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世界でVRが普及しない理由

 VR界隈はApple Vision Proの話題でもちきりだが、一般の人はどう受け止めているのだろうか。ここで言う一般の人というのは、これまでVRゴーグルを買ったことのない人のことを指す。ちなみにVision ProはVRゴーグルではないというツッコミが入りそうだが、ここでは敢えて拘らないことにする。全てひっくるめてのVRゴーグルということにしたい。

 作ったのがAppleだからか、VR界隈でない人からも、発売されたあれってどうなん? なんか凄いらしいで、 みたいな会話が聞こえてくるからブランド力恐るべし。話の行き着くところはたいてい、でも高すぎるな、という当たり前の感想が多そうだ。多少興味を持った人なら、あれって何が出来るの? 価格に見合った何か素晴らしい機能が? みたいな鋭い質問を放つ。
 Vision Proを使ったことも触れたこともない私が言うのもなんだが、素人は絶対に買わないほうが良い。おっと、玄人でもない私が素人呼ばわりしてしまった、失礼。でも、今の段階でVision Proの購入を勧めるのは、例えて言えば、まだ誰もスマートフォンを持っていない時代にスマホって凄いよ、買ってみ、と無責任に勧めるようなものだ。ユーザーが少ない時代のスマホなんて、ただの板でしかない。

 想像するにApple Vision Proはまだ実用レベルのものではない。その意味ではある種のプロトタイプと言える。
 何のプロトタイプか。
 それは、未来のデバイスはこうなるぜということを目に見える形、手に触れられる形で実現したものだ。未来のコンセプトを指し示すのがこのデバイスの目的だ。そう考えれば素晴らしい製品だ。
 要するにVision Proが今回提示している機能の中に、もっとスマートな形で未来に実現されるものが含まれていると思って良い。Appleもこのままの形で普及するとはきっと思っていないだろう。形は違えども、使い方の要素はVision Proにある、と思っているはずだ。

 例えば、3D空間をベースとしたUIだ。この世にウィンドウというUIが登場して以降、私たちは画面上に表示されるウィンドウを通じて操作することに馴らされた。しかし、VRにしろMRにしろ、3次元の世界が目の前に広がるのに、ウィンドウみたいな平板を相手にするのは本来は不自然だし勿体ない。出来ることなら、3D空間上には何らかの3Dオブジェクトを表示して、それを直接操作するようにしたい。それが一部実現されているのがVision Proだろう。

 あるいは、現実空間と非現実オブジェクトの融合もそうだ。
 それはパススルーのことだろ? 別のVRゴーグルでも実現されているじゃないか、と言いたいかも知れない。私もそう思っていた。しかし、現実と非現実のふたつの空間が融合するためには、それぞれの画質というかテクスチャーが一致していなければならない。そうでないと不自然になる。もちろん、不自然だから操作できないかと言えば全くそんなことはないが、問題はそういうことではない。
 ゴーグルの中に表示される「現実」が「非現実」のオブジェクトと同等に現実的でなければならない。その逆に、ゴーグルの中に表示される「非現実」が「現実」と同じくらい現実でなければならない。こうしたことがほぼ実現されているのがVision Proだろう。
 
 あるいは、コントローラーなくして操作出来ること。
 これまでもハンドトラッキングによる操作が出来るVRゴーグルはあったが、それはおまけの機能のような位置づけだった。あくまでコントローラーがある前提だった。それがVision Proでは全てを目線と手で操作する仕組みにした。これは潔い。この潔さのお陰で、他のVRゴーグルにあるようなゲームを楽しむことが出来なくなっている訳だが、AppleにしてみればVision ProはこれまでのVRゴーグルとは根本的に違うことを表明したかったのだろう。

 あるいは、自分そっくりの「自分」がその世界にいること。
 これまで仮想空間の自分代わりなるアバターは匿名性が高いものだった。つまり、仮想世界の中では別の自分を演じられることがVRのメリットの一つでもあった。
 しかし、Vision Proが見据える世界は違う。
 遠くない未来に、現在の私達がスマホを手放せないのと同じ様に、いやあるいはそれ以上にVision Proから派生したデバイスを身につけるようになる、Appleはそう信じているはずだ。
 だからこそ、アバターはリアルな自分の近い外見でなければならないと思ったのだろう。そして何より、顔や表情を再現するのであれば、リアルな人間の、しかも本人同等の見てくれでないとならないという結論に達したのだろう。

 つまり、Vision Proの先にあるものは、スマホを超える包括的なデバイスだ。世界中の誰もが常に装着し、それなしでは生きられないような新たなデバイスになるだろう。昔だったらこんな話は絵空事と思われたかもしれない。しかし、既にそれなしでは生きられないスマホというデバイスを毎日持ち歩いている私たちにとって、空想と切り捨てることは難しいだろう。

 このように、Vision Proが未来のデバイスのプロトタイプだとすれば、VRはさらにそのプロトタイプに過ぎない。ポストVision Proデバイスからしたら、VRは実験室の模型でしかない。つまり、実用的では無い。
 これが世界的にVRが普及しない理由のひとつであろう。
 しかし、現実の空間と仮想の空間を融合させて操作するようなデバイスが将来普及することは、もはや間違い無い。それがメガネのような形になるのか、コンタクトレンズのようなものになるのか、あるいは意外とみんなゴーグルを受け入れてしまうのか。値段や便益とのバランスになるだろうから、どうなるか分からない。

 こうした観点で言えばVision Proというネーミングのビジョンは将来を指し示すビジョン、プロはプロトタイプやプログレスを意味するのではないだろうか。

 というわけで、Apple Vision Proを使ってみたくてたまらない私であるが、こうやってぼやくことで何とか気を紛らわせているのである。

おわり


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