【「このマンガがすごい!2021」1位獲得】混沌とした世界に輝く愛が尊い…どメジャー漫画誌・ジャンプに突如現れたサブカルアンチヒーロー『チェンソーマン』
【編集部/タカハシ】
ダークヒーローファンタジー。
と聞くと、なんとなく「アングラ」な、「サブカル」な空気をまとい始めます。
アンチヒーロー(英: antihero)あるいは 漢字で反英雄(はんえいゆう)、ダークヒーローは、フィクション作品における主人公または準主人公の分類のひとつ。常識的なヒーロー像である「優れた人格を持ち、社会が求める問題の解決にあたる」という部分から大きく逸脱していることが多い。典型的なヒーローの型とは異なるが、ヒーローとして扱われる。
(Wikipediaより引用)
細分化すると様々ですが、つまるところダークヒーローに共通するのは「常識的なヒーロー像から大きく逸脱していることが多い」ところでしょう。
『チェンソーマン 』は、そのダークヒーロー像を地で行く漫画です。
「このマンガがすごい!2021」オトコ編、堂々の第1位の本作は、漫画界のメジャーリーグとも言える週刊少年ジャンプで連載されている(2020年12月現在)ものの、まったく「普通の」物語ではありません。
それなのに、毎週月曜日にジャンプが発売されるたびTwitterのトレンド入り。読者たちの阿鼻叫喚(喜び)がネット上にこだまします。普通でない物語のはずなのに、なぜ多くの人の心を掴んで離さないのでしょうか。
私もそんな”チェンソー狂”の一人。もう、大好きなのです。
このマンガがすごい!2021の一位を獲得した記念に、その魅力と凄みを考えてみたいと思います。
アングラ&サブカル要素を少年誌でどうキャッチーにするか
アングラやサブカルといった言葉が市民権を得て久しいですが、『チェンソーマン』は第1話目から存分にその雰囲気を発揮しています。自分の感じるサブカル部分に(★)を入れながらあらすじを洗い出してみましょう。
<あらすじ>
主人公・デンジは親の残した借金で超絶貧乏生活を送っています。お金を稼ぐために主人公は自身の眼球や臓器も売る始末(★)。相棒&友達&家族であり、契約した悪魔・ポチタと共に、1番儲かる仕事「デビルハンター」で生計を立てます。しかし、ヤクザにうまく搾取され続ける(★)生活は続いていました。どん底生活(★)のデンジとポチタ。ヤクザに騙され、彼らが悪魔と契約するために、デンジは殺害されて(★)しまいます。一度死んだデンジですが、ポチタが心臓となったことでチェンソー(★)の悪魔へと変身する能力を手に入れました。ゾンビの悪魔とヤクザたちを皆殺し(★)にした後、美女・マキマに拾われて公安所属のデビルハンターとなって…。
(★)をつけた部分は、表現としてあまり見ない残虐性や暴力性をはらみます。
これを少年誌でやる凄さ…と言ってもわかりづらいので、もう少し解像度を上げます。
アングラ・サブカルと言われる作品は、その嗜好が先行し、誰もが読みやすいテンポと工夫が重視されていないことが多いのです。場合によっては重厚な世界観を表現できるので、読んで欲しい対象によっては良いのですが、少年誌では正直難しい。
なぜなら、少年誌では「わからない・飽きる」要素をできるだけ排除し、エンタメ力(ワクワク・ドキドキのテンポ度)を上げないと読者はついてこないからです。
少年誌という言い方だと語弊があるので補足すると、老若男女問わず幅広い人が読む作品としてのバトルものをここでは意味します。今の日本では少年誌がその要素を担う場合が多いと思います。
アングラ ・サブカル要素を絶妙な塩梅で消すことなく、それでいて見やすいテンポや引きを崩さないのが凄い。
そのバランス力、構成力、場面の描き方が素晴らしいと思います。じつに読みやすい!!
そして絶妙に入れてくる、女性とのドキドキコミュニケーションがたまりませんね。
今「普通」でない物語が必要とされる理由
なんでこんなに独特な作品が、多くの人に受け入れられたのでしょうか。
前述した読みやすさもあると思いますが、「独特な」、「普通じゃない」ところにポイントがあるのではないかと考えます。
自分の話で申し訳ないですが、私は「普通」という言葉が持つ「見えない透明な箱に入れられる感覚」が苦手です。
真面目な人が多い環境下で、それなりにきちんと生きてきましたが、でもそれは、要領よく自分の心に他者が入れない領域を作れたからです。それを心に作れる余裕や、自信を、周りの人が与えてくれたおかげでもあると思います。
でも、そうじゃなかった人は?
この普通という透明な箱に、見えないように穴を開けて、そこから外に出てサボったり、屋上に出て外の空気を吸ったり、箱の中付かず離れず人と交流したり…そんなことがやれない人たちはどうすればいいのでしょう?
この作品に出てくる登場人物は、単純で、子供っぽくて、不器用で、ずるくて、怪しくて、変な奴ばっかりです。そしてこの変な奴らが、私たちの世界を壊して…いや、デビルハンターとして、守ってくれるんです。
この漫画では、衣食住の普通の生活が描かれているところがとても好きです。
変な奴らが、普通じゃない生活をしながら、時に怒られ、喧嘩しながら、ガハハと笑い飛ばして、ちょっとするともう気にしていない。
お互いが普通じゃないことを認め、そのまんま一緒に生きてる。
漫画全体が、私たちの普通をぶっ壊してくれてる。いや、本当は普通なんてないことを教えてくれてる。普通じゃ太刀打ちできない異常な世界を、普通じゃない奴らが、単純な理由をばーんと掲げて生きてる。
「こう生きろ」じゃなくて、「生きるってこうでもいいよね」って。
そんな風にみんなを肯定してくれるところが、世の中に受け入れられたのではないかと思うのです。
ぐちゃぐちゃな世界の中で真っ直ぐな愛情がきらめく
普通でない、野生み溢れる残酷な世界で、とても愛を感じるキャラクターがあります。それは、パワー(以下、パワーちゃん)です。
パワーちゃんは「ワシ」が一人称の魔人の女の子。魔人は悪魔の中でも理性があり、デンジの上司・マキマにデビルハンターをさせられています。デンジのバディで真っ赤な2本のツノが超可愛い女の子です。
性格は、豪快、残虐、嘘つきで、お風呂にそんなに入らないし、トイレも流しません。最高です。
そんなパワーちゃんになぜ愛情を感じるかというと、まずはパワーちゃんは愛情にはとても素直で、大事にしているネコやデンジのためには全力で戦います。そう、守るために戦うのです。
大切なものを守るためなら、自分をも犠牲にします。
普段は全力で自分のことしか考えていないし、自分のために嘘つくし、ワシが!ワシが!って感じだし、少年漫画のヒロイン(女性キャラ)とは到底思えないほどヤバい女(褒めてる)なのです。
しかし、そんな子が他者と交流し、愛情を持った時、ただひたすらに真っ直ぐに全力で守ろうとする。
無垢な愛情だけで、ただ大好きな存在を抱きしめる。
ぐちゃぐちゃな世界だからこそ、彼女の純粋さが沁みます。
パワーちゃんに限らず、『チェンソーマン』のぐちゃぐちゃの世界では、登場人物たちの愛情はどれも光り輝きます。
世界がぐちゃぐちゃだからこそ、単純なことが光り輝く。
それは今の世の中でも同じなのかもしれません。
みんなが自由になれるのと同時に、それを受け入れられる強さが欲しいなとふと思うのでした。
嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちですが、10巻前後で完結すると思われるのでとても読みやすい、サブカルなんだけど王道の漫画です。
WRITTEN by タカハシ (東京マンガレビュアーズ編集部)