尻尾
我が家の猫は水を飲みながら尻尾を振る。ゆっくりとしたリズムで、しかし正確な振り幅で。舌で水を掬う音に合わせて尻尾を振り続ける。
以前飼っていた猫がそのような尻尾振りをしていた記憶は無い。こいつだけなのだろうかと思いながら、時々その尻尾の動きを我が足の指でつかんで止めてみると、ぴちゃぴちゃしていた音を止め、ゆっくりとした動作でこちらを見上げて睨んでくる。
睨みの次に起きることを学習している私は、ゴメンゴメンと言いながら足を離す。放たれた尻尾は再び左右に動き始め、彼は水と向き合う。
猫の尻尾は気分を表していると言われる。
それを確かめようと、我が家の猫に「いま、たのしい?」と問いかけても満足な答えが返ってきた│例《ためし》はなく、奴の本当の気分を確認出来たことはない。
ものの本によれば、例えば、尻尾をゆっくりと左右に振るのは気分が良いときだという。ということは、水を飲んでいるとき奴は喉の乾きが癒やされてご機嫌ということか。まあそう言われてみればそうかもしれないと納得してしまう。
例えば尻尾を激しく振るときは不機嫌だという。確かに、ちょっかいを掛け続けるとブルンブルンと風を切るくらいに尻尾を振り出して、おまけに噛み付いたり爪を立てたりしてくる。とてもご機嫌だとは言えず、不機嫌なのだろうなと思う。少しは冗談が通じるようにならないかとも思うが。
気分を表すとされる尻尾の状態は他にもあるが、大したバリエーションはなくて、ある意味顔を見ていれば分かるくらいだ。
だから、あえて尻尾で表現しなくてもお前の考えてることは分かってるわ、と言ってやるのだ。そんなときはたいてい、尻尾を体に添わせてうずくまっていて、眠そうな半開きの虚ろな目で空を睨んでいて、人の言うことなど聞いていない。それどころか目の前にいる私の存在を意識して消していやがる。つまり完全な無視を決め込む。
どうしてそういう態度が取れるの、と言いながら頭に手を伸ばすと、眠そうだったのが嘘のように覚醒して私の手を両腕で抱え込むように捕まえてガブガブと噛み始める。始末に負えない。
眠りこけているときにピクピクと尻尾の先端を震わせることがある。それを、むんずと手で包むように握り込むと手の中でモゾモゾ動いてカワイイ。こんな時は目覚めることはあまりないから、近距離で顔を覗き込んでやるのだ。
そんな寝姿を見ていると何故か癒されるから、こちらにも尻尾があればゆっくりと大きく振っているに違いない。
おわり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?