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【鮮やかな日々#047】再会の小説

今からもう30年も前になるが、大学時代に教養課程の語学でスペイン語をとっていた。

実は、高校の時に南米に興味を持ち、外大のスペイン語学科に行きたかったが叶わなかったこともあり、また、天邪鬼気質からメジャー言語(独語仏語?)は外したことから西語を選択したのだ。

学び始めて、文字や発音は馴染み深く易しかったが、文法の複雑さに、もう大変だった。

当時の日本では、(世界で最も使用人口の多い言語なのに)西語はメジャーではなく、今のように多様な教本や参考書はなく、インターネットもない時代、地方の学生にはあまり面白味のない語学学習だった。

しかも、当時の講義を担当した先生は、西語界では大層高名な研究者だったそうで(私達は知らなかった)、ほぼ西語知識ゼロの私達への講義にウンザリと苛立ちを覚えていたのだろうが、講義も課題もアカデミックで全くつまらなかった。

その先生の課程2年目の講義が、西語小説原書の通読及び翻訳だった。
いきなりハードルの高い!と戸惑う私達だったが、夏休みの課題を含め、読んで翻訳することになった。

その小説は「エル・スール」。
非常に変わった作品で、文頭も固有名詞も関係なく全てが小文字で記されていて、改行やスペースがほぼない。そもそも西語の実力などないに等しいので、読み進めて訳すのは苦行でしかなかった。

が、一番の問題は、小説のテーマというか登場人物や設定だった。厭世的で人嫌いな、ある種の神秘性を纏った父を持つ娘が父との日々を回想し綴ったもので、父の自死から話が始まるのである。

この小説は映画の方が有名だが、小説の日本語版は2009年に出版されている。
図書館で偶然見つけて借りて読んだのだが、ヒーヒー言いながら取り組んだからか(短編であったこともある)、ストーリーはほぼ頭に残っていた。しかも、相当稚拙な訳だったはずで、都合の良く記憶しているだけだろうが、出版されたプロの訳を読んでも「さほど変わらないかも?」と変な満足感を覚えた(訳者さんすみません)。

また、当時は「なんて根暗な」としか思えなかった設定や登場人物の言動が、相当の時間を経て再会し、齢を重ねた今では理解できる。

主人公の父のあの「ある種の神秘性」は、必死に繕っている盾、崩壊しそうな自分を守るためのものだったが、実はハリボテだったのだな、と。

小説は、やはり味わうもの、再認識。


〔今日の生命〕

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