③ 具体的な事実の配列に限定すべき「順序」

私は、マガジン「論理的思考・表現の在り方③(「順序」とは何か 編)」で述べてきましたように「順序」という定義は「具体的な事実の配列の在り方」に限定して用いるべきであると考えます。
学習指導要領の解説が示す「『始め―中-終わり』といった話の構成にかかわる順序」・教科書が示す「組み立て」の構成要素の配列の順序は、「順序」という言葉を用いない方がよいものと考えます。そのまま「はじめ・中・おわり」という「組み立て」方があるということを指導するだけでよいのではないでしょうか。
そうすれば「順序」の定義は「具体的な事実の配列の在り方」のひとつとなり、指導もブレずに行われることになるのではないでしょうか。

このように限定する必然性は、「構成」という言葉の定義のブレからも言うことができるのです。それは、低学年で指導する「はじめ・中・おわり」と中学年以降で用いられている「はじめ・中・おわり」とは「構成」という言葉の意味内容が異なると言うことなのです。

マガジン「論理的思考・表現の在り方(「順序」とは何か 編)」の③において、「『構成要素を配列する順番』はさらに2つに分類できます。1つは、『主張』をどこに位置づけるかという構成要素の配列順となります。2つ目は、形式的な表現内容のまとまり(手紙などの書き方等)の順番となります」と述べました。
低学年のものは、②で示した教科書にもあるように単なる読みやすい文章にするためのまとまり(「形式的な表現内容のまとまり」)となります。これは論理ではありません。つまり、学習指導要領で示されている「構成」とは論理構成ではないのです。
これに対して、マガジン「論理的思考・表現の在り方(構造編)」及び「小学校の国語科の授業 説明文編」で述べてきました中学年以降の「構成」は、自分の主張を展開するための論理となります(日常生活における論証の構造の一部)。
ですから、「構成」に関する指示で「順序よく表現しよう」としてしまったなら、「形式的な表現内容のまとまりの順序を守ろう」「自分の『主張』により納得させるために、『主張』をどこに位置づけるかを工夫しよう」とい2つの意味になってしまうのです。

ここの混在も、現在の国語科教育が今一つ発展していかないところの大きな要因となっているものと考えます。

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