2/23 記憶の書き換わり

 昨日の続き。10年以上前、甲殻類アレルギー持ちのわたしは旦那さんの友達に「えび食べられないなんて、人生の半分損してるよ!」と言われてショックを受けたことがある。

 一昨日のこと。遅くに仕事から帰ってきた旦那さんとおしゃべりしていて、どういう流れだったかは忘れたけれども、『人生の半分がえび』事件の話になった。「○○さんに『えび食べられないなんて~』って言われたことあるじゃん」と話しだしたら、旦那さんが「それ言ったの、○○じゃないよ、■■だよ」と訂正した。何を言っているんだろうと思ったけれど、旦那さんが言われたシチュエーションを説明してくれたのを聞いて、確かに■■さんだったことを思い出した。

 ショックを受けた記憶が、言われたときから一昨日までの10数年の間に書き変わっていた。○○さんも■■さんも旦那さんの友達で、わたしは両方とも数回しか会ったことがない人だ。別に、記憶の中で入れ替わっていたところで何の影響もないのだけれど、ショックだった。記憶のエラー。

 『うつ病は脳みそのエラー』という言い方を聞いたことがある。その出来事があったときにうつ病のさなかだったから起きた間違いなのか、ただ単に10数年の時間の中で、メモリの中でちょっとした事故が起きたのか。どっちにしろ、記憶がいつの間にか事実とは変わっていたことに驚いた。何か重大な病気かも、なんてことは思っていないし今のところ心配もしていないのだけれど、他にも覚えてることが事実と変わってることがあるかもしれないと思うと、それは結構怖いことのような気がする。今回のは大した影響はないけれど(いつの間にか自分の中で悪役になっていた■■さんにはちょっとだけ悪かったなぁと思う)、重大な影響があるような記憶の書き換わりが起きていたとしても、自分ひとりだと気づけないんだな、と。自分の都合のいいように書き換わっている記憶もあるのかもしれない。何が起きてても、もう自分の持ってる(事実とは異なるかもしれない)記憶を頼りにしていくしかないのだな、と。

 今のところ、単なる1回のエラーだと思っているのだけれど。もっと年月が経って老いてきたら、多少の記憶の書き換わりなんて『記憶障害』として日常茶飯事になっていくのだろうか。なんて、自分の未来を少し憂えた。

 年をとればとるほど、同じ年でも元気で若々しい人とすっかり老け込んじゃってる人と分かれるように見えるけれど、何が違うんだろうな。あきらめないこと?

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