木の文化の再生に向けてその七    木製の調度品

これまで述べてきたように、我が国の自然環境は畿内を中心にして人々が生活するうえで温和な恵まれた環境にあった。そのため、自然との共生感が強く、農耕民族として自然に順応し、自然の産物を巧みに利用する能力に長けていたことは前項でも述べた。
本項では、豊かな森林資源を生活文化の中に取入れる中から生れた木製の調度品と人の情緒の関わりを歴史的な流れの中で大まかに見てみよう。
人の情緒は環境によって大きく影響され、ものを通しての情緒の表現形も用いる素材によって異なった形になることは繰り返し述べてきた。 木製の調度に関しても、我が国の生活文化の歴史的な流れのなかでその表現形には変遷の跡がみられるが、木の文化として伝承されてきた統一的で根源的なものの形の表現形は仏教や神道を通して現代社会に至るまで綿々と続いてきた。四海を海に囲まれているという地理的条件によって、我が国の文化の歴史は在来文化と外来文化のせめぎ合いと調和の繰り返しによって発展してきたと考えられる。外来の異質の文化を大きな抵抗もなく受け入れ、換骨奪胎、融通無下に自国の文化に融和させてしまう能力は日本民族の特色であるが、このような特色は豊かな自然との共生から生れた和魂とも呼ぶべき精神(情緒)が民力にまで高められていた結果に他ならないと考えられる。
奈良時代の壮麗な寺院建築も中国、朝鮮からの渡来者の技術もさることながら当時、既に民間における建築技法がかなりの域に達していなければ成しえなかったのではないだろうか。この時代に用いられた木製の調度品の数々が日用雑器から芸術品まで正倉院の御物として今日まで保存されている。宮内庁より出された「正倉院の木工」によると、掲載されているだけで176品目におよび、これらに用いられた樹種は識別されたもので国内産が20種、外国産が7種となり、国産材が圧倒している。用材もヒノキが19品目、スギが12品目と我が国の代表的な樹種が多く用いられている。外来の樹種ではシタン、コクタンが多く、国内産ではこれらの代替品としてクロガキが17品目と他の広葉樹を圧倒している。これを見ても、当時の貴族のシタン、コクタンへのあこがれが強く、それに答えるべく日本中からクロガキの良材が集められたのであろう。御物の中で、黒柿両面厨子は、黒柿の良質材をもってする作品としては最大級のものといわれ、これほどの良質材の集積に熱心であったことは今日までその例を見ることが無いと言われていることからも当時の唐木への憧れの強さをうかがい知ることが出来る。納められている木工品の内、渡来したものが57品目に対して108品目が国内で作られたものである。このことから考えても、木材の加工技術はほぼ完成されていたのではないだろうか。
 これら現存する木製品の加工技術ははぎ手、組手などの木材どうしの接合法について整理されたものだけでも40種におよぶ。これらの技法は今日まで受け継がれ、木造建築から木工芸に至るまであらゆる木の仕事の基本となっている。スギ材で作られた榻足几(とうそくき)は櫃などを置く台であるが、軟材のスギを用いてこれほど豪放な力量感あふれる形に出来るのは、それが名も無き工人の手に依るものであったことを考えると驚きを禁じ得ない。(続く)

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