スクールカーストで下に追いやられそうな真面目人間のための処世術

 こないだnoteにて母校の変わったところ紹介みたいな記事を見かけて自分でも相当母校には不満があったので書き連ねようとしましたが、ただのストレス解消にしかならないので、せめて自分と同じ境遇に遭いそうな人々へアドバイスみたいなものを書き連ねようと思いこの記事を作りました。

はじめに:自分が高校で遭ったこととその対策

 ちょっと前に「大人になった自分のスキルを持ったまま高校に再入学したらどうなるか」という趣旨のラノベが流行った覚えがある。これを見て、「もしも大人になった自分のスキルを持ったまま高校時代に戻れたら」という思考実験をやってみたが、あの時代の組織のしがらみが強すぎて何もできないことに気づいてしまった。
 しかし、高校で遭った理不尽な話に対して、今の自分のスキルで対策するという思考実験をした結果って、もしかして今の高校入学前の方々に役に立つのではないか、特に真面目に考える癖のありそうな人に有効ではないか、とか考えた。そこで、高校で遭った理不尽な話と、今考えうる対策について、語っていきたいと思う。

共学校における高校デビューなんか幻だと思うべき

 私は中学を男子校で過ごしてきて、共学の高校に入れるということで出会いを期待したわけだが、男女比3:1だったためか待っていたのは

 3年間男子クラス

であり、男女混合クラスに入れた選ばれた民は先生に嫌われることはもちろん、贔屓されすぎてもダメで、おとなしくしていることが必要という、私みたいなアクの強い人間にはまず男女混合クラスに入れなかった
 とはいえ男子クラスじゃなかったとしてもスクールカーストでは下のほうだったので、出会いなんて期待できなかったであろうし、いい相手は要領のいい猿山のボス的存在がかっさらっていったであろうと思うとなんか絶望感しか湧かない。こんな状況で高校デビューなんかできるわけがない。
 であればいっそのこと

 共学校での高校デビューをあきらめるのも選択肢のうち

と割り切り、女子校または男子校へ行くか、共学校へ入学したとしても出会いは期待しない。つまり、

 理不尽感満載な学校のクラス割りに出会いを期待しない、

 出会いが欲しければ習い事行くなり同世代同趣味の仲間とネットで交流するなりすることにより

 自分で出会いの場を獲得していく必要がある

と思う。昔はそこまでできなかったとしても今ではネット環境や習い事の情報が豊富なので敷居は低くなってるはずである。ただし、明らかに

 怪しい出会い系サイトには近寄らないようにすべき

と思うんだけど、これ読んでる方は真面目な方が多いと思うのでその心配はないかもと思う。

応援練習は適当にやりすごすべき

 うちの母校では1年生の4月に応援練習なる行事があり、野球部の応援の練習と称して大声で歌ったり声援を送ったりできるようにするための
 うちの母校は進学校で「天才なら何曲も歌詞を宙で覚えられるよね?」みたいな風潮があったためか、校歌だけでなく試合に勝った時の歌や負けた時の歌やその他もろもろの歌合計5、6曲の歌詞を宙で歌えるようになる必要があるらしい。でもって

 春休みにレコードを渡されて全曲歌詞暗記してこい

みたいな無理ゲーを強いられる。ちなみに私はレコードかけるのが面倒で全く予習しなかった。この行事、要はシゴキであり、

 理不尽なシゴキに耐えさせることにより精神的に強くする

ということが建前らしいが、こんなことやっても

 実社会では役に立たない(全否定)

どころか、社会人生活は土俵が違うとしても高校生活を振り返っただけでもシゴキ以上に酷い仕打ちが待ち受けているから本当に意味がない(もう一回全否定)。
 とはいえこの行事、他の人の歌を聴きながら適当に合わせたり歌詞を間違ったり口パクしたりしてもスルーされることも多々あり、声出せって言われて素直に出したら解放してくれたりするので、

 下手に反抗したり過剰に怖がったりしなければ4時間程度で解放される。

 とはいえ時計を取り上げられ、会場の時計は狂った動きをするため、時間が長くて耐えきれない人もいる。どうしても耐えきれないときには

 とにかく漏れると言ってトイレへ逃げてどこかで時間を潰す

ことをやってもいいと思う。なぜなら

 実社会では会議で談合など反社会的行為があった場合、
 会議から退出することが正しいとされている

 からである。応援練習が反社会的行為かどうかは議論の余地があるが、

 どうせ社会に出た時の練習をするなら退出する練習をする

 のもアリなんじゃないかと考える。耐えられるならずっと参加してもいいしそれに越したことはない。ある程度の理不尽さに耐える練習ももちろん悪くない。しかしもし耐えられない、自分の許容する理不尽さを超えているのであれば、個人の行動を束縛する反社会的行為とみなして退出するのも手である。

カーストの下決定戦な学年合宿は意地でもサボるべき

 うちの母校ではさらに1年生の4月の土日に学年合宿なるものがあり、

 団体生活をする上での規律を学ぶ

 というのが建前らしいが、実情は

 カーストの下に来る人間をあぶり出す儀式

 である。何をやったかまでは覚えていないし思い出したくもないが、

 7,8人で構成される班を作り、1人がミスしたら班全員ビンタ

 という連帯責任系な行事である。これを行うことにより、

 ミスした人に対して責任を追及し、合宿が終わった後も学校にいる間は
 カーストの下として扱う

 という、村社会やイジメによくある光景である。自分なんかもミスをしてしまってカーストの下扱いされてしまい、

 登校拒否していた人から年賀状で「今年も白けさせてくれ」

と書かれたり、はたまた

 卒業して十年後ぐらいに当時の生徒会長から
 「(当時のあだ名)、同窓会出るよね」とタメ口で

書かれたりするレベルになってしまった。
 この合宿、カーストの上で要領よくやれる人なら心配ないが、

 真面目な人の場合だと気持ちが緊迫してしまい行動量のキャパが落ちる。

 そんな状態で何でもかんでも周りの要求をこなそうとしてミスを起こさないなんて奇跡的である。これでは真面目な人が損をするばかりであり理不尽である。したがって、もし

 規律を守るための訓練という建前の合宿はボイコットすべき

だと考える。そもそも、

 学校がイジメの原因を作ること自体が反社会的行為

 なので、これは反社会的行為に加担しない姿勢を示す行為としてのボイコットはアリと考える。体制側としては報復措置として参加しない人をカーストの下扱いにするなんていうこともやりかねないが、

 参加しようがしまいがカーストの下になるなら参加しないほうが楽

なので、ボイコットするに限ると考える。

運動部は入ったりやめたり掛け持ちしたりすべき

 高校になったら高校デビューとしてバスケ部に入って青春を謳歌したかったので、バスケ部に入部した。蓋を開けてみると、女子と練習しているときは楽しかったが、途中で女子が帰る一方で男子は果て無く練習続けさせられるし、中学でやった人のほうが有利だし、夏合宿は飯も喉を通らないほどだったしで、本当に大変だった。しかし親身になって特訓してくださる先輩や、話を聞いてくださった1年のエースの方などのおかげで、1年の秋ぐらいまでは続けられていた。
 しかし1年2学期の中間考査の数学で赤点を取ってしまい、担任から成績悪くなるぐらいなら部活続けるなと言われてしまう。それだけではなく、

 2年キャプテンのパワハラ、しいてはセクハラがひどかった。

 1年を奴隷とみなして何でも否定しにかかるため、こちとら先輩に相談せず自分一人で抱え込むことしかできず、当然成績のことなんて相談できなかった。2年キャプテンは暴行もしていたため、ぶっちゃけ今の筋肉があれば正当防衛で懲らしめてやりたいぐらいである。
 また、1年のメンバーの態度が高慢であり、こちらがミスして謝ったときにも「謝るぐらいならミスしないようにしろ」とか吐いてきてそちらも辛かった。心情的負荷が積み重なってさらにミスするという悪循環が発生してどうしようもなかった。
 そんなこんなで部活を半年間で辞めた。で、一緒に部活やっていた人や顧問の先生には申し訳ないと思っていたが、全然関係ない部外者から

 部活やめるぐらいなら最初から入らなかったほうがマシ

という、

 それまでの努力を否定されチャレンジ精神を失わせ億劫になってしまった

ことがあり本当に辛かった。(たぶん言った本人まず間違いなく言ったこと全然覚えていないであろう。)

 とはいえ、最近振り返ってみるに、本当に部活やめることが悪かと言われるとそうではないということに気づいた。

部活なんて入らないとどんな活動やってるかわからないし、
自分に合ってるかどうかわからない。

 入ってみた部活がブラック部活だったということもある(親身になってくれた先輩が辞めて2年キャプテンのワンマン体制が続いてからブラック色が強くなった)。もちろんただの怠慢とかつまんないからとかいった理由でやめる事は残された部員や顧問の先生にとって失礼かもしれないが、

 やるだけやってそれでも合わなくて辞めることは悪くない

と改めて思う。運動部への入部は結婚や大会社への就職みたいに後に引けないものではないと考える。(結婚や大会社への就職が後に引けないものかどうかについては議論の余地があるが。)
 また、確かに部活で良くしてくださった人々には申し訳ない感あるが、

 それでも自分が思っている以上に後腐れなく付き合ってくださるような
 ありがたい人はいる。


 とはいえ、

 部活をやめても仲良くしてくれて有難うという気持ちは持ち続けるべき

 と思う。たぶんその気持ちを持ち続けていたからこそ、彼らと仲良くできたのだと思う。

クラス委員は1年の間適当にやったら続ける必要なし

 クラス委員についてだが、私は中学1年のとき週番という非常に大変な役職にいたので、2年と3年で図書委員という楽かつ趣味に直結する役職について楽しく過ごした記憶がある。
 それで高校1年の頃、きつい役職につきたくなかったのと、目立とう精神が高まっていてアナウンスで目立ちたかったのとで、放送委員という役職についた。
 しかし待っていたのは

 アナウンスではなくPAという仕事

 だった。しかも実際にやった内容は、

 マイクスタンドのセッティングとかその指導とか

 というオチだった。PAの仕事において核をなすミキシングとかについては、技術を適切に習得すればおおよその人ならできる仕事であるにも関わらず、あたかも

 選ばれた人間だけしかできない仕事

 として、

 いかにもコネだか財力だか押しの強さだかを使ってトップに立った

 人間しかやらず、

 BGMの選曲とかもトップが主導権を握りまくっていた。

 で、そいつの「俺は資本主義社会における勝ち組だ」アピールが嫌で本当に辛かった上、おまけに副委員長の秋元康氏信奉論を聞くのがしんどかったので、二年の運動会終わった頃に放送委員を辞めた。
 一方、後にESSの部長となるうちの友達とかだと、1年だけやって後は全然関わらなかった。自分は放送委員は義務だと思い込んでいたため、2年になっても続けていた。また、放送委員を続けようがいまいが、

 委員のトップ以外は内申書には関係なかったっぽい。

なので、1年の時には義務としてある程度やることは必要かもしれないが、

1年だけやってその後で声かからなかったら辞めても良かったんじゃないか

と思った。当時の俺は律儀すぎるよなあとも思うぐらいである。

クラスマッチはその競技が上手い人が選ばれるとは限らない

 カーストの下にとって忌まわしき行事、それはクラスマッチである。多数ある運動競技でクラス同士競うという行事である。
 本来なら競技という以上、勝ち負けが重要であるためスキルのある人を優先させるのが普通である。しかしこのクラスマッチ、

 元バスケ部の私がバスケの試合に出させてもらえなかった

 という黒歴史がある。振り返ってみれば、

 スクールカーストのトップに居座る者どもが派手な競技に出ており、

 下の者は誰も手を挙げないような競技に回された感があった。そのため、

 競技の選抜はスキルに関係なくカーストの上下で決まる

 ため、

 競技に選ばれなかったからといって自信をなくす必要はない

 と思った。ちなみに運動会の競技とかも同様である。

自分が輝ける場がなくてもバカッターにだけはなるな

 私は中学のときには成績がクラス上位に入っていたが、高校になると授業の進度が速すぎてついていけず、おまけに運動部もやっていたため成績が全然振るわず、ひどいときには尻から何番目まで落ちたこともあった。
 そんなこともあり、中学時代では勉強という輝ける場があったのに対し、

 高校時代では輝ける場がなかった

ので、

 なんかいろいろ目立とう目立とうとして馬鹿にされていた。

 ただでさえカーストの下なのにさらに輪をかけてカーストの下を這いずり回ってしまった。今もコスプレとかやって目立とう精神をうまく処理してはいるが、あの頃とは比にならない目立とう精神だった。
 とはいえあの頃は学校で世界が閉じていたし目立つ範囲が限られていたし、やることもさほどエスカレートしなかったため、カーストの下を這いずり回るだけで済んだ。

 当時SNSがあったら間違いなくバカッターとして社会的に抹殺

されていたであろう。なので、あんまり説得力はないかもしれないが、輝ける場がないからといって

 目立とう精神を処理する目的でネットに依存することだけはやめてほしい

と思っている。もちろんコスプレ写真や絵や音楽、さらには考察文書をUPすることで自分の存在意義をアピールすることは全然問題ないと思う。また、ユーチューバーによる出し物とかも適度をわきまえた内容(ポテチの味比べとか)であれば問題ないと思う。しかし、アクセス数を上げようとして

 内容をエスカレートさせて反社会的行為に及ぶことだけはやめてほしい

と思う。トイレでAV音声を流したり、バイト先の店の商品をダメにしたりするようなことなんて犯罪だしそもそも面白くない。それより

 勉強や部活だけでなく趣味についてのスキルを磨いて

自分の存在意義のアピールに使うと、自分の充実にもつながるし目立とう精神も処理できていいんじゃないかと思う。

学校がアレでもオアシスはきっとある

 以上、もはや真っ黒くろすけ出ておいでって言いたくなるほど黒歴史だった高校時代にも、

 オアシスみたいな存在はあった。

 先述の放送委員で一年のときに一緒だった人が部長をやっていた、ESSと呼ばれる英語クラブである。部長が一年の時に三年生が卒業して、二年生が誰もいず部長一人になってしまったので、私と友達が入ることになり、さらにライブマン第30話のごとく新しく友達2人が入部し、翌年に後輩が入り、結局10人ぐらいの部になった。

 でもって新しく入った友達が部室で将棋ばっかりやっていて、私は将棋が
苦手だった(というか回りが強すぎた)ので真面目にやれーとかポジション
トークをかましていたが、それでも

軍隊みたいな学校の中でめちゃくちゃフリーダムな活動ができて

すごく楽しかった。卒業式後の打ち上げなんか、大学不合格発表の後だったにも関わらず、辛さを吹き飛ばすほどの楽しさだった。

 そんなフリーダムな活動をしていても顧問の先生は怒ることがなく、ゆるーい放課後ティータイムな生活を満喫していた。とはいえ顧問の先生も全く怒らないわけではなく、出展物に差別用語とか含まれていた時には本気で叱ってくださって、

 この先生は筋が通っていてついていけると思った。

ちなみに副顧問の先生も別の友達の悩みに対して親身になってくださり、顧問の先生も副顧問の先生も最高だった。

こんなESSがあったからこそ、

 地獄に限りなく近い高校時代をどうにか走り抜ける

ことができた。部の皆さんには本当にありがたいと思っている。

 でもってそのESSでできた友達とは数十年経った今でも交流があり、盆正月に会ったり年賀状交換したりしている。ただ部長とはこちらの連絡不足により残念ながら現在音信不通になってるので、もし

 我こそはESSの部長だと思う方は連絡ください。

おわりに:以上が昔話になってほしい

 以上、高校時代のときに起こった理不尽な話(一部除く)をもとに対策を語ってきたわけであるが、時代が令和になりコンプライアンスが重視されている今ではこれらの理不尽な話が起こっておらず単なる昔話になってほしいと心底思っている。

 あんなひどい思いは我々の世代だけで十分である。

 以上、長文をお読みいただきありがとうございました。

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