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ミュージカル「GREY」ーそんなに優しくなんてなれないよ【感想文】

2021年12月16日〜26日 in 俳優座劇場

リアリティ番組に出演していた新人歌手が自殺を図った。なぜそれは起きたのかの顛末を、エモーショナルな楽曲に乗せて送る群像ミュージカル。藍生(あおい/矢田悠祐)は小説家志望で構成作家。欠員の出た番組に、学生時代のバンド仲間 shiro(しろ/佐藤彩香)を推薦する。(略)しかし番組スポンサーの一押しタレントより目立ち過ぎるという問題が起き、番組を作った広告代理店の局担当、黒岩(羽場裕一)は番組存続のためshiroの人気を下げる命令を現場に下す。皮肉なことにその責任が藍生に回って来ることで、物語は動き出す。ーGREY公式HPより

https://www.consept-s.com/grey/

あらすじからもわかるように、現代劇です。そして今、この2021年12月に観るにはあまりにも現実とリンクし過ぎていて、正直行くかとても悩んだ。死に直面するとあまりにも無力で、どうしようもないという状況をここ数年でじわじわ蓄積されて、個人的な問題ですが、まだ自分の周りで起きた事を消化しきれていないというのもあって。仕事や日常が忙しくて、向き合えてないというのが正しいかもしれない。

最初に書いておくと、私はこの劇を今年の最後に観劇できて本当に良かったと思ってる!その前提で読んでほしい感想文です。


主人公、西田藍生(矢田悠祐)は小説家を目指しながら番組の構成作家をしており、shiro(佐藤彩香)は歌手としてデビューを目指している。まっすぐで素直、元気ハツラツ、裏表のないshiroはたちまち番組の人気者になり、デビューの話も持ち上がって順風満帆…とはいかないのが物語。この時代に付き物なSNSとそこでの誹謗中傷により、なんでも流さずに受け止めてしまう性格のshiroを心無い言葉がじわじわと蝕んでいく。

でもこの誹謗中傷のきっかけを作ったのは藍生だった。shiroに勝手に応募されたけど少し自信のあった小説大賞に落選し、加えて後天色覚異常により世界がグレーに見えるようになってしまった藍生にとって、「shiroが上手くいっている」という現実も「shiroの人気を下げろ」という命令も、心の大きな重石になったのかと思う。カッとなった衝動のまま、ネットに書き込んだ負の感情はいつの間にか大きくなり、結果的にshiroを追い詰める大波になってしまった。それでもshiroはステージで誹謗中傷をする人たちへ少しでも役に立てるようにと曲を作り披露します。そして薬を大量に摂取し、自殺を図る。

夢を追いかける藍生の気持ちも、挫折の絶望も、上手くいっている人を妬ましく思う気持ちも、誰しも生きていれば一度は経験するからこそ、衝動的にひどい言葉を発信したことを責められないのではないか。特に今は誰でも匿名で気軽に発信できる時代になったから、良いことも悪いことも脳直で投稿してしまうことが多い気がする。でも「言葉はナイフ」であることを忘れてはならない。藍生だけじゃない、見えない沢山のナイフに刺されて、shiroは死んでしまおうとした。そして周囲の人は病院であの時こうしていれば、と後悔する。もうすぐ死んでしまうことがわかっていてももっとこうしていればと後悔するんだから、予想だにしていなかった死に対して争う術はない。


番組を作った広告代理店の局担当、黒岩冬一郎(羽場裕一)の元妻でありテレビ局の報道局員の九条紫(高橋由美子)は、事故で亡くした娘とshiroを重ねて見ていた。紫は娘の死に関して涙を流せずにいたが、shiroのことがきっかけで事故の加害者へ自分がしたことや許せない気持ち、娘を失った絶望と悲しみにようやく向き合うことができる。私は「何が起きても私たちは家族」と慰めた黒岩との関係が、とても素敵だと思った。一緒にいなくても、私たちは見えない縁で繋がっているから。舞台の上だけでなく、現実世界、それこそSNSでもそう、文字でしか知らない・HDだけで本名を知らない相手でも何かのきっかけで繋がった縁だって本物であるはず。

shiroが周りだけでなく、SNSを通じて自分に投げかけられる言葉もちゃんと受け止めていたのは、野心家アナウンサー室井茜(梅田彩佳)が言っていたSNSでの上手い立ち振る舞いではないかもしれないけど、画面の向こうにいる一人の人間に向き合っていたってことであり、本当はみんなそうできればもっと優しくなれるんじゃないか…と思わざるを得ない。

藍生が、世界がグレーに見えるようになる前から、世界は白黒ハッキリできることの方が少ない。自分が正しいと思っていることも、他人からは間違っていると思われるかもしれない。私が否定・肯定できるのは自分自身に関することだけで、世界にはグレーなものだらけ。

主題歌の中で「灰色の世界に色を取り戻したい」という歌詞があって、私はこれが一番好きだった。人生って希望と絶望の繰り返しで、作中でも出てきたけど、度々手に入れたものと失ったもののの間で立ち尽くす。生きる意味を見つけても、永遠には続かない。失うたびに何度も何度もまた考える、その繰り返し。人生の中で手にする色は、それだけで自分の世界がキラキラして見える宝物。だからどんなに絶望することがあっても、宝物で溢れる世界を捨てたくないなって思う。


GREYの作品世界では、自殺を図ったshiroは目を覚ます。板垣さんが最後の挨拶で言っていたように現実はそんなに甘くないかもしれないけど、この最後は明日も生きる私にとっては大きな希望だった。そして2021年が終わる前にこの作品が身の回りで起きた悲しい出来事と向き合うきっかけになってくれた。劇場に行って、本当に良かった。


感想文は暗い雰囲気で書いてしまったけど、舞台は明るい演出で始まるし、佐藤彩香さんをはじめ、キャスト陣皆魅力的で素敵な歌声の持ち主ばかりだったのでとても楽しめました。

素敵な作品だった!キャスト・スタッフのみなさん、完走お疲れ様でした。良いお年を〜!!





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