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キスよりケーキ

3人の子どもたちに、
母の誕生日を祝う計画を立てなさい、
と指示したのは、学校の春休みが始まった日だった。3月末の私の誕生日まで、宿題も特に出ない子どもたちにとって、何かしらの課題を与えることは、いわゆる教育的配慮でもあった。

今回のような誕生日は初めてである。

去年の今ごろ、すでに夫は、私の周囲にいる男性(たち)との仲を疑い、妻である私に対して、とても攻撃的な執着心を向けていた。それでも夫は、子どもたちとともに、誕生日ケーキを用意してくれていた。自分が選んだことを隠して、つまり、子どもたちが選んだことにして、プレゼントもくれた(そのことは、三男からあとで聞いた)。
しかしその夫は、今やこの家にいない。別居して、4人家族になったことで、今回私を祝うのは、子どもたちだけ、になったのである。

今年の私の誕生日については、子どもたちとしても、なかなか自分たちだけでは動きようがない、誰に相談したらいいのやら、と困っていた……のは、真面目な次男だけだったのだが、3人に対して、サプライズではなく、私にも相談しながら動くように指示した。

自分の誕生日くらい、まあいいか、とも思っていたのだが、

①子どもたちが、ここ最近の様々な親族の誕生日に対するプレゼント等の計画がマンネリ化していたこと。

②これからこの子達が大切にしたい相手の誕生日を祝うときに、きちんと計画して、相手のことを想って祝ってほしいという願い。

③春休み中、子どもたちを預かってくれている私の両親にとっても、何かしらこういうお題があった方が助かる(ような気がする。はっきり聞いたことはないが、夏休みの自由研究など、私より、子どもたちより、祖父母である両親の方が熱心だ)。

と、様々な観点から指示を出した、というわけだ。
※特に①、そして②ついては、長男にちょっとした説教までした。
この私に対する誕生日計画を行う中で、長男が
「僕は、誕生日プレゼントに何を渡すかも、お父さんと似てて『必要最低限』しかしないんだよ」
と発言した。
私は、
あなたは人から「必要最低限」で用意してもらったプレゼントで満足するのか、
なんなら私があなたに対する子育てを「必要最低限」でやってきたんだ、とあなたに伝えたとしたら、どんな気持ちになるのか、
と迫った。
この「必要最低限」という言葉は、たしかに夫がよく言っていた言葉だった。それだけに、私はかなり真剣に長男に自分の意見を伝えた。
そのやり取りを聞いていた次男は
「お兄ちゃん、そんなこと言ってると、離婚されちゃうよ」
とあきれた顔で呟いていた。

さて、なんだかんだありながらも、誕生日ケーキを作る計画が進んでいった。その過程で、
誕生日ケーキなんて、どうやって作るんだ!?
と、一番最初に根を上げたのは、あきらめの早い長男だった。
なんのために、タブレット持たせてるのよ、
ホットケーキにデコレーションしたら、立派な誕生日ケーキになるわ、検索してみなさい、
と私が言い終える前に、動き出すのは次男、
三男は会話を聞いてはいるが、自分ごととは考えていない。お兄ちゃんについていきます、という姿勢はいつも通りだ。

ああ、こんなのだったらできそう、
やっぱりイチゴだね、
でも、クリームなんて作れないよ、
とケーキ作りについて、細かな疑問が出てきたので、買い物に出かけることにした。
職場の仲間によると、
デコレーションケーキって最近は買ったことないです、スポンジケーキと生クリームとフルーツを与えたら、娘たちが自分で好きなように飾り付けするので、
という話が聞こえてくるくらい、ある程度の材料を使ってケーキを手作りするのは、一般的なようだが、我が家ではその経験もなかった。
私自身は、かつて夫のために、お好み通りのチーズケーキを作ることが何度もあったが、その他のホールケーキは作ったことがなかった。

子どもたちは、絞り出すだけの生クリーム、というものを初めて購入し、普段なら高いので手を出さないイチゴを2パックも買った。
この買い物や、実際にホットケーキを誕生日ケーキらしくする過程は、子どもたちにとっておもしろい経験だったようだ。
ケーキを食べながら、子どもたちと祖父母とのやりとりや、失敗談を聞いた(私の母にしても、生クリームを扱うのは初めてだったようで、焼きたてのホットケーキに生クリームをのせて、大惨事となったそうだ。そのせいで、すべて最初からやり直し、となった。いちごを2パック買っておいてよかった)。

誕生日には、私の妹から、例年通り、ビタミンカラーのフラワーアレンジメント(どうも花屋さんに、贈る相手、つまり私がどんな人なのかを伝えて、アレンジメントを作ってもらったそうなのだが、明るく頑張ってね、とエールを送られているようである。さすがプロ)が届いた。彼女は、私の家族の問題も、そして今や実質的な不倫相手となってしまった先生(同じ職場の上司。ここでの呼び名)のことも知っている人である。
そして、いざとなれば、3人の息子たちの力になってもらわなくてはいけない貴重な存在である。

このアレンジメントと、誕生日ケーキの写真を、携帯電話の壁紙にしている。
そして、先生からの誕生日プレゼントは、平日のお昼過ぎに、めずらしく職場で呼び出された先でのキスだった。これでは写真にもできないし、する必要もない。

こんなことを誕生日プレゼントにされては、年に一度しかできないではないか、と、不満に感じた誕生日であった。

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