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元キャロル役・新妻聖子がアイシスになった2021年版ミュージカルを観て、改めて気づいた70年代少女漫画の文法『王家の紋章』

【レビュアー/和久井香菜子】

ミュージカル「王家の紋章」を観てきました。
2017年版も観ているので、これで2度目の王家です。

ミュージカルが奇しくも示した少女マンガの”鉄板”

前回、なんとなくチケットをとって見に行き、感動に震えてヨダレ垂らして帰ってきました。一番印象的だったのは女王・アイシス。愛する弟・メンフィスとの結婚を熱望し、主人公・キャロルを含め恋敵を容赦なく潰そうとするちょっと怨念っぽい女性です。歌の上手さ、貫禄、切なさ、もう目が離せませんでした。

再々演となる2021年版では、アイシス役はWキャストとなり、新妻聖子さんと朝夏まなとさんに代わりました。私が観たのは新妻さんバージョンなのですが、実は観る前から不安でいっぱい。だって新妻さん、2017年版ではキャロル役なんですよ? キャロルといえば、かわゆくて穢れを知らなくて(いろんな意味で)、純真な少女ですよ? それが怨念女王アイシス役って……?

と思ってたけど、ぜんぜん杞憂でした。

この4年で大人になったのか、4年前のキャロルは現在完璧なアイシスに。

そこで思ったんですよ。すごく象徴的だなって。

『王家の紋章』ってどんな作品?

いったん、ざっと『王家の紋章』のあらすじをご紹介します。

21世紀のアメリカ人娘・キャロルは、古代史が大好きな女の子。エジプトに留学して毎日楽しく考古学してました。そんなとき、彼女の父が経営するリード・コンツェルンがエジプトで未発掘の王家の墓を発見するんです。

もちろんキャロルは大興奮です。しかしその墓に眠っていた若き王・メンフィスを守るため、姉のアイシスは王家の墓を暴いたリード家に呪いをかけ、キャロルを古代エジプトに連れ去ってしまいます。

アイシスはキャロルなんか古代に連れて行ったらすぐに死ぬだろうと思っていましたが、なんだか小賢しく生き延び、なんとメンフィスの目にとまってしまうのです。しかもメンフィスは猛烈にキャロルを溺愛し始め、決まりかけていたアイシスとの結婚を反故にして、キャロルと結婚するとか言い出します。

最初は現代に帰りたいとか泣いてたキャロルですが、メンフィスに腕を折られたり水に沈められたりするうちにほだされて、「古代に残るわ」とか言い出して相思相愛になります。アイシスは自分のせいでこんなことになったかと思うと、もうキャロルを憎むしか心の置き所がなさそうです。

その後は、金髪碧眼で色味的に美しく、21世紀の知恵を惜しみなくうっかり披露するキャロルが「ナイルの娘」として周辺各国に知れ渡り、いろんな権力者にさらわれちゃーエジプトに戻り、またさらわれちゃー戻り、を繰り返して67巻です。

連載が始まったのは、1976年。少女漫画が黄金期を迎えた直後です。すでに『ベルサイユのばら』の連載は終わり、多くの少女たちがキラキラお姫さまの物語に胸をときめかせていました。

ただこの時代、女性が自立して働き続けるなんてあり得ませんでした。「結婚は女の幸せ」「25歳を過ぎて独身の女はクリスマスケーキ、安売りしないと売れない」なんて失礼なことを言われていたんです。女の賞味期限は今よりもずっと鼻毛みたいに短くて、20代前半で切れてしまったんですね。

90年代初頭のアイドル森高千里も「来年は21才のおばさんよ」なんて歌ってます。70年代がどんな時代だったかなんて推して知るべし。

「悪女」キャラはこうして生まれた

昔は大人の女性が読む漫画はまだなかったので、読者層は10代です。この頃の少女漫画は、大人の女性に対して容赦がない。

だいたい谷間を見せてる女は悪者です。くちびるが赤いというか、ベタ塗られてる人も悪女です。年上の女もだいたい恨みがましく意地悪です。

なぜかって? 女の価値は若さにあり、性欲なんかなくて男を知らない、無垢でなければいけなかったからです。それが男の求める「理想の女性」だったからです。このあたりの考察は「紅一点論―アニメ・特撮・伝記のヒロイン像」(斎藤美奈子/筑摩書房)に詳しいです。

「白雪姫」でも若い女に嫉妬する継母は年増の女、タイムボカンシリーズのドロンジョさまも『ルパン三世』の不二子ちゃんもお色気ムンムンで、小賢しく悪だくみをしている大人の女性です。それが男性視点で見る「女性像」だったからです。

そうした概念をそのまま少女漫画の世界でも取り入れていたんです。アイシスがメンフィスに選ばれなかったのは、彼女が怨念の女だったからではなくて、単純に巨乳の年上だったからです。それが70年代少女漫画の文法だったからなんです。

そこでミュージカルです。4年前、メンフィスに溺愛される女の子だったキャロルは、今、アイシスになって愛する人を若い女に横取りされるって、これほど象徴的な配役があるかしら……?!

変化していく「女性の描かれ方」

もうひとつ、私が象徴的だと思う流れがあります。『SLAM DUNK』から『バガボンド』への変化です。

『SLAM DUNK』で登場する女子たちは、自我のない、男を応援するだけの添え物のような無害なキャラでした。しかし『バガボンド』になると、意志を持って戦う女性たちが描かれるようになります。時代が変わったのか、作者の井上雄彦先生が変わったのか。

「王家」連載開始から45年も経った今、当時のようなステレオタイプの表現は駆逐されつつあります。

女性向け漫画でも年上の女性はもはや悪者ではないし、主人公に当然のように性的魅力が描かれます。40代や50代の主人公も登場するようになり(中には『傘寿まり子』という80代女性が主人公の作品も!)、いくつになっても活き活きと生きられるよ、というメッセージが発信されています。

物語を読むときに、ジェンダーロールや形骸化した女性像を認識しておくと、物語の見方が変わります。


もしも何かの作品に触れたとき、「金髪で巨乳のちょっと頭の弱い女」「未婚の年上お色気悪女」みたいなキャラが出てきたら、少しクリティカルな視点でその作品を見つめてみたいものです。

一度固定観念化された女性像を覆すのは短期間では難しいですが、それでも女性作家を中心にしてこれからも取り組みが続いていくでしょう。