見出し画像

ラジオドラマ脚本 024【長文】

【餃子の気持ちがわからない】

登場人物表

未散(みちる) 29歳 中華の料理人。母と店をなくし流れ板のような生活 
  
鍋(なべや)谷(大将)65歳 通称鍋(なべ)さん。東京に、嫁さんと生後間もない子供を捨てた過去がある。

島(しま) 45歳 大将のお店の常連客


N:都内の町中華。厨房内で、大きな声が営業前の店内に響き渡っています。

店主「お前の長身が気に食わないんだよ、俺よりも大きいのが!」
未散「えっ!なんで?」
店主「くびだ!くびだよ!聞いてるか?この木偶の坊!もう一つおまけだ!くび!このレピシごと消えやがれ!」

SE:ドアが勢いよく閉まる音

未散「新しい料理のアイディアを出しただけなのにプライドだけ高い人は扱いが難しい」

N:羽田空港に到着。沖縄行きのカウンターを探す、赤いティーシャツに、洗いざらしのデニムの未散さん。

未散「考えても仕方ない。沖縄で、また、一から出直し!よし!」

SE:空港内の雑踏

未散「機内食食べる気になれないんだよな、お腹すいたな。町に出て何か食べよう。沖縄にも、町中華があるのかしら」

N:街角から、リズミカルに中華鍋とおたまのぶつかる音が響いています。未散のお腹がぐーとなりました。

未散「中華鍋とオタマのリズミカルな音と、油の焦げるいい香り。でも、料理をしてる店主。角刈りで厳つい感じで怖そう」
大将「へい!いらっしゃい!」
未散「あっ、餃子と瓶ビールください」
大将「餃子、瓶ビールね!」

SE:餃子を焼く音

未散「わぁ〜、この餃子、モチモチで肉汁も最高!大将、この餃子、最高に美味しい!」
大将「うれしいね!」
未散「瓶ビール、すみません。お代わり下さい!」
大将「瓶ビールね!」
未散「すごく、炒飯な気分なんですけど、大将、つくってもらえますか?」
大将「美人と大食い、気に入った!」
未散「大丈夫、このお店の料理が美味しいから、いくらでも入りそう。ダイエットは明日からにする」
大将「サービスで、餃子3個つけちゃうよ!」

N:お店に大将と未散の二人っきり

大将「お嬢さんは、本土からの観光かい?」
未散「お嬢さんは、やめてください。私の名前は、未散です。一人で、カウンター10席と人がけテーブル1台。大将、よく一人でお店やってますよね」
大将「未散?」
未散「こんなに美味しくてボリュームタップリで、コスパがよいお店なのに、お客さんが少なくないですか?」
大将「痛いとこついてくるね」

N:大将も、今年で65歳を超えて、そろそろ引退も、考えていた矢先。この地区の再開発が決まり、地上げがはじまって、この店も、立ち退きの嵐に揉まれている最中。

未散「大将も、大変ね」
大将「今までのように気楽に生活できればと思っていたところに、とんだ嵐に巻き込まれたよ」
未散「餃子、美味しいのになあ」
大将「後継もいないし、かかぁも死んじまったし、ここいらが潮時なのかもな…」
未散「そうなんだ…」
大将「俺が、沖縄に来た時は、海洋博の年で、町にも、活気があって、住んでる人も元気だったなあ」
未散「内地の人じゃないの?」
大将「そうだよ、こう見えても、チャキチャキの江戸っ子だよ?みえないかな」
未散「うそ!うそ!」
大将「彫りの深い顔と眉毛がこいから、みんな、沖縄の人と間違われるんだよね。生まれは東京だよ」
未散「あの〜、餃子、白菜を茹でて、叩いたものを混ぜていませんか?」
大将「えっ!」
未散「見た目は若いかもしれませんが、鍋を振ってもう、15年ですよ!」
大将「からかいっこなしだよ」
未散「炒飯、作らせて」

SE:中華鍋とおたまのぶつかり合うリズミカルな音

N:手早くそして、タイミングよく炒飯を炒めていきます。最後にネギの輪切りと、鍋はだに軽く醤油をかけて…。

未散「大将、食べてみて」
大将「今の手際を見せられたら、美味しいに決まってるよ。降参だよ」
未散「食べないなら私が食べよっと」
大将「それにしても、どこで中華を覚えたんだい?もしくは、天才?ってこと」
未散「やめて、天才だなんて」
大将「天才じゃなきゃ、どうして白菜だってわかったんだ?普通はキャベツと勘違いされるところなのに」
未散「お母さんの味に似てた」
大将「お母さんの味?お父さんがお店を切り盛りしてたんじゃないのか?」
未散「大将、聞きづらいんだけど、私を雇ってもらえませんか?実は…」
大将「腕のいい職人は、いつでも、歓迎だよ。俺の名前は鍋谷、鍋さんと呼んでくれ」
未散「恥ずかしいんですが、住む…」
大将「二階が空いてるから適当に使ってくれ、俺の住まいは別にあるから大丈夫。銭湯は、歩いて行ける距離にあるよ」
未散「ありがとうございます」
大将「今日の夜から、お願いできるかな?そんなに忙しくないから、ゆっくりとお店に馴染んで」
未散「鍋さん、すみません」

N:2階に上がる未散

未散「餃子、母さんの餃子とそっくりな味で、びっくりしたよ。なんなのこんな偶然ってあるものなの?」

SE:包丁のリズミカルな音

未散「鍋さん、おはようございます。冷蔵庫見たら、餃子の餡が少なかったみたいだから、白菜茹でてちょっと叩いています」
大将「本当にわかってたんだなあ」
未散「これで、大丈夫ですか?隠し味は、紹興酒と薄口醤油ですよね」
大将「おいおい」

N:餡をこねていく、未散さん。その様子をびっくりした感じで眺める大将。

大将「うちのスープは、金華ハムと鶏肉で、出汁をとるんだ。この味をよく覚えてくれ」
未散「出汁が効いてる」
大将「未散なら、できる!あっ、ごめん、呼び捨てにして」
未散「呼び捨てでいいよ」
大将「未散ちゃん、できるよ!大丈夫だよ。試しに明日の分のスープ作ってみるか?」
未散「未散でいいよ」
大将「スープの味、楽しみに待ってるよ、材料は、店のを適当に使ってくれ」

N:ランチタイム、お客さんで混み合う店内。鍋さんが調理場、未散がホール担当、お店も忙しく、時間が過ぎていきます。

大将「助かったよ、ありがとう」
未散「鍋さん、すごい繁盛店じゃない」
大将「たまたまだよ、お腹減ってないか?お店のありものでなんか作ってくれない
 か?」
未散「えっ?私が」
大将「一番得意な料理を食べさせて欲しいなあ、何を作るのか…」
未散「好き嫌いはある?」
大将「これといって、好き嫌いはないなよ、豚肉が大好き」
未散「わかった!」

N:未散、冷蔵庫から豚肉のバラと玉ねぎを取り出して、豚バラを適当な大きさに切って、醤油とみりん、生姜を入れたタレに豚肉をいれて漬け込んでいます。玉ねぎを少し厚めにスライスして準備完了。

SE:中華鍋の音

大将「いい匂いがしてきたぞ。俺の大好物だよ。もうさ、ご飯が進むんだよな」
未散「辛いの大丈夫?」
大将「辛めにしてくれ。よろしく!」

大将「この生姜焼き誰に教わったんだ!」
未散「わ・た・し」
大将「俺がつくる生姜焼きのよりも、数段、旨いぞ。俺の味にも似てるけど、そこに未散の工夫か…」
未散「うそ、母さんの味」
大将「お母さんは、誰に料理を習ったか、聞いたことはあるのか?」
未散「行方不明のお父さんみたい」
大将「未散は、お店をずっと手伝っていたんだ。そうして、お母さんの味を覚えているんだ、お店は、今、どうしたんだ」
未散「地上げで店もお母さんもなくなった」
大将「す、すまん」

N;夜に備えて、二人で仕込みの準備です。

大将「久しぶりで、夜の開店時間前に仕込みが終了したよ、いつ以来だろう。二人だとやっぱり、早いな」
未散「鍋さん、手際が良すぎです」
大将「未散の手際が良すぎて、終始、煽られてたよ、明日からでもお店任せられるかも」
未散「冗談!冗談!店潰れちゃいますよ」
大将「あっ!いらっしゃい!島さん?今日は一人?珍しいね」
「ゆっくりとご飯食べたくてね。あれ?美人な娘さんが、いたの?鍋さん」
大将「昨日から働いている、未散ちゃん、凄腕のコックさん。俺よりも、上かもよ」
「美人さん!餃子と生ビール、よろしく」
未散「美人だけ、余計です!」
「ごめん!ごめん!美味しく焼いてね。餃子はよく焼きが好みなんだ!よろしく」
未散「よく焼きね」
大将「島ちゃん、びっくりするよ、あの子の餃子。生ビール、3杯くらいお代わりするくらい旨いよ」
「ほんとかな?」

N:島さんと大将が、何やら、話し込んでいます。

大将「ちょっと買い物してきて!未散ちゃん」
「あの子の餃子、どことなく鍋さんの味に似てるけど、違った意味ですごく旨い、生ビールすぐお代わりしたくなったよ」
大将「前にさぁ、島さんに話したかも…」
「えっ?」
大将「東京から、逃げ出して沖縄にきた話。その時、生後すぐの娘と嫁を置いて逃げたんだよ…」
「その話か」
大将「実は、料理の腕前は、嫁の方が上で、特に餃子はピカイチで、俺のプライドが許さなかったんだ。そして、家を出た」
「そんな事で…」
大将「餃子の作り方と包み方、嫁も餃子がものすごく上手くて、とても、太刀打ちできなかった…」
「へぇ〜」
大将「未散の味は、嫁の味をもっと繊細にして、餃子のイメージを変える完璧な味と形だよ。娘にも勝てないんだよ。情けねぇよ」
「鍋さんの餃子も美味しいよ」
大将「お世辞はいいよ。完敗だよ。嫁は死んでるようだし、最後まで、俺をコケにして!ちきしょう!」
「たしかに、未散ちゃんの餃子…」
未散「ただいま!」
大将「ありがとう!それで、足らない分の仕込みをお願いできるかな」
未散「はい」
「美人だし、餃子はうまいし、客のあしらいもなかなかだし、鍋さん?娘の件、確認してみれば」
大将「俺は、複雑だよ」
「なんで?娘かもしれないんでしょ」
大将「未練もなく、逃げてきたはずなのに、また、捕まった。料理の天才の娘、嫁がもっと、俺にこの店を続けろということなのか…。あの嫁、死んでからも、俺には厳しいんだなあ(笑 」

N:夜の営業も終了して、お店の掃除と明日の昼の仕込みも、終了し、大将と未散さん、テーブルで一杯やっています。

未散「ビールは瓶に限る!」
大将「未散ちゃんさあ、この店をやってみる気はないかな?」
未散「冗談!冗談!」
大将「いや!本当だよ。でも、俺に教えるものがあるかな?なんでも、未散ちゃんの方が上のような気がするよ」
未散「金華ハムのスープ!」
大将「スープか、納得するまでの時間がかかるものを選ぶなあ。未散ちゃんと、過ごす時間としては最高のメニューかもなあ」
未散「過ごすって?」
大将「明日の朝から、金華ハムを作るところから始めるか!未散!覚悟するように」

【完了】

※無断転載禁じる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?