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一人飲みで生きていく

稲垣えみ子さんの著書「一人飲みで生きていく」を読了。著者が果敢に一人飲みにチャレンジし、失敗しながらもその原因を分析、試行錯誤しながら、12の極意を掴み、一人飲みマスターへの道を歩んでいくその過程が、実に面白かった。かつ、これまた色々と考えさせられた。

で、この本に刺激され、昨夜、早速実践してみた。歩いて10分もかからないほどの近所にある小さな居酒屋に行った。

近所で飲むなんて本当に久しぶり。18時開店のはずだが、提灯には明かりが灯っておらず、静か。あれっ今日休み?早速出鼻をくじかれたか?と思いながらも、恐る恐る、玄関の引き戸をそろりと開けると、店内はほの暗かったが、電気はついてる。

「大丈夫ですか?」と声かけると、「アッ、いらっしゃい、どうぞ、どうぞ、席はどこでも大丈夫ですよ」とご主人の優しそうな声が返ってきてホッとした。

店内に他のお客は誰もおらず、私が一番乗り。4席あるカウンターの左隅に座った(著者曰く、極意その2)。そしてまずは静かに店内を見回す(極意その3)。

千円でお通しがつき、飲み物2杯と串焼き2本が選べるセットがあったので、グラスビールとぼんじり、ねぎまを注文した(極意その5)。

注文を終えると手もちぶさたで間が持たなくなったが、スマホはいじらないで我慢(極意その4)。

すぐにお通しとグラスビールが出てきた。まずは冷えた生ビールを一口飲んだ後、お通しをよく噛んでじっくりと味わった(極意その7)。煮魚にガンモ、味が染みていて美味しかった。

しばらくして、ぼんじりとねぎまが出てきた。タレではなく塩。ちょうど良い塩加減が肉の味を程よく引き出してくれ、すぐに飲み込むのが勿体無い感じ。自然に「美味しい〜」という声が漏れる。

続けて次の注文へ。月見つくね、椎茸串、ニンニク串、鳥皮、鳥唐揚げを一気に頼んだ。お店はご主人一人で切りもりしており、厨房で、丁寧に味付けし焼いている感じが伝わってくる。

椎茸串が出される時、「お近くなんですか?」と話しかけられた。「はい、近くなんですよ、歩いて来ました」と答えると、「そうですか、ありがとうございます。この町の人はみんな穏やかな人が多くていいですよ。私は今年48で、この店始めてからもう20年になるんですけどね、ほんと良いお客さんばっかりですよ」と静かに語ってくれた。ご主人の落ち着いた人柄が伝わってくる。

「コロナの時は大変じゃなかったですか?」と聞いてみると、「正直大変でした。1年近くまともな営業はできなかったですね。小さいお店ですけど、そん時、思い切って、改装したんですよ。20年ローン組みましてね。ですから、70まで働いて返さなきゃいけないんですよ(笑)。その改装をきっかけにお店を禁煙にしたんですけどね、そりゃ、タバコを吸うお客さんからは文句言われましたよ。役所からそういう指導もあったので仕方なかったんですよ。でもね、禁煙にしたら、家族連れのお客さんや女性同士のお客さんが増えましてね、それはそれでよかったかなと思ってるんですよ」とご主人。「私はタバコ吸わないから禁煙の方が嬉しいですよ。ご主人もタバコは吸わないんですか?」と水を向けると「私ですか?いや恥ずかしながらね、仕事終えると電子タバコ吸ってるんですよ、なんだ自分は吸ってるんかいと言われるですけどね」と苦笑いされていた。

食べ終わったお皿をカウンターの出し口にあげると、「あっ助かります」と言ってくれる。

とてもやわらかい時間が静かに流れていく。

最後のしめに焼きおにぎりを頼んだ。「時間かかりますけどよろしいですか?」と聞かれたので「全然大丈夫ですよ」と答えた。「金土は忙しくなるんで手伝ってもらってるんですけどね」「アルバイトですか?」「うちはね、大学生に働いてもらってるんですよ。けどね、みんな卒業すると辞めちゃうんですよね、当たり前ですけどね、寂しいですよ。でもね、やめた子たちがね、親を連れて食べに来てくれたりね、友達連れてきてくれたりするんですよね。嬉しいですよ。それにね、その辞めた子の妹さんや後輩があとを引き継いでくれたりしてね、うちは一度もバイトの募集かけたことないんですよ。ずっと繋がってるんですよ。有難いですよね」と嬉しそうに話をされる。ご主人の人柄ゆえなんだろうなとじ〜んと来てしまった。

「焼きおにぎりね、もうちょっと待ってくださいね。どうしてもね、パリッと焼きたいんですよ、パリッと、だから時間かかちゃうんですよね。お待たせしてすみませんね」と気を遣ってくれる。いやいや、こちらが恐縮してしまう。

出てきた焼きおにぎりを早速頬張ると、ほんとに表面がパリッと焼きあがっていて、めちゃめちゃ美味しかった。「いやあ、ほんと美味しいです!」と素直に伝えると、「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいですよ」と笑顔を見せてくれた。

家内へのお土産に鳥レバー2本を包んでもらい、「美味しかったです。また来ます!」と言ってお店を出た。外は寒くなかった。身も心も温まった。なんだろうこの満たされた優しい感じは。早く家内にこの気持ちを伝えたかった。

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