主婦が天下を獲る『ゲーム・オブ・スローンズ 』!? 鬼才渾身の描き下ろし『竜女戦記』
異色の学者漫画家、都留泰作
都留泰作(つるたいさく)さんと言えば、初めて『ナチュン』に出逢った時の衝撃を忘れられません。
文化人類学専攻である大学准教授が初めて描いたというその漫画は、技術的に拙い部分を補って余りある知的好奇心を刺激する秀逸な設定、そして尋常ではない生々しいリビドーとエネルギーが満ち満ちていました。
全6巻という絶妙な長さで綺麗にまとめられた傑作SFなので、未読の方には全力でお薦めしたいです(一時期はプレミア価格すら付いていましたが、電子書籍化されそれも緩和されました)。
『ナチュン』の後に描かれた『ムシヌユン』においても、そのテイストは変わらないどころかますます磨きがかかっていました。壮大な設定と尖りに尖ったエッジの利いた描写。正に「怪作」と呼ぶに相応しい秀逸な出来栄えでした。
そして、私が都留さんの凄みを最も感じたのは、実は漫画ではなく、新書として書き下ろされた『<面白さ>の研究 世界観エンタメはなぜブームを生むのか』という本です。この本の中で、都留さんは『ワンピース』や『寄生獣』からジブリアニメに『半沢直樹』といった有名作品まで、漫画に留まらず様々なエンタメコンテンツを因数分解し、その面白さの淵源を求めるということを行なっていました。
元々、『ナチュン』も藤子・F・不二雄さんや大友克洋さんの作品が好きで、そういった作品を描きたいと思ってできたものだそうです。その話を聞いて、私は非常に強い納得感を覚えました。哲学的な思索にも満ちた『ナチュン』のルーツはそこにあったのか、と。
都留さんは一流の作品に共通して宿っている要素を掴み取る分析力・観察眼、更にはそれを言語化する能力に非常に長けています。そういった能力を以って批評や評論、あるいは編集などを行う人はそれなりに存在します。
しかし、そうして把捉した要素を自分の作品に落とし込んで、しっかりと具現化することまでできる人は極めて稀有です。作家でも言語化はできなくても何となくのセンスでそういったことをやってのけてしまう方はいますが、工学的に再現性を保ってそれを行えるのが都留さんの凄いところです。故に、私の中では生涯その発表する作品を追いかけていきたいと思わせられている方なのです。
その都留泰作さんが、この度待望の新作を描き下ろしました。そう、連載ではなく描き下ろしなのです。雑誌に載せる漫画となると、少なからず制約やレギュレーションがあります。今回はそういった羈絆(きはん)から解き放たれた、全力全開の都留泰作作品が読める。ファンからすると身震いするような嬉しさがありました。
『竜女戦記』はあの超有名作から発想された?
本作を語るに当たっては、必ず触れておかねばならないであろうものが、以下の刊行に際してのインタビューです。
今回都留さんは超人気海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ 』の原作であるジョージ・R・R・マーティン『氷と炎の歌』を、司馬遼太郎的に日本史を題材にやってみるという試みで『竜女戦記』を描いているそうです。
『<面白さ>の研究 世界観エンタメはなぜブームを生むのか』でも正に世界観に焦点を当てた分析が為されていましたが、そこからの地続きで異世界の文化と人々の営み、壮大な人類史のロマンを解体し、再構築する……そんな作品が面白くない訳がないではないですか! キャッチーにキャラクターに重きを置いた作品が多い中で、噛み締めるほどに味わい深い世界観にも拘った物語を楽しめるという最高に贅沢な嗜好品です。
「主婦が天下を取る」と書かれた帯。凛とした強い眼差しを投げ掛けてくる女性の表紙。そして『竜女戦記』というタイトル。期待感は天元突破し、オリンポス山より高くなっていました。
序章から早くもほとばしる独自の魅力
ページを捲ると1コマ目から精密に設定された世界がその姿を現します。
「弥陀歴・光化三年」という架空の元号に、滅亡した「東華第二王朝<翠>」という架空の国。僅か1コマの中に数十も書き込まれた架空の地名。嗚呼、これぞ、今ではなくここではないどこかへ旅立てるファンタジーの醍醐味です。
4ページ目の「陀国」の地図では、更に微細に土地や山、海や河川の名前も書き込まれ、この土地で生まれる無限のドラマを予感させられます。『十二国記』なども想起しました。
『竜女戦記』(都留泰作/平凡社)1巻より引用
『竜女戦記』1巻は『ゲーム・オブ・スローンズ』で言えば、ウィンターフェルで見られてはいけない現場を見られてしまったジェイミーによってブランが塔から突き落とされたあたりでしょうか。つまりは重要人物たちと世界設定の顔見せが行われた、壮大な物語のプロローグです。
しかし、主人公には大いなる覚悟と決意が宿り、ここから面白くなるという予感しかしません。きっと今後どんどん魅力的なキャラクターが登場し、さまざまな想いが交錯する中で重厚な群像劇が見られることでしょう。
また、序章ではありながらも既に「都留節」は全開。時折飛び出す「セクハラ」や「ヤバイ」といったわざとこの世界観に混ぜているであろう現代的な語彙が生み出す面白おかしさ、激情に駆られたキャラクターの得も言われぬ迫力、そして何と言っても性的なシーンや絶頂する老人の描き方。『ムシヌユン』が終わって、都留泰作ロスになった心身が十二分に充足しました。
早くも8月には2巻も発売予定とのことで大変嬉しいですが、それでも続きが待ち遠しいです。本レビューで名前を挙げたような作品が好きな方も、そうでない方も、この遠大で贅沢な世界を味わってみませんか。