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カンボジア

息子がカンボジアの旅から帰って来た。夕食を食べながら「子供たちの笑顔がめっちゃ良かった」と興奮気味に話してくれた。私は強く共感し、うなづいた。

もう10年以上も前になるが、私もカンボジアを一人旅したことがある。アンコールワットの見事な朝焼けも印象的だったが、1人の男の子の笑顔が忘れられない。

それは、東南アジア最大の湖、トンレサップ湖の水上集落を見るため、小さなボートに乗って泥のような川を下っている時のことだった。川沿いにこぢんまりとした学校のような建物が見えて来て、1人の男の子が、ボートに乗り込んで来た。水上集落との通学に使っているんだなと思った。

小柄で浅黒い肌の男の子は、近くに座り、ニコニコ笑っている。小学一年生くらいだろうか。ちょっと汚れたTシャツを着て、小さな鞄を肩から下げている。何かいいことでもあったのかなと興味深く見ていると、ふと目が合った。少年は満面の笑み。なんと人懐こい笑顔だろうか。そのまますぅっと吸い込まれそうになり、こちらも自然と笑顔になる。

すると、少年が、鞄から、真新しいノートを取り出し、「今日ね、学校でもらったんだよ!」ともう本当に嬉しそうに、見せてくれた。汚しちゃいけないと、自分の手を服で少しゴシゴシしてから手にとった。まっさらでまだ何も書かれてない。ページをめくるとサラサラと良い音がした。少年は「ね!」とでも言いたげな顔で、私の顔を覗き込んでくる。二重瞼の目をくりくりとさせ、なんとも嬉しそうな表情。私は、一瞬、衝撃を受けた。少年の純粋さが、忘れていた大事な何かを思い出させてくれているようで、不覚にも涙が出そうになった。少年は、学校でのこと、友達のこと、いろいろ話をしてくれた。話す時、ちょっと小首を傾ける仕草がまた可愛い。

視界が開けて来た。トンレサップ湖に着いたようだ。湖面に点在する水上集落が見える。少年はあれが僕の家だよと指さす。申し訳ないが、ちっちゃな物置小屋のような建物。ボートがゆっくりと家に近づき、少年はひょいと慣れた感じで、デッキのようなところに飛び移った。すぐに振り向いて、笑顔で手を振ってくれる。バイバイじゃなく、「またね!」という感じで。その笑顔はキラキラと輝いて見えた。私も「またね」と呟き、高く手を振った。

ボートはまたゆっくりと湖面を進んでいく。時折、顔に吹きつけてくるねっとりと蒸し暑いはずの風がなぜか心地良かった。

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