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11対決、そして4人の思い(3)

「ンン~……。まさか望月先生たちが面会に来るとはね。もう会うことはないと思っていたのに」
「まあ、きっと裁判の席でも会うことはありますよ……。それはさておき、今日は運野先生にお伺いしたいことがあって来たんです」
「聞きたいこと~? 何かしら。まあ、まず座りましょうか」
 3人が、アクリル板を隔てて同時に腰かける。
「あの夜に、朔人と何があったのか、もう一度聞かせていただきたくて」
 亜桜の言葉に、運野の眉がピクリと上がる。
「サクト……って、金沢さんの話? それだったら、あの次の日の朝に言ったじゃない」
「でも、あの時は私も動転していて、詳しくお伺いできなかったので。朔人が、制度下安楽死を運野先生にお願いしたのって本当なんですか」
「本当よ」
「その理由を知りたいんです。どんな状況でそうなったのか」
 亜桜がやや前のめりになってくるのを、運野は黙って眺めていたが、やがてため息交じりに話しだした。
「そうね。この後、裁判記録とかで全部読めるようになると思うんだけど……。まあいいわ。あの夜ね、金沢さんは急に呼吸が苦しくなって、当直をしていた僕が呼ばれたの。そのとき、僕は緩和的鎮静をかけることを第一に考えたわ。それ以外にできる治療は全部されていたからね。でも病室に僕が伺ったら、金沢さんの方から『昼にするはずだった薬を、打ってください』って言ったのよ。僕の方がびっくりしちゃったくらい」
 亜桜はまた「ウソだ」と叫びたい衝動にかられたが、努めて冷静に聞き返す。
「それが不可解なんです。朔人は昼の時点では『明日まで待っているから』って言ってくれていたんです。それが夜になったら急に変わるなんて」
「さあ、それは僕にはわからないけど~。夜になって苦しくて苦しくて、我慢できなくなったから、ってことじゃないかしら。誰かさんがモタモタしていたせいでね~」
 亜桜はうつむいて考え込む。確かに運野の言い分だけを聞けば、道理は通る。しかし、何かそれだけでは引っかかるところもあるのだ。
 無言になった亜桜を運野はじっと眺めていたが、ふと思いついたように言葉をつないだ。
「あ、そういえば金沢さんこんなことも言っていたわ。『これ以上、無理はさせたくない』って。あれは望月先生、あなたにって意味じゃないかしらね」
 その瞬間、亜桜の背筋に稲妻のような衝撃が走った。亜桜は細かく震えながら運野へ聞き返した。
「『これ以上、無理はさせたくない』って言ったんですね。それ以外には何か言っていませんでしたか」
「そうね……。何せ、あまり長く会話できるような状態じゃなかったからね。あとは『これで、いいんだ』とか」
 亜桜は耐え切れなくなり、うつむいて涙を流し始めた。隣に座っていた赤垣が驚いてハンカチを差し出す。運野は時計をチラッと見た後、長い溜息をついた。
「望月先生……。僕ね、先生には期待していたのよ。アナタ、他人に興味がない人じゃない?」
 亜桜がハンカチで涙を拭きながらも顔を上げる。
「患者さんの家族に、廊下で『先月はお世話になりました』って挨拶されてもほとんど覚えてなかったでしょ。看護スタッフの名前ですらうろ覚えだし。望月先生の根本には、人間というものに対するいい意味での無関心っていうのがあると思ってたの」
「そんなことはありません」
「そんなこと、あるわよ。だって僕と同じだもの」
 亜桜が露骨に嫌な顔をするのを見て、運野がニヤッと笑う。
「国家認定緩和医はね、人に興味がない人の方が向いている。他人は他人、自分は自分。どんな状況でも、自分は俯瞰して『ヒト』を見られる存在。望月先生なんかぴったりよ~。アナタ、これまでヒューマニストっぽく振舞っていたけど、その実は『ヒトを観察して、ヒトを通じてこの世界の理を勉強する』って感じだったもの~」
「そんなことは……」
「無い、って言いたいんでしょ。もう一度言うけど、アナタは僕と同類よ。ヒトを観察対象として楽しんでいるというところがね」

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