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11対決、そして4人の思い(6)

 自宅に戻った亜桜は、かつて自分が過ごした子供部屋に入ると、探し物を始めた。そして、勉強机の引き出しに無造作にしまわれていたUSBメモリーを取り出した。
「卒業アルバム」とラベルが貼ってある。卒業してから、一度も開いたことのなかったアルバム。亜桜のマンションで使っている機器では、USBメモリーを再生することができないため実家に置きっぱなしになっていたのだ。AIフォンに外付けUSBデバイスを接続し、アルバムを開いて見る。顔認証が起動し、一覧に高校の頃の亜桜の写真が並ぶ。
 朔人と別れてからほとんど記憶に残っていない高校時代。でも、写真を眺めているうちにおぼろげながら記憶が立ちのぼってきた。途中で辞めてしまった部活、紗菜と二人で映った教室、興味がなくて苦痛で仕方なかった京都の修学旅行……。そして、その写真たちの中に時折、朔人が写り込んできているのを見つけ、手が止まる。再度、顔認証を起動させ、朔人の顔を検索してもらうと彼の写真が一覧で並んだ。
――ああ、こっちはしっかり思い出せる。
 白い肌の柔らかさ、生まれつきと言っていた爽やかなカラダの匂い、抱きしめられた時の腕の固さ……。もちろん写真には亜桜の知らない表情をつくる朔人もいたけれど、亜桜は興味をひかれながら画面を繰っていた。
 しかし、この元気そうに写っている朔人も、今はもういない。
「ねえ朔人、あなたは私に何を伝えたかったの?」
 亜桜は画面をなぞりながら、写真の朔人に話しかけた。
 朔人は最後に『無理はさせたくない』と言った。亜桜にも言ったし、運野にも言った。それはどういう意味だろう? 初心者の亜桜に安楽死を施行してもらうには負担が大きくかわいそう、だから代わりにベテランの運野にお願いした。そういう取り方もできるだろう。
 しかし亜桜は別の解釈をした。
――朔人はもしかしたら、もう私に安楽死を施行してもらう意味を感じなくなったんじゃないかしら。
 赤垣が考えたように「自らの最後を好きだった人の手で」、と朔人も考えていた可能性はある。でもそれは、本当に「好きな人に最期を看取ってもらえる安心」だったのかな……という点は腑に落ちなかった。どちらかといえば――

「忘れないでね、僕のこと」

ってずっと言っていたような気がするのだ。最初から、朔人は亜桜をちょくちょく困らせては手をかけさせてきた。「僕にはこの世で生きた証がない」といったことを、朔人はよく言っていた。思いが届くことはなくても、せめて一番大切な人の記憶くらいには残りたい。そのために、自分の命を手折る重さを亜桜に感じてほしかったのではないだろうか。亜桜にしてみれば、自意識過剰気味な解釈にも感じられたのだが。
 でもきっと朔人は気づいたんだと思う。亜桜がすでに、朔人に対して単なる患者以上の感情を持っていることを。少なくとも、進めていた安楽死の手続きを台無しにしてしまうほどの感情を。そして、朔人は「もうこれ以上亜桜をいじめなくてもいいよね」って思ったのかもしれない。
 だとしたら、あの夜にタイミングよく朔人が「急変」したのも、本当に偶然だったのだろうか……。
「もし本当にそんな風に考えていたんだとしたら、朔人は本当にバカね」
 亜桜はもう一度画面の中の朔人の唇を指でなぞりながら独りごとを言った。
「ごめんね。今度は、私がちょっと遅かったね……」
 画面が涙で曇り、朔人の輪郭がひどくゆがんだ。

 国家認定緩和医・望月亜桜。まだその手で安楽死を施行したことはない。

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