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極北カナダ・ソリ犬の物語

一昨日のこと、また一頭あの世に行った。最初は18頭いたソリ犬たちが、今は4頭しか残されていない。

極北カナダのユーコンでは、歴史的に犬ぞりが盛んな地だ。今でも街の郊外にいくと、趣味で犬ぞりをしている人たちが存在する。カナダのユーコンと隣のアメリカのアラスカ州とを結ぶ、全長1600kmの大きな犬ぞり国際大会「ユーコンクエスト」も毎年2月に行われる土地柄である。

今住んでいる土地にやってきたのは8年ほど前。ちょうど北海道・道東での3年間の滞在に区切りを付け、ユーコンで出会ったカナダ人の妻と、ユーコン準州の州都であるホワイトホースへと戻ってきた頃だ。

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(一昨日亡くなったアラスカン・ハスキー犬のベガ)

その頃からどんどんと土地の値段が上がり、家を買う余裕のない僕たちは、今後どうするかを決めかねていた。家賃を払って街に住むのもいいが、どうせならば郊外の自然の濃い場所で暮らしたい。そう思っていたところだった。

そんな矢先、ソリ犬たちを共同で面倒をみる人を探していた、今の家主と出会うことになったのだ。ソリ犬たちの世話を手伝う代わりに、彼女の土地に移動式のモンゴル式テント(ゲルやパオと呼ばれる)を建てさせてもらい、当面の間はここに住むことになったのだった。

家主は個人的な趣味として、18頭の犬ぞりチームを抱えていた。毎日2度の食事、犬ぞりのトレーニング、犬舎の掃除と、一人で世話をするにはやることが多い。その為にお手伝いさん(ハンドラーという)を雇い、一緒に世話をしてもらうのが、犬ぞり界の習慣だ。

(2020年晩秋のソリ犬たちのトレーニング様子はこちら↓)

18頭という犬の数は、犬ぞりを本格的に行う人からすると、それほど多い数ではない。数十頭を抱えている犬舎から、多いところでは百頭以上もいる犬舎もある。ただ家主の犬ぞりチームの違うところは、捨てられた犬やレースを引退したハスキー犬たちを集めていたことだった。

レスキュー施設からやってきた犬たちや、レース犬を引退した犬たち、目の手術が必要で、安楽死直前で引き取られた両目のない犬も含まれていた。今回あの世に行ったのは、18歳の雌犬のベガだった。アラスカンハスキーらしい見かけで、他の犬に対しては気が強く犬だった。一方で人間には懐っこく、誰にでも喜んで近づいていくような性格だった。

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(犬たちの餌やりの風景。自分の番がくるまできちんと待っている。)

家主によると、ベガはユーコンの田舎の農場で育ち、1歳ほどで妊娠し、仔犬たちを産んだ。農場主たちが街に引越しすると共に、ベガも州都のホワイトホースへとやってきた。広大な農場での放飼い生活に慣れていたベガは、街の暮らしに適応できず、何度も脱走を繰り返したようだ。ついに飼い主から放棄され、シェルターにいるところを家主に引き取られた。。。という話である。

家主の元へきてからも、ベガは何度か脱走した。家主さんの飼育スタイルは北米の犬ぞり界では珍しく、犬たちをチェーンで繋ぐことはしなかった。その変わり大きな柵を森に作り、犬たちの大きさと相性を考慮して、大きく2つに分けて自由に放飼いをしている。柵は普通の犬は飛び越えることができない高さだが、農場で育ったベガは柵をよじ登る技術に長けていた。柵の外を探索しようと思った時には、勢いをつけて柵をよじ登り、外の世界をしばらく堪能した後にまた戻ってくるのであった。

アラスカンハスキーとはいえ、元々ソリ犬としてトレーニングをされていないベガは、走る格好がぎこちなかった。大股気味に足を広げながら、ジタバタするような格好で走るのが彼女のスタイルだ。それでもソリは一生懸命引くほうで、元気な頃は他の犬たちとよく原野を一緒に走ったものだ。

人間のように、同じ犬でも性格が一頭ずつまるで違ってくる。犬同士の相性もある。ウマが合う犬同士もいれば、隣に繋ぐと喧嘩をするペアもいる。2頭合わせてラインに繋ぐカナダ式の犬ぞりでは、相性の良いものを隣同士に組み合わせてチームを作っていく。犬の性格が分からないうちは、難解なパズルのように見える組み合わせだ。だが犬の性格を知るにつれて、ベストな配置が分かってくる。

ベガは先頭を走るリーダー犬としても、立派な役割を果たすことができる犬だった。リーダー犬には前を走る犬がいない為、犬によっては不安を覚えて立ち止まってしまうものもいる。また人間のコマンド(右、左、ストップ、ゴーなど)も理解する必要があり、リーダー犬が務まる犬の数は限られてくる。

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(冬の犬ぞりの様子。懸命にソリを引くベガ)

冬の極北の大地は凍っているので、冬季は埋葬用の穴を掘ることはできない。そこで秋に逝った別の犬用の穴を、そのまま埋めずに置いていた。シーツに包まれたベガは、家主と他のお手伝いさんたちと共に、その大きな穴に収められた。ベガの下には、ベガがよく吠えていた雄犬、キクユが眠っている。

ベガに先立つこと14頭の犬たちが、ここ8年で旅立って行った。14頭もいると、立派に犬ぞりチームが作れる数だ。あの世でも一緒にソリを引いてくれるいるのだろうか。そしてキクユと一緒の穴に収められたベガは、きっと彼に向かって吠え続けてもいるのだろう。

ベガ、どうか安らか。そして思い出の数々をありがとう。。。



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