「生命とは何か」を読んで

ウェットなシステムという考え方

電子機器やコンピューターに由来する喩えは、細胞や生き物を理解するのに役立つが、注意も必要だ

ハードウェアに対する、ウェットウェア。
ウェットウェア=「柔軟性のあるコンピューター材料」=生命のこと。
ウェットウェアは動的で柔軟性が高い。

ハードウェアに例えられると生命の仕組みは、すごく理解しやすい。
細胞のなかのモジュール(1つの機能をなす部分部分の塊)を、スマホの中のアプリが対応しているイメージ。

もし、スマホがない時代だったら、細胞の中身を理解するのは難しかったのかな?生物学の発展と、テクノロジーの進化には対応関係があったりするんだろうか。

人類が積み上げてきた発見、開発の成果が、
偶然と適者生存の連続で進化した生命の仕組みと
似ている部分があるっていうことは本当にすごいことのように思う。

神様がいるかどうかは知らないけど、世界の原理原則っていうのはあるんだろうなと。
私はそれをなんとなく感じられるだけで、理解はできないけど、今後そういうロジックがどんどん明らかになっていくのかもしれない。


遺伝子工学を応用した社会問題の解決

新たな生物によって、食糧難、気候変動の問題を解決できる可能性について。「生き物の遺伝プログラムを根本から書き換え」る、合成生物学という分野があり、その技術を使えば、新しい効率の良い生物を作り出すことができるとか。

遺伝子を解読したり、書き換えたりできることはわかっていたけど、
新しい生物システムを構築できる、ということには全然思い至らなかった。

人類の遺伝子を書き換えることは倫理的にどうなのか?みたいな問題には関心があったんだけど。それでいうと、新しい生物を生み出すこともリスクがありそうだよね。

実用化にはまだまだ時間がかかるのかもしれないけど、今後がすごく楽しみ。

協働という現代人に必須のスキル

生命について理解するためには、生物学者、遺伝学者だけでなく、物理学者、化学者、哲学者、芸術家、コンピュータサイエンティスト、などの役割が重要である。

他人と一緒に何かを成し遂げる、っていう機会がすごく多くなっていると思う。
社会人になってから特にそう思う。ひとりでできることは限られていて、ひとりでやることに拘っていたら、できることがどんどん少なくなっていく感じ。

自分の生活を改めて考えると、何か作って食べるときでさえ、世界のどこかの農家の方や、世界のどこかの工場の労働者の方の仕事の結果である商品がなければ何もできない。

アカデミックな領域って、ひとりで黙々と研究して…みたいな雰囲気が強いのかなって思ったけど、そうでもないのか〜という発見。
「協働」というスキルは、今の世界ではどこにいっても必要なんだな。わたしはあんまり自信ないからしんどいけど。


複雑さの価値

地球上のすべての生命は、元を辿れば一つに集結する。
ある一つの始まりから自然淘汰による進化を積み重ね、複雑な生物が誕生した。

とっても個人的な話だけど、私はシンプルが好きだし、できる限りシンプルにするのが「良いこと」だと思ってきた。
一方で生命は、生まれてから今まで、どんどん複雑に進化している。それを改めて知って、ちょっと「複雑」という概念を見直した。

どんどん積み上げていくと複雑になるのは必然かもしれない。地球では何度かほとんどの生命が死滅してるわけだけど、その後さらに複雑な生物が誕生しているのも不思議。
エントロピーは増大する、みたいな考え方もあるよね?次はそれを勉強してみようかな。

今回はここまで!
次回は「暇と退屈の倫理学」を読んだ感想をまとめたいと思います!

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