見出し画像

ラジオドラマ脚本 028(長文)

N:高校の教室で、担任の先生と、さやかさんが立ち話をしています。

さやか「それって、本当ですか?私、作家になれますか?」
担任「なれるとも!」
さやか「よし、やったあ。今までの苦労も報われた。家を出る口実も出来た。先生ありがとう!」

N:ボーッと、自分の部屋から、夕暮れを眺めているさやかさん。

さやか(M)もう、いい加減にしよう。過去の栄光に浸っても。これで、最後の作品ににしょう。これでダメなら、諦めよう。

SE:玄関を勢いよく開ける音

N:哲二さんの存在を無視するように、母親に話す、さやかさん。

さやか「担任の先生から、作家になれるって言われたよ!母さんどうしよう?ねぇ、どうしたらいい?」
哲二「何だ?」
梅香「さやか、ほんとうなの、担任の先生がそう言ったのかい?」
哲二「頭越しに何だ!」
梅香「お父さんも、喜んでくださいよ。ずっと、作家になりたいっていてたじゃないですか?」
哲二「知らん!」
梅香「今、そんなこと言わなくても、さやかの夢なんだから、お父さん、褒めてあげてください。」
哲二「酒!」
みか「出ていけるんだ。良いな。おねぇちゃん、もう寒いのやだし、雪なんて見たくもない。雪かきもしたくないし」
哲二「もう、出て行け!」
みか「息が詰まるんだもん」
梅香「みかは、当分の間、実家暮らしだよ。何もできないんだから」
みか「おねぇちゃん、東京に遊びに行ったら、泊めてよね」
哲二「おい!酒!」
梅香「みかも、今、話をしなくても良いでしょう」
さやか「みか、要領だけ良くても、ダメなんだよ、ちゃんと、中身が伴わないと。ちゃんと、学校の勉強するように」

さやか(M)また、高校の時の夢だ。あの時、父さんがちゃんと反対してくれてたらよかったのに。未だに、形の見えない夢に縋り付くこともなかったのに。

SE:携帯の呼び出し音

さやか「なに、こんな、朝早い時間に。みか?どうしたの?」
みか「ごめん、大丈夫?朝ごはん食べてた?」
さやか「これから、作るとこ」
みか「おねぇ、近々、札幌に戻れない?」
さやか「なによ?急に」
みか「はっきりしないんだけど、お父さんの具合がよくない感じがするんだ」
さやか「再発?」
みか「よくわからないんだよ。今のところ、私の勘だけどね」
さやか「まだ、お酒飲んでるの?」
みか「私は、やめたよ。当たり前でしょ」
さやか「何言ってんの?父さんのこと」
みか「飲んでる。量は減ったけど」
さやか「母さんは?」
みか「大丈夫としか言わないの?そんな時のお母さんって‥。絶対に、なにか隠してるはずなんだよ」
さやか「そうね」
みか「頑固なお母さんから聞き出すなら、私よりも、優等生のおねぇの方が適任でしょ?帰って来てよ」
さやか「私が?」
みか「おねぇは、お母さんにも、お父さんにも、私よりも、絶対的に信頼されてるから」
さやか「父さんには、嫌われてると思うけど」
みか「私よりはまし」
さやか「みかが、頑張ってみてよ」
みか「おねぇ、私がこっちにいるから、心配しないで、東京にいられるんだよ。おねぇ、わかってる?」
さやか「ほんと?」
みか「おねぇ、ちょっと、失礼じゃないの?東京に勝手に出て行った人には、言われたくない!」

さやか(M)高校の卒業を控え、お父さんとちゃんと話もせずに、逃げるように手稲を後にした。
みか「この家は、おねぇの家でもあるんだからねぇ。ちゃんと考えてよ」

さやか(M)戻りたくないんだよ。本当のところ。特に、今の状況だと顔も見れないよ。

みか「さっさと、東京に行ったから、面倒な事は全部、私に任せないでよ。お願いだから」
さやか「近くの妹でしょ」
みか「もう、決めて、どうしたら良いか?私も決められないの?」
さやか「わかった!」
みか「あてにしてるんだからね!おねぇ、約束だからね」

さやか(M)結局のところ、東京の大学を卒業して出版社に就職はしたけど、作家になるには、程遠い。欲しい物があるなら、何かを失わないと欲しい物は手に入らない。誰の言葉だっけ?

N:ニュース速報です。札幌市内でクラスターが発生した模様、知事が、夕方、記者会見を開く予定。

梅香「大変だよ、ロックダウンだって!」
みか「どうなってるの?」
梅香「だから、明日からロックダウンなんだって」
みか「お父さんのことだって」
梅香「心配のしすぎだよ。お父さんは、大丈夫だよ」
みか「嘘だね」
梅香「何で、嘘をつかないといけないの。実の娘に対して、おかしいでしょう?」
みか「態度がね」

みか(M)あのお母さんの態度はどう見ても怪しいんだよね。おねぇ、早く来てよ。私じゃ、太刀打ちできないよ。

SE:編集事務所の雑多な音

さやか「編集長、明日、実家の手稲に帰ろうと思うのですが‥」
編集長「忙しくないから、良いけど?北海道に帰るのは無理じゃない?」
さやか「意地悪ですか?」
編集長「夕方のニュース見てないの?知事が、コロナの件で、札幌のロックダウンを決めたみたいだよ」

SE:LINE通知音

N:みかさんから、LINEメールが、きたみたいです。

みか(メール)「大変、ロックダウンするんだってよ、札幌!」
さやか「どういうことになってるの?」
みか(メール)「ロックダウンって、どうなるんだろう?おねぇが、頼り。お願い」

さやか(M)さっき、飛行機の予約で、電話したけど、全然つながらない。さて、どうする?キャンセル待ちにかけてみようか。

哲二「酒!みかも飲むか?」
みか「やめたよ。おねぇ、連絡こないなあ」
梅香「いつやめたの?」
みか「えっ?おねぇに、もう一度、LINEしてみる?父さんは、大丈夫なの?」
哲二「酒、おかわり」
梅香「今夜は、終わり」

みか(M)なんか、やばいなあ。お母さん、すごく感がいいんだよね。おねぇ、早くきてよ。

梅香「心配いらないよ!みかが、お嫁に行かない方が、父さんの心配の種だよ」
みか「それと、これとは話が違うでしょ」

さやか(M)やっと、つながった。飛行機は何とか予約が取れたけど、飛ぶかどうかは明日の状況いかんの模様。運を天に任せるしかないか。

SE:事務所の雑多な音

編集長「どう?予約は、取れたのかあ?」
さやか「明日から、休みます」
編集長「白い恋人でいいよ」
さやか「奥さんに、ちゃんと、話してください。でなければ‥」

さやか(M)何もかも、リセットするにはいい時期かも。

SE:携帯の呼び出し音

みか「もしもし」
さやか「みか、連絡できなくて、ごめん。予約取れたから。ただし、明日の状況で、飛行機飛ばない可能性もあるみたい」
みか「やっぱり、そんな状況なんだ。でも、大丈夫、おねぇは、強運だから」
さやか「母さんは?」
みか「今、夕食の支度してる。さっきも、父さんの話をしたんだけど、変なんだ」
さやか「父さんはいるの?」
みか「うん、お酒飲んでる?」
さやか「お母さんの手伝いしてね」
みか「手伝ってますよ!ちゃんと、あたしのザンギ、みんなに、美味しいって言われてるんだから!」
さやか「ほんと?」
みか「母さんと同じ事言わないでよ、もう!」

さやか(M)明日、実家かあ。家を出てから、一度も、帰ってないから、何年ぶりだろう。結局、作家になれてないんだ。母さん、ごめん。

N:千歳空港の発着のアナウンス、東京発千歳行き定刻通り到着しました。

SE:携帯のプッシュ音

さやか「あっ、みか。今、千歳に着いたところ、お昼過ぎには、家に着くと思う」
みか「ザンギ、食べる?」
さやか「いや、やめておくわ。みかも、面倒でしょ!」
みか「あっ、美味しいだけど‥」
さやか「それよりも、何か?変わった事はない?父さんは、どんな感じ?」
みか「近所の喫茶店に行ったっきり」
さやか「ねえ、私が家に帰るの?ちゃんと伝えてあるの?」
みか「伝えてないよ」
さやか「まだ、私が東京に出て来たことを恨んでるの?」
みか「自分の家に帰るのに、遠慮しないこと」

さやか(M)みかに対して、負い目があるのは、しょうがないと思う。なぜかしら、強く言い出せない自分が情けない。

SE:居間から、梅香とみかの笑い声。

さやか「ただいま」
みか「おねぇ、お帰り、早かったね。居間にいるよ?」
さやか「元気そうね」
梅香「どうしたんだい?コロナの事で帰ってきたのかい?」
みか「おねぇ、ロックダウンが続くようなら、札幌からでれないよ」
さやか「そんななの?」
梅香「県を跨ぐ、行動は慎むようにと、知事が再三再四、繰り返してるよ」
さやか「ねぇ、父さんは具合悪いの?」
みか「お父さんのことが心配みたいだよ」
梅香「心配?」
みか「お父さんの具合、なんか変だよって、私が、おねぇに教えたの?」
梅香「なにもないよ。父さん、元気だよ。みか、あんた、なんて、言ったのよ」
さやか「なら、良いけど」
梅香「まだ、喫茶店から、戻らないんだよ。近所の友達と野球の話でもしてるんでしょ」
みか「いつものこと」
さやか「ちょっと、みか」
みか「目がつり上がって怖い」

SE:階段を上がる音

N:2階に上がる2人。さやかさんの顔が、怖すぎます。

さやか「私のこと、騙してない?」
みか「なに言ってるの?」
さやか「嘘なんじゃないの?そんなに、私を手稲に戻したいの?」
みか「別に?」
さやか「父さん、元気そうじゃない?喫茶店で話し込んでるなら?違うの?」
みか「おねぇ、怖いよ」
さやか「あんたねぇ、コロナの事で、大変な思いして、帰ってきたら、父さんは、元気って、どういうことよ」
みか「だって、本当に感じたんだもん」

さやか(M)本当に、みかは、何を考えているのか、分からないことが、時々ある。私に、焼き餅を焼いているのは薄々感じてはいたけど‥。

梅香「さやか!お父さん、帰ってきたよ」
哲二「みか、ザンギあるか?」
みか「ごめん、売切!」
哲二「残念、夕飯に作ってくれ!」
みか「ほら、人気でしょ」
さやか「売切って何?」

さやか(M)父さんに、まず、なんて言おうか?

N:2階から、さやかさんとみかさんが降りて、居間に入ってきました。

梅香「お父さん、さやかが帰って来ましたよ」
哲二「そうか」
さやか「父さん、体の具合が、悪いって、みかから聞いたけど‥」

みか(M)ストレートすぎるよ。おねぇ、もう少し気を遣ってよ。

梅香「なんかね、みかが父さんのことが心配で、さやかを東京から、呼んだみたいなんですよ」
哲二「みか!」
さやか「父さん、本当に、具合悪くないの?みかの思い過ごしであれば、それでいいんだけど」
みか「ちゃんと、話してよ」
哲二「なんだ?」
梅香「本当に、みかは、なにをそんなに疑ってるの?」
みか「心配なだけ」
さやか「父さんさえ、元気であれば、私は、大丈夫だから」

みか(M)おねえ、もうちょっと、はっきりと聞いてみてよ。絶対に、具合よくないよ。昨夜だって、お酒飲んでたけど、あからさまに、お酒の量が減ってたもん!

梅香「さやか、いつまで、こっちにいられるんだい?」
さやか「週末までは、いようと思ってるけど‥」
みか「今晩は、ザンギ、大盤振る舞いしてあげる。母さんいいでしょ」
梅香「わかったわ」
さやか「母さん、ほうんとうに美味しいの?お世辞抜きで、教えて」
梅香「さやか、みかも、頑張ってるんだよ」
みか「心配しないで」

N:久しぶりの家族団欒が嬉しいのか。哲二さん黙って、姉妹の会話を楽しんで聴いています。

SE:台所から包丁の音

N:夕暮れに、町内放送が、響き渡ります。

さやか「結局、みかのやつ、母さんに任せて、どこかに行ったの?」
梅香「みかに、厳しく当たらないでね。ザンギ、本当に美味しいよ。みかも、色々と考えているみたいだから」
さやか「怪しいなあ」
梅香「そういえば、みか、お酒やめたんだよ」
さやか「ダイエットでしょ」
梅香「先週末に締切った懸賞小説。ちゃんと、送ったの?前回の小説も、面白かったのに、なんで、だめだったんだろうね」
さやか「才能がないの」

さやか(M)私の方が聞きたいくらいだよ。

梅香「東京に戻ったら、メールして、母さんも読みたいから。さやかの小説、元気出るんだよ」
さやか「うん」

さやか(M)母さんに、なんて言おうか?今回の応募がダメなら、小説を書くのを諦めると決めたことを。

みか「ただいま、特製スパイスの登場です!」
さやか「あんた、なにもしてないじゃん」
みか「このスパイスが、みか特製ザンギの美味しさの秘密なんだから、教えないよ!」
梅香「肉は、このくらいで大丈夫?」
さやか「結局、母さんが、半分以上、下ごしらえしてるじゃん」
梅香「いいんだよ」
さやか「父さんは?」
梅香「疲れたって、部屋で寝てるみたい」
さやか「大丈夫なの?」
みか「母さん、この肉、もんで」

N:夕方の日差しが、居間に差し込んで来ました。ビールを注いで、乾杯の準備万端です。

みか「私はいらない」
梅香「みか、父さんを起こしてきて」
みか「おねぇ、行ってくれば」
さやか「えっ?」

SE:ドアをノックする音

さやか「夕ごはん出来たわよ。昼に食べ損ねた、ザンギできたよ。開けるわよ」

SE:ドアを開ける音

さやか「お父さん、もう、起きてよ!」

N:お父さんを起こそうと、覗き込むと、お父さんが吐血しています。

さやか「お母さん!みか!きて!早く!早く!」

SE:救急車のサイレン音

さやか「お母さん、しっかりしてね。大丈夫だから」
梅香「ダメだったか‥」
さやか「どういうことよ」
みか「お母さん、父さんが、具合が悪いの知ってたんでしょ?」

N:担当医の先生から、哲二さんの容態の説明がありました。今回のコロナの一件で、病院に泊まる事は不可能とのこと。

SE:病室のドアが開く音

梅香「2人とも、ちょっと、座って」
さやか「顔色悪いけど‥。大丈夫?」
みか「やっぱり、再発なの?この間から、絶対におかしいと思っていたんだ」
さやか「父さんの具合は?」
梅香「実はね。前回の手術の後、お医者さんから、お腹を開けたけど、もう、手の施しようがなくて、すぐに閉めてしまったんだよ」
みか「嘘!どうしよう」
さやか「連絡が来た時も、母さん、なにも問題がないって、私に言ったじゃない!」
梅香「2人とも、ごめんなさい」

N:何度か、頭を下げる梅香さん

みか「あんなに、何度も聞いたのに」
梅香「みか、ごめんね。2人に隠していたわけじゃないんだよ」

SE:病室のカーテンが揺れる音

N:麻酔で眠っているベットの脇で3人が話をしています。

梅香「前回の手術の後、何度か父さんに、問い詰められて、私からお願いして、担当医の先生から告知をしてもらったんだよ」
さやか「じゃ、父さんは知ってたの?」
梅香「余命もね」
みか「でも、あれから、1年だよ」
梅香「退院してからの通院でも、悪い数値が出てるわけじゃなくて、私も、この1年で奇跡が起きたんだと思っていたんだよ」
さやか「何で?黙ってたの?」
梅香「父さんが、絶対に;。教えるなって、もし、教えたら、離婚するって言うんだもの。怖い顔して、怒るんだもの」
さやか「もし、余命通りに死んだら?」
みか「そんな簡単に、死ぬわけないじゃない!おねぇ、軽々しく口にしないでよ!」
さやか「でも」

N:担当医からは、明日の検査で詳しいことがわかると説明を受けて、3人は、帰宅することに。

みか「ザンギ、チンするけど、食べる?」
梅香「みか、お願い」
みか「おねぇは?」
さやか「ビール出してくるね」

SE:瓶の蓋を開ける音

梅香「ザンギ、美味しいね。みか、今日のは、上出来だよ」
さやか「飲まないの?」
みか「今日だけはないでしょ!いつもでしょ!」
さやか「それにしても、明日の検査で、病状が分かったとしても、どうしたら‥」
梅香「大丈夫、熊のような人だから」
みか「熊のような人って、うけるね」
さやか「高校卒業の時に、父さんとうまくいかなくなって、将来のことをちゃんと伝えてないことが今でも、悔やまれる」
梅香「そんなこと、気にしなくても‥」
さやか「もし、ちゃんと伝えられなかったら、‘私がやだもん」
みか「私も、いいかな?」
梅香「どうしたの?」
みか「実は、今回、おねぇを呼んだのは、子供ができたから」
梅香「えっ?こ、子供?」
さやか「誰の子供?」
みか「会社の3個上の先輩と結婚をするつもりって、もう、数ヶ月前から決めてたんだけど、その間で、子供が出来ちゃった。お母さん、ごめんなさい」
梅香「おめでとう!」
さやか「それで、私を呼んだのね?」
みか「そうなの。お父さんの説得役になってもらいたかったんだ、実は」
さやか「あんたって!もう」

さやか(M)先おこされたか。それにしても、あたしは、自分勝手な考え方の姉だよ。ごめん、みか。

梅香「結婚の話、父さんに伝えなきゃならないね」
みか「子供の話は、内緒にして。父さん、絶対に、カミナリを落とすと思うから」
さやか「みか、ちゃんと、話をしないと後で後悔しても知らないよ」

さやか(M)みかのおめでたい話。父さんの病気は、先が見えない感じだけど、父さんの人生に、今、必要なのは、希望だと思う。この先の苦しい治療も、希望があれば、きっと、乗り越えられるはず。

SE:台所から包丁の音

さやか「おはよう」
梅香「さやか、まだ、寝ててもいいんだよ」
さやか「こんなに天気がいいだよ。寝てられないよ」
梅香「今日、父さんになんて言おうかね?」
さやか「話すことが多すぎ」
梅香「多いけど、素敵な話もあるから、父さんも、喜んでくれるよね」
さやか「そう、希望があるもんね」
梅香「みかを起こしてきて!」
さやか「妊婦だからって、甘えてるんだよ、みかのことだから」
梅香「さやか、先に、病院に行ってるね。家のこと、よろしくね」
さやか「任せて、それと、必要なものがあれば、すぐに、連絡して、用意して持っていくから」
みか「おはよう」
さやか「早く、ご飯食べて、午後には、病院に行くんだから」
みか「優しくしてよ!妊婦なんだから」
さやか「ダメ」

SE:病室のドアを開ける音

梅香「今、父さん寝たところなんだ」
さやか「着替えと、タオルと洗面道具。父さんの具合は?」
梅香「もう少しで、担当の先生が来ると思うけど、今は、寝てる。さっきまで、話もできたし、なんか安心した」
みか「緊張して、損したなあ」
さやか「母さん、みかとお茶してくる。飲み物買って来るけど、お茶でいい?」
梅香「任せるわ」

SE:食堂の雑多な音

さやか「みか、いい?ちゃんと聞いてほしいんだけど」
みか「何よ」
さやか「みかは、父さんのことよりも、まず、自分の身体を優先して考えて」
みか「そんなの無理だよ」
さやか「今は、父さんのこともそうだけど、みかの体も大事なの」
みか「好きにさせてよ」
さやか「父さんにちゃんと伝えていないこと。私、とても悔やまれるの」
みか「それは、おねぇの問題でしょ。私には、関係ないこと」
さやか「そうね」
みか「子供のことを伝えて、ガミガミ言われるのが嫌なだけ」

さやか(M)父さんのことだから、雷を落とすのは予想できる。私としても、それだけは避けたいもの。

みか「おねぇ、父さんにいい顔だけはしないでね」
さやか「そんなこと‥」

みか(M)おねぇは、信頼されてるかなあ。私の場合は…。

SE:病室のドアを開ける音

梅香「今、担当の先生が来て、説明を受けたところ、現状、状態は安定しているみたい。薬で、様子を見るんだって」
さやか「とりあえず、大丈夫なんだね」
梅香「まあ、そんなところ」
みか「なんて言おうか、考えてたのに、損したなあ」
梅香「それから、この病院も、コロナの患者が増えてきたから、面会は、今日のみらしいの」
さやか「どういうこと?」
梅香「この病院で、クラスターを発生させる事はできないから、不要な出入りはさせたくないみたい」
みか「連絡は?」
梅香「個室にいるから、スマフォの許可はもらったから、何かれば、スマフォで」
みか「父さんとLINEは、はずいなあ」
梅香「父さんが、目覚めたら、帰ろうか?」
さやか「そうね」
みか「緊張の連続だよ」
さやか「大丈夫、みかの話は、希望の光だから」
梅香「そうだよ、父さんにも、希望が生まれるはずだもの」

N:哲二さんが、目覚めたようです。みかさんが先陣を切るように話し始めました。

みか「父さん、私ね。子供ができたの」
哲二「おい!」

N:咳き込む哲二さん

梅香「大丈夫?」
みか「会社の三個上の先輩。結婚の話はしていて、先方のお母さんとは会って、結婚のお願いもしたところ」
哲二「お前!」
さやか「私は、気にしないよ」
哲二「そんなことじゃない!」
梅香「父さん、この2人には、すべて、話しました。あなたの癌のことも、余命のことも、しっかりと受け止めてくれています」
哲二「いいか、良く聞け、俺は、お前ら2人が嫁に行くまで死なないと決めたんだ」
梅香「何言ってるの?」
さやか「ダメだよ。私なんて、まだ、彼氏もいないんだよ」
哲二「なら、なおのこと死ぬわけにはいかんなあ」

N:また、咳き込む哲二さん、少し、苦しげです。

みか(M)やばい、特大のカミナリ。覚悟しないと!

梅香「もう、お父さんたら」
哲二「みか!お前には、何度も言って聞かせたはずだ!自分に恥じるような事はするなと!みか、ちゃんと、分かってるだろうな!えっ!」

N:個室の中が、静寂に包まれています。また、咳き込む哲二さん、目だけは、しっかりとしています。

梅香「無理しないで、お願い」
みか「お父さんの娘だよ!」
さやか「みか?」
哲二「ちゃんと、分かっているなら。お前のことを悪く言う奴から、この俺が全力で守る。それが、父親の役割だからなあ」
みか「えっ」
梅香「お父さん、ありがとう」
哲二「死ねなくなっちまったよ」
さやか「もう一度、私も頑張る!死だら許さないからね。よく見ててよ。お父さん」
哲二「眠いなあ‥」
梅香「お父さん、ゆっくりと、寝てください。娘たちのためにも」

N:病院から、帰路に着く3人。何となく、笑顔が溢れています。

SE:自宅のドアを開ける音

さやか「あれで良かったのかな?」
梅香「良かったんだよ」
みか「役に立ったかな?」
さやか「何かを得るためには、何かを捨てなきゃいけないなんてあるわけがなかったんだ。やっぱり」

N:梅香さんの携帯の音が鳴る。
                         
【完】

※無断転載を禁じる


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?