気に入りです。「夜な夜な夜な」のアウトロはジャズのような感じで、アルバム「色々」で垣間見せたジャジーなピアノを思い出した方もいるのではないだろうか。
 一方、「卵とじ」については、「ただいま」収録のオリジナルバージョンを超えるものではないと感じました。アウトロのピアノも、古いのが好き。ちょっといろいろと音が鳴りすぎて、元々の曲の良さが濁ってしまったような印象を受けました。あれは打ち込みの4つ打ちビートの世界にもっともハマってた曲だと個人的には捉えています。思うに、アルバム「ただいま」はメジャーで初めてリリースした作品で、本当にこだわり抜いて、力の入った作品だったのでは。それだけに、完成した作品が多かった。「春の歌」や「線を書く」、「ピエロ」などは、間違いなくファンの間では語り継がれる名曲でしょう。まあ、人それぞれで好みは分かれるでしょうが。
 新曲「ドーパミン」、私は大好きです。こういった曲を、今のヨエコが病との闘いを続けながらも、1年に1、2曲でも作れて、3年に一度でも、旧曲ニューアレンジ半分、新曲半分のアルバムでもリリースしてくれたなら、ファンとしてはもう望むものはありません。ライブも、そりゃあれば必ず行きたいけど、ヨエコの体がそれを負荷に感じるとしたら、してほしくはない。この15年で、倉橋ヨエコ自身がいろいろ社会にもまれて、自己否定的な世界観がただ彼女の妄想というか、内面にとどまるだけでなく、現実に彼女が人生を歩んでいくことを妨げている部分もあるほどに、社会と適当に折り合いつけながら生きていくのが彼女にとって困難であることを、復活後のロングインタビューを通じて知りました。決して無理強いはできないし、期待という名の無言の圧力を彼女にかけたくはない、そう思いました。
 この15年で、倉橋ヨエコを通じて私が知ったアーティストも、その活動をメンバー脱退等により縮小せざるを得ない状況になってしまいました。具体的には、ANATAKIKOU、ゲントウキあたりがそうなのですが。それでもヨエコが戻ってきてくれて、本当に嬉しい。Remixで聴いてみたい曲はたくさんあります。ラブレター、雨宿り、沈める街、涙で雪は穴だらけ・・・。細々とでも、活動してくれるなら、私はずっとあなたを応援しますよ。


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