卒論_2005 Part.3

 中央管理ビルは、権力の象徴であることを示すように、特別行政区の中心地に高くそびえたっていた。ここは、ポテンシャル立ち入り禁止区域、つまり女だけの特権区域だ。政治、経済など、この社会全体を動かすすべてが半径30kmほどのこのブロックに凝縮されており、そのすべてをこのビルの最上階から見渡すことができる。このビルこそ、世界の核だ。そして、この世界が平和に運営されているのは私たち女のおかげなのだ。

 第17代執政官、ローザ・パークスは窓から見える特別行政区の眺めに満足し、ブラック・コーヒーをすすった。彼女は今年で67歳になるが、老化細胞除去手術のおかげで体は健康そのものだ。短く刈り込んだ髪をなでながら、彼女は今日のPテストの結果報告を待っていた。ほどなくして、ドアからノックの音がした。
「入りなさい」
 ローザが言うが早いかドアが開いて、息を切らせて真っ赤な顔をした一人の職員が駆け込んできた。

「大変です!大変なことが…」
 そこまで言うと、その職員は信じられないといった様子で、両手で顔を覆った。
「いったいどうしたの?落ち着きなさい」
 ローザは手に持っていたコーヒーを差し出した。職員はそれを一口で飲み干すと、ようやく少し落ち着きを取り戻し、ローザにニュースを告げた。
「Pテストに……男が、男が合格したんです」
今度はローザが取り乱す番だった。
「そんな…まさか!?どういうことなの!?」
「テストはいつもどおり行われていたんです。合格するのは新しく大人になる女の子だけで、男はいつもどおりポテンシャルとしてクラス分けをされていたのに…。私も信じられませんでした。もうテストも終わりというところで、ポテンシャル値がゼロを示した被験者が出たんです」
「でも、そんなことあるはずが…。いったい、何があったというの?」
「私にもわかりません。ただ、言えることは、今回も間違いなくテストは公正に行われたということと、その様子は全国にリアルタイムでテレビ中継されていた、ということです」
「国民の反応は?」
「ひどいパニック状態です。まるで蜂の巣をつついたみたいな騒ぎです。女たちはみなおびえています。男たちは狂喜乱舞し、昼間だというのに外に出て大騒ぎを…。すぐに鎮圧部隊を向かわせます」
 まさかこんな日がくるとは。ローザはぎゅっとこぶしを堅く握った。
「いったいどんな男なの、それは」
「普通の一般人です。ウェイン・パートリッジという名前で、前回のテストではP3からP6までランク・ダウンしています」
ローザは窓に手をついて遠い目になった。そして、重い調子で口を開いた。「一度、会わなくてはいけないわね…。ここに連れてきなさい」
「し、しかし、この中央管理ビルには、これまで一度も男が立ち入ったことは…」
「私たちは認めなければならない…。平和憲法第8条に明記されている通り、Pテストの結果はすべてに優先されるのだから…。いまや彼は男であると同時に…インポテンシャルなのよ…」

 その日のバーは、今までにないほどの賑わいを見せていた。まるで街中の男たちがそこに集まっているかのように混み合い、みな大声ではしゃいでいた。
「とうとうやったな、ウェイン!おまえのPテストの数値を見たとき、オレは思わず身震いしちまったぜ!さあ、もっと吸えよ!おまえは、伝説のインポテンシャルなんだぜ!」
 男たちは幾重にもウェインの周りを取り囲み、驚嘆と、賞賛と、羨望とがいりまじった目で彼を凝視していた。ウェインはその騒ぎも耳に入らない様子で、遠い目であらぬ方向を見つめていた。そしておもむろに手渡された花粉を吸引する。
どうでもいいことだ、ウェインはつぶやいた。愛するロビーを失った日からずっと、来る日も来る日も花粉を吸い続けてきた。彼の頭の中は花粉のことでいっぱいだった。ウェインは、一人の興奮した男が自分の頭に花粉を振りかけるのも気にならなかった。
はっきりしていることが一つある。それは、ロビーを失ったあの日から、オレの中で何かが変わったということだ…。

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