オブジェクト思考
残念ながらプログラミングの話ではない。だから題名の「思考」は指向の誤りではない。題名でつられてしまった人には申し訳ない。
西洋の言葉は事物と結びつき、日本の言葉は人と結びつく。
言葉と事物が結びつくということはどういうことか。例えば「空が青い」と言ったとする。空が青いのは誰がそれを言ったかに関わらず同じ事実を指している。
しかし日本人の場合、別の受け止めもある。表面上は見えない隠れた一人称が存在する為、それを言ったのはあなたであり、実際の空の色がどうかということよりも、あなたがそう言ったことがクローズアップされる。フォーカスは空ではなく、それを見上げるあなたの瞳に合わせられる。
「空は青い」と言うと今度は、あなたの心に近いところにピンが向けられる。空はあくまでぼんやりした背景画像に過ぎない。
私たちにとって大切なのは、何を言っているかよりも、誰が言っているかなのだ。
The sky is blue.
Der Himmel ist blau.
Le ciel est bleu.
英語でもドイツ語でもフランス語でも、そこに「私」が入り込む余地がない。どうしても入れたければ、I think [that] the sky is blue. というように私が介在していることを敢えて明示しなければならない。しかしここでも「私」と「言っていること」の間には微妙な距離感がある。つまり、誰が言っているかよりも、何を言っているかにフォーカスされる。
日本語には主語が無いとも言われることがあるが、それは言葉として明示されないだけで、実際には西洋の言葉に比べて人との結びつきが強い。
マジむかつく、のはそれを言った本人であって、意見ではなく感情の表明だ。これを見てあなたはどう思いますか、と聞かれることはあっても、あなたの意見は? と聞かれることは少ない。思うことと意見が同一だと思われているからだろう。
「消費税増税と言われていますが、どう思いますか?」
「嫌ですね。今でさえ家計が苦しいのに」
あくまでも聞かれているのはあなたという人であり、あなたは感想を述べることに終止する。消費税増税のことは何も述べていない。でも自然なやり取りと感じるだろう。
面白いのは、外国人向けの日本語解説には奇妙な日本語が並んでいるが、外国人の思考に寄せていてきっと外国人には分かり易いだろうということ。しかもそれを見た私たちは外国人思考を違和感なく受け容れてしまうこと。外国人ならそういう言い方をするよね、と。
これらは日常会話の練習用例文だ。
どれも文法的には間違っていないし、言い方としても決して間違っていないが、もし日本人が日常会話でこの通りの言い方をしていたとしたら微妙な違和感があるはずだ。どこか翻訳調だからだろうか。この言い方する場合の相手との関係性やシチュエーションを想像してしまうからだろうか。
日本語の場合、話す相手によって言い方が変わる。同じ相手でも初めて会った人と慣れ親しんだ人とでは変わる。自分と相手との年齢差によっても変わる。相手の性別によっても変わる。自分の性別によっても。
つまり、喋る人、聞く人によって日本語は変わる。普段使っている私たちが想像している以上に複雑な言語だ。外国人からみれば、とても奇妙な言語だろう。それはただの違いではなく、私たちはそこに含まれるメタ情報を使ってコミュニケーションしているということだ。
さらには書き言葉と話し言葉違っていて、書き言葉では会話では見られるメタ情報がごっそり抜け落ちる。だからSNSでのやり取りは誤解や炎上に満ちたものになってしまうのかも知れない。
その逆に、英語では言葉は事実と結びつき、誰が言っても同じ言葉は同じことを表す。同じことを表す言葉は誰が言っても同じ意味。言葉が表すこと以上のメタ情報は無いと言っても良い。情報の記録や伝達に適した言語構造になっているということだろう。
だからプログラミングにおいてもオブジェクト指向に抵抗感が無いのかも知れない。
おわり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?