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【負けヒロイン】2023年春アニメ失恋シーンまとめ

こんにちは。

この記事では、負けヒロインと当て馬を愛してやまない筆者が、2023年春アニメにあった素晴らしい失恋シーンをその魅力を含めて語る記事です。
漏れ・抜け等あった場合にはご連絡ください。
全力で視聴します。

この企画自体は去年からやってきているのですが、実は去年の秋アニメと冬アニメについての記事はありません。

というのも、去年の秋と冬のアニメではほとんど失恋したシーンがなかったんですよね

(厳密に言うと失恋と言い切っていいか微妙なタイプが1,2個)

では時代は両想い、片想いは冬の時代なのか……と思うかもしれませんが、一方で去年の春アニメと夏アニメはとても充実しています。

そして、2023年春アニメ。
後に紹介しますが、この春も多数の負けヒロインが登場し、多様な片想いが描かれました。

このことから、失恋は春と夏に集中するという経験則が自分の中で形成されつつあります。
誰か検証してください(丸投げ)

よくわからない前置きはこれぐらいにして、さっそくやっていきましょう


『六道の悪女たち』より幼田小百合

アニメ『六道の悪女たち』より ©中村勇志(秋田書店)/六道の悪女たち製作委員会


週刊少年チャンピオンで2021年まで連載されていたラブコメ作品をアニメ化した作品。
いじめられっ子であるにも関わらず、ある日悪女にのみモテるという能力を手に入れてしまった主人公・六道桃助が、最強・最悪の悪女向日葵乱奈をはじめとする悪女たちに好かれてしまうという学園ストーリー。
不良だらけの日常で数々のトラブルに巻き込まれつつも、大切な人を守るために成長していく物語です。

さてこの作品、いわゆるハーレム系のラブコメディの体裁を取っているわけですが、意外にも恋愛要素は薄め
悪女たちが更生するにつれて術が薄まるという設定の影響もあるのですが、それ以上に主人公たちの友情と成長に軸足が置かれており、恋愛を巡るドロドロとした展開はほとんどありません。
それを象徴するのが、あっさりとした爽やかさのある失恋描写でしょう。
この手の設定のラブコメの多分に漏れず、次々と悪女のヒロインが登場するのですが、決して恋を引きずることなく、せいぜいほんのり好意をにおわせる程度でレギュラー入りしていきます。
メインヒロインの乱奈にあっさりと彼を譲ってしまったり、次の恋に前向きに進んでいく子も少なくありません。
あくまで恋はきっかけのひとつにすぎず、その先にある友愛や家族愛など多様な愛の描写に軸足が置かれた作品なのです
(例外もいるんですけどね、雷乃とか)

ここで紹介する幼田小百合もその一人。
彼女は小学生にしか見えない外見ですが、中身はしっかりと腕っぷしが強く番長を務める18歳の悪女です。(2回留年しているので六道と同じく高1)
精神年齢は幼い部分があり、彼女は恋愛感情も芽生えていません。
ですが、六道への好感度は非常に高く、彼の言うことは何でも聞く状態。
恋という形になるのも時間の問題でした。

このままでは、六道の術による恋が彼女の実質的な初恋になります。
自身の初恋へのトラウマもあって、もっと初恋は純粋なものであるべきと考える六道は、術を解くために彼女を更生させることを目指します。
それが、彼女に「平和で楽しい学園生活を送ってもらうこと」でした。

そして、彼はクラスのみんなと植物観察日誌をつけることにします。
幼田も六道に付き従って、率先して植物の世話を行い、徐々に学園生活の楽しさに目覚めていきます。

それが面白くないのがかつての右腕である黒方。
幼田をそそのかして、花壇を踏み荒らした不良たちをボコボコにさせ、彼女が本来持っていた暴力性を思い出させます。
その過程で「悪女化」が進んだ彼女は、改めて六道への気持ちを自覚します。

「やっとわかった……この気持ちが何なのか……」
「これが恋なんだね、六道……私、六道が好き……こんな気持ちはじめて……」

『六道の悪女たち』3話より

悪女としての本質をつきつけられた幼田は、黒方に言われるがままに、地域を締める有名チームである鬼島連合に加入しようとします。
それを止めに入ったのが六道。

彼は幼田に学園生活で手に入れた「平和で楽しい学園生活」を思い出させるために、クラスのみんなが書いてきた植物観察日誌を朗読し始めます。
黒方にボコボコにされながらも、ボロボロになったカサブランカの花がちゃんと咲いたことを伝える六道。
「もう一度学校でやり直そう」と幼田に伝え、幼田は涙ながらにそれを受け入れます。

鬼島逃げ出す最中、幼田は六道に「向日葵乱奈がいるから六道のことを諦める」と伝えます。
そして「素敵な気持ちを教えてくれてありがとう」と礼を言うのでした。

術をきっかけに始まった恋でしたが、それは決してネガティブなものではなかった。
そして、「悪女ではなくなった」ことにより、その初恋はゆっくりと解消され、仲間としての信頼に置き換わっていく。
ある意味この作品を象徴するような失恋シーンと言えるかもしれません。

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』17話よりグエル・ジェターク

© 創通・サンライズ・MBS

失恋は男女平等ですからね。
一部では「負けヒロイン」という認定もされていたグエル・ジェタークくんです。
そう言いたくなる気持ちはよくわかる。

同じく当て馬であるシャディクくんについて語った記事はこちら

水星の魔女は水星(作中では田舎という設定)出身のスレッタ・マーキュリーがアスティカシア高等専門学園に入学したところから始まるガンダム作品。
入学早々、巨大企業連合であるベネリットグループの総裁令嬢ミオリネ・レンブランと婚約してしまうところから物語が始まります。

そのきっかけとなったのが、ベネリットグループの御三家がひとつジェターク家の御曹司であるグエル・ジェターク。
登場時典の彼は典型的なボンボンであり、婚約者であったミオリネに対しても傲慢な態度を取り続けます。
それを見かねたスレッタはグエルに対して決闘を申し込み、なんとそのまま勝利してしまいます。
そして婚約者であるミオリネが景品としてスレッタの手に渡るのです。

突然現れた田舎娘に敗北を喫して痛くプライドを傷つけられた彼は、そのことを親にも厳しく問いただされます。
そして、自身の名誉回復をかけて再びスレッタに挑むのです。
グエルくんは勝つために周囲から提案された小細工を全て放棄して、実力勝負を挑みます。
それでも、スレッタの操るエアリアルには一歩届きませんでした。
しかし、スレッタに「あなたを見くびっていた」と謝罪を受け、グエルは対等なパイロットとして、握手を求められます。
「ヴィム・ジェタークの息子」ではなく「一人の人間」として見てくれたうれしさなのか、グエルはいきなり「スレッタ・マーキュリー……俺と結婚してくれ」と求婚します。
これが彼のとても長い恋路の始まりでした。

その後、「お前のことなんて好きじゃないんだからな!」と発言を撤回するも、エランとスレッタのデートの噂はやきもきとするなど、彼女のことが気になる様子のグエル。
そして、スレッタがエランに泣かされた様子を見た彼は、感情のままにエランに決闘を挑みます。
ですが、そのエランにも完膚なきまでにボコボコにされた彼は、遂に親から勘当され、テント暮らしを余儀なくされます。
このあたりの彼、本当に未熟ですね。そして、スレッタへの気持ちを素直に認められないままに暴走しています。
彼のことを妄信的に敬う弟のラウダにも「あの愚鈍な女にかまけてなければ」と言われる始末。
いかにも思春期の少年って感じの青臭さでよいと思います。

テント暮らしになってからはスレッタとの接点も減るのですが、再び彼らが交わるのはシャディクの陰謀により始まった地球寮とグラスレー寮の決闘。
地球側の助っ人を探していたスレッタと偶然に鉢合わせます。
そこで力を貸してほしいとスレッタに頼まれたのですが、父に決闘を禁じられているからとグエルは断ってしまいました。
父の影響に対して完全に自立することはできず、迷っている様子が伺えます。
そんな彼の様子を見て「お父さんのことが大好きなんですね」と無邪気な解釈をするスレッタ。
それは一面においては本質なのですが、まだ彼には響きません。
しがらみにとらわれがちな彼に対して、いつも新しい視点をくれるのが彼女です。
そして、一方でいつもは余計なことばかり言ってくるくせに「誰かに一歩を踏み出す背中を押してほしい」という甘えた願望は的確に無視する水星女
彼が惹かれてしまうのは、そういうところなんでしょうね。

その後いろいろあって親元を飛び出したグエルは、学園を飛び出してボブと名乗って身分を隠して働き始めます
しかし、彼のいたプラント・クエタが、ミオリネの父の命を狙うシャディクが糸を引くテロリスト・フォルドの夜明けによる襲撃を受けます。
襲撃機体の中にガンダムがいるという噂を聞いて、スレッタも近くにいるかもしれないと、居ても立っても居られなくなったグエルは、彼女のために武器を握る決断をします。
必要なもののために迷いなく戦うスレッタの背中を追いたいという想いもあったのかもしれません。
それでもこの時の彼の行動は衝動的なもので、信念に基づくものではありません。
その結果、初の本格的な命をかけた実戦にビビり散らかしていた彼ですが、それでも「俺はまだスレッタ・マーキュリーに進めていない」と意を決してなんとか刃を突き立てます。
しかし、皮肉なことに刃で貫いた機体に乗っていたのは、彼の父親ヴィム・ジェタークその人でした。
(このあたりの経緯は複雑なので、各自本編を見て)

わかり合いたいと、乗り越えたいと思っていた背中を自ら壊してしまった。
そんな絶望的な状況に叩き落された彼ですが、ここから驚くべき成長を見せます。

失意の中地球に流れ着いたグエル。
彼はフォルドの夜明けに囚われ、ジェターク社の御曹司として交渉の材料として捕虜となっていました
人質として粗末な扱いを受けながらも、心ここにあらずと言った形で謝罪の言葉をつぶやき続けます。
しかし、そこで地球人からジェターク社が危機に陥っていることを知り、彼の心に復活の兆しが見えます。
今の自分では目の前の少女ひとり救えない、復讐の連鎖を止めることはできない。
彼は父との絆の証であるジェターク社のために、守るべき人を守るための戦いに身を投じる決意をします。
グエルがスレッタに見出した「自らの信念のために突き進む姿」。
その信念をようやく手に入れたのでした

そして、彼は学園に帰ってきます。
凶行に走るエラン5号を引き留める形で、遂にスレッタとの再会を果たします。

そこで、グエルはスレッタに自身の想いと決意を語ります。

「ジェターク社を立て直したいんだ……あれが俺と父さんの絆だから」
「大切なものは、もう無くしたくないんだ」

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』17話より

彼の決心を歓迎するスレッタ。
復学の手続きを終えたら会社に戻るというグエルは、なおも言葉を続けます。

「進めば二つ」
「俺は進むことがどれだけ怖いかやっとわかった……怖いから、父さんからずっと逃げてたんだって」
「でも今は進める……お前に教えられた」

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』17話より

何も大したことをしてないと謙遜するスレッタですが、グエルはそのまま想いを伝えます。

「お前のそんなところが、俺は好きになったのかもな」

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』17話より

突然の告白にスレッタは人とは思えない声を上げて動揺します。

「前は全然、好きじゃないって!」
「あれはなんというか……恥ずかしくって……」
「なんですかそれ! 全然わかんないです!」
「わかれよ!」
「……もう一度言う、俺はお前に感謝している」
「大切なんだ」

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』17話より

見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいの真っすぐな告白。
これを臆面もなく言えるということが、彼自身が迷いを断ち切った故なのでしょう。

彼の真摯な告白を受け、「私にも今大切な人がいる」と誠実に断りの言葉を伝えるスレッタ。
それすらも彼は理解していたのでしょう。自身の想いが一方通行に過ぎないということを。
「そうか、そう言える相手がいるのはいいな」と安堵したような笑顔が印象的です。
自分の中の軸を手に入れたことで、彼もまたスレッタが大切にしているものを再確認できたのです。

地球に流れ着いてから一切会わず言葉も交わしていないのにも関わらず、あんなに遠い存在だったスレッタと、誰よりも信頼しきった言葉を交わすことができる。
彼の成長と彼女への一途な想いを感じさせた、素晴らしい失恋シーンだと思います

そしてグエルは、ミオリネと結託してジェターク社の代表として責務を果たしつつ、彼自身の戦いに身を投じていくことに。
母に妄信し危うさを増していくスレッタのために、彼女をエアリアルから遠ざけるミオリネの策に協力するグエル。
「プライドだけじゃスレッタ・マーキュリーには勝てないさ」という言葉からも、彼女への想いを乗り越えた先にいることを感じさせます。
グエルは父殺しのトラウマと闘いながらもモビルスーツを乗りこなし、見事スレッタに勝利しミオリネの花婿の座を取り戻します。

その後は、シャディクとの戦いに挑みつつも、常にスレッタたちのことを案じ続けています。
それを象徴するのが最後の決闘のシーンではないでしょうか。
自身のもたらした惨劇に絶望し、打ちひしがれているミオリネの元に向かうスレッタ。
その前に現婚約者としてグエルは立ちはだかり、スレッタにフェンシングで決闘を挑みます。
結果としてグエルは敗北し、ミオリネの花婿の座を渡すことになるのですが、自身を導いてくれた少女の花道となって「馬鹿だな、俺は」と笑うグエルの顔は晴れやかでした。
決闘に始まった彼の恋路は、決闘によって終止符を打つこととなるのです。

彼の成長はあくまで父との絆、ジェターク社への想いが第一であり、決してスレッタのために成長したというわけではありません。
ですが、その指針となったのは紛れもなくスレッタ・マーキュリーという存在でしょう。
困難な状況にあっても、彼女の言葉が向き合うべき道を照らしてくれました。
彼の恋は憧れに近いといってもよいかもしれません。

なので、その道を乗り越え一回りも二回りも大きくなったグエルくんにとって、その恋が実るかどうかは重要ではないのです
成長していく自分の決意表明をスレッタに伝えたのは、彼なりの恋へのけじめであり、導いてくれたことへの感謝の言葉だったのではないでしょうか。

……当の本人は別ベクトルで親との問題抱えてたのが皮肉ですけどね。

『おとなりに銀河』より指宿ちひろ


©雨隠ギド・講談社/おとなりに銀河製作委員会

『甘々と稲妻』などで知られる雨隠ギド氏の漫画をアニメ化した作品。

親を亡くし、弟妹たちの面倒を見ながらアパートの大家兼少女漫画家をしている主人公・久我一郎と、そんな彼のもとにアシスタントとしてやってきた異星人のお姫様・五色しおりを主軸とした日常コメディ。
うっかり五色さんの背中についている"棘"に触れたことによって、一郎との間に婚姻関係の契約が発生し、二人は恋人として歩み始めることとなります。
優しいけどどこか抜けている一郎と、漫画のような恋に憧れて積極的に距離を縮めていくしおりのほのぼのとしつつも甘々なやりとりが素敵な作品です。

一郎の家族であるまちとふみおもしおりによく懐いており、アパートにいる人たちや先輩漫画家との交流も交えて、優しい日常が描かれる両想い作品。
登場人物も温かい人ばかりで、右も左もわからないお嬢様の五色さんと周囲の胸温まるやりとりを中心に展開されます。
そんな作品において異彩を放つ影を落とすのがこの指宿ちひろです。

彼女は一郎の従姉妹で16歳の高校生。通称ちびちゃん。
両親が海外に転勤しているのですが、学校に通うため一郎のアパートに下宿しています。
本や漫画が好きで、ネットに小説を投稿するのが密かな趣味なインドア派の少女。
投稿している小説について聞かれるとスンってなります。

そんな彼女ですが、ずっと昔から一郎に密かに想いを寄せていました。
きっかけは、七五三の時。自分のオレンジの着物が似合わずに泣いていたちひろを、一郎が「花みたいだ」と褒めてくれたこと。
つまりは9年間誰にも言わずに秘め続けてきた片想いとなります。
そんな彼とひとつ屋根の下で暮らす心中はいかなるものか。
冷蔵庫にある彼の作り置きを見て「一郎くん……」とときめいている姿が非常にいじらしく可愛らしいです。

ですが、彼女の恋は急な終わりを迎えます
それが一郎の父の墓参りの後、五色さんと一郎一家と共に皆でピクニックに向かった時のこと。
いつものように、一郎の優しさに密かにときめいていた彼女ですが、突然まちが一郎としおりが付き合っていることを暴露します
別に隠しているわけではなかったのですが、ちひろからすれば青天の霹靂。
ショックで言葉を失います。

「いや……一郎くんはお兄ちゃんみたいなものだし……」

『おとなりに銀河』7話より

と内心涙を流します。
彼女はそうやって自分を慰めていますが、それでも9年間積み重ねてきただけにそのショックは計り知れない。
お似合いと言われて照れる二人を眺める背中が実に切ないですね。
二人を見つめる彼女の胸中はいかなるものだったのでしょうか。
この表情を敢えて見せない演出はとても美しいなと思います。

©雨隠ギド・講談社/おとなりに銀河製作委員会

そして再び彼女にスポットが当たるのが最終話。
しおりのデート用の服選びに付き合った彼女は、会話の流れから絞り出すように一郎に恋していることをしおりに告白します。

「す…好きだよ」
「でも、お兄ちゃんの延長っていうか…その、恋への憧れも込みでして」
「…ちょっと年上で優しくて、好きになるのに都合がよかっただけだよ」
「一郎君は私のことを絶対に好きにならないから逆に安心して好きでいられる」

『おとなりに銀河』12話より

彼女は内心、一郎が自分に振り向くことはないとわかっていたのでしょう。
それでも、想いを諦めるきっかけがなかった。どこかで片想いにケリをつけるきっかけを探していたのかもしれません。
たとえ、可能性がなくても1%でも望みがあるなら、夢を見ることはやめられないのです

そこに現れたのが五色しおり。
しおりは自分よりも一郎と年が近く、漫画という夢を共有し、心から彼のことを想ってくれる素敵な女性。
心から祝福できる女性が現れたことで、ようやくちひろは見切りをつけることができたのでした。
そして、ちひろは「しおりさんでよかった」と本音を伝え、しおりの背中を押します。
9年間燻ぶらせ続けた想いが、真に終わりを告げた瞬間でした。

彼女が想ってきた9年間は嘘ではありません。
彼女は自身の想いを「ただの憧れ」と卑下しますが、それでも本気で恋をしていた時間は本物なのです。
7話から12話までの間。彼女は特に誰に相談したりするでもなく、自分の恋と向き合ってを「ただの都合の良い憧れ」と結論付けました。
でも、それは傷つかないための方便だったのかもしれません。
その後も、物語の本筋とは関わらないものの、彼女はゆっくりと失恋と向き合っていきます
その過程が失恋の痛みと喪失、そしてそれを乗り越えていく強さと温かさに満ち溢れています。
原作はつい先日、全6巻で完結しましたが、是非、彼女の選んだ答えを見届けてはいかがでしょうか
特に単行本の外伝がとても良いです。

『山田くんとLv.999の恋をする』より椿ゆかり

©ましろ/COMICSMART INC./山田くんとLv999の製作委員会

コミックGANMAで連載されている人気web漫画のアニメ化。
ネトゲの女に彼氏を奪われ傷心の女子大生・木之下茜と、そのネトゲで出会った不愛想な高校生プロゲーマ―・山田秋人の不器用な恋愛模様を追いかけるラブコメ作品です。
マイペースで天真爛漫で人たらしの茜と、無口でぶっきらぼうだけど意外と世話焼きな山田、そして彼らを取り囲む生き生きとしたキャラクターが織り成す賑やかな展開が魅力。

この山田という男。過去のトラウマも相まって恋愛に一切関心がないのですが、とにかく顔がよいという特徴があり、モテまくります
なので、ことあるごとにモブが告白しては玉砕して涙するシーンが挿入されます。
雑に失恋していくモブはなんぼいてもいいと言われていますからね。
どれも異なる味があって、ひとつひとつ結構ちゃんと語れる自信があるのですが、さすがに紙面の都合上やめておきます。
ちなみに、個人的なお気に入りは文化祭にやってきた茜を見て、「先輩、その人、誰なんですか?」と涙目で聞いた後輩三人組です。

さて、そんな失恋が潤沢な作品なのですが、やはり椿ゆかりを差し置いてこの作品を語ることはできません
彼女は山田の同級生でクラス委員長。会えば普通に会話をする仲の友人で、塾まで一緒です。
いかにも優等生といった風貌とは裏腹に彼女もゲーマーで、そもそも山田と知り合ったきっかけもFPSで彼の超絶プレイに魅せられたためでした。
そのプレイを目の当たりにした時から、彼女は山田に惹かれていくことになります。

その頃から彼女は山田に密かな想いを抱いていたのですが、一方で彼が何人もの女の子を残酷に振ってきている姿も見てきました。
そしてある日の会話から、山田が過去のトラウマによって、自身が好意を向けられることに対して苦手意識を持っていることも知ります。
そのことを知った椿さんは「こんな残酷な人に恋をしたら、きっといつか傷つく」と、自分の好意を封印することにしました。
そして、彼に泣かされる人たちを間近に見ながら、誰よりも思いを募らせていったのです。
一方で、いつかその壁を破ってしまう人が現れるのだろうと予感もしていました

その予感が現実のものとなったのが文化祭、茜が山田の高校の文化祭にやってきた時です。
そこで、椿さんは見たことのない表情で茜を追いかけている山田を姿を目にします。
「いつか誰かと出会ってしまう」というその時が訪れたことを知るのでした。

秘め続けてきた想いに区切りをつけなければならない時が来た。
友人に「いつか知らない女性に山田取られるぞ」という軽口をたたかれた際に、感極まって泣き出してしまうほどに、ひそかに積み重ねてきた想いは弾けんばかりに膨らんでいたのでした。
そして雨の日の帰り道、無意識に金髪の女性を目で追う山田の姿に、あくまで友人として紳士的に接してくれる山田の姿に、彼女の想いは限界を迎えます。

雨の降る歩道橋で、「好き」という言葉を漏らしてしまった椿さん。
そんな自分に内心驚きつつも、今度は自分の意志ではっきりと、もう一度「好き」と伝えます。
もう止まることはできない。「今日だけでいいから、私のことを考えてみてほしい」と山田に訴えます。

そして、次の日の夜。
「今から私、ふられるんだろうな……きっと今日が最後なんだろうな」
そう述懐しながら、山田との待ち合わせの場所へと向かいます。

高1から数えて2年間。傷つくことのないよう、ひた隠しにしてきた恋。
ですが、その呪縛もまた、彼女を苦しめていました。
その鎖から解き放たれた彼女のセリフが印象的です。

「でも、今日起きて思ったんだ」
「私もう、山田くんのこと好きじゃないふりしなくていいんだって」
「そしたら少し楽になって……だから私、後悔はしてない」

『山田くんとLv.999の恋をする』13話より

決して叶うことのない想いを抱き続けるのは苦しいもの。
たとえどんなに残酷な結末になろうが、答えが出ることは幸せなことなのかもしれない。
自分の気持ちを隠す必要がなくなった彼女は、怒涛の勢いで2年越しの山田への想いをまくしたてます。

「対人ゲームしてると、結構カッとなる人多いのに、絶対そんな部分見せないし、そういう大人なところがすごくいいなって」
「あと教室でボーっとしてるとき、いつも窓の外見てるのも好き」
「あとミーハーだと思われたくなかったから言えなかったけど、顔もすごいカッコいいなって、ほんとはずっと思ってたし」
「それをひけらかさないのもすごい好き」
「あ、あと声も好き。すごく落ち着くんだよね」
「ゆっくりしゃべるところも好き」
「静かなのも好き」
「歩いてる姿も走ってるとこも好きだし」
「困ってるときたくさん瞬きする癖あるでしょ、あれも大好きだったし……そうそれ!(瞬きする山田を見て)」
「誰にでも平等に親切なところもすごい好き」

『山田くんとLv.999の恋をする』13話より

誰にも言えなかった2年分の愛です。
これだけの気持ちを一人で抱え込んできた彼女の苦悩は計り知れません。
そして、最後にそんな彼女の想いの全てをひとつのセリフに乗せます。

「絶対、私が世界で一番、山田くんのこと好きだった」

彼女からすれば理想のタイミングではないし、最高の告白ではなかったかもしれません。
それでも、全てを吐き出すことができて、止まっていた時が動き始めた彼女の表情は晴れやかでした。
告白を最後までしっかりと受け止めてくれた山田もまた、紳士ですね。

そして、山田は「椿さんの気持ちに応えられない」とはっきり告げます。
きっぱりと、そして無頓着だった山田が「すみません」と添えたのは、彼なりに彼女の想いを汲んだのかもしれません。

椿さんは山田の手に落書きがあることに気付きます。
描き主に心当たりのあった彼女は尋ねます。

「それ、描いた人知ってる……山田くんの好きな人、だね」
「はい」

『山田くんとLv.999の恋をする』13話より

彼女の恋は、「いつか来る運命の人」によって終わりを迎えました。
でも、彼女の失恋は一方で救済でもあります。
出口の見えない片想いはどうしてもつらい。
答えを出してしまえば楽になれるのにそれができない。
なぜなら、答えの出ない間は、好きであり続けられるから。

そんな終わりのない恋に囚われていた彼女ですが、「いつか出会う人」の存在によって、その恋に終止符が打たれます。
それでも、積もり積もった想いを、相手がしっかりと受け止めてくれたこと。
「いつか出会う人」存在である茜のことをしっかり知って受け止められたこと(椿さんは茜のことを知るためにネトゲで接触している)
痛く苦しい恋でしたが、彼女にとってはある意味最も綺麗な形で終えられたのかもしれません。

まとめ

以上4シーン。春アニメから失恋シーンを紹介しました。

今回紹介した失恋は、いずれも前向きな気持ちで終わっているのが素敵ですね
突然の出会いから始まった恋で新しい生き方を見出した、その感謝を伝える失恋もあれば、長年秘めて自身を苦しめてきた恋に終止符を打って解放されるような失恋もありました。
いずれも本当に真剣な恋をしているので、失恋シーンは非常に胸を締め付けられるのですが、その一方で、むしろそれゆえに、どこか憑き物が落ちたような晴れやかさも感じさせます

失恋とはひとつの物語の終わりを意味します。
終わりの意味を与えるのは他ならぬ自分自身なのです。
失恋とは、ただ振られて終わりという簡単なものではなく、一人のために人生を捧げてきた自分との別れです。
失われゆくものへの祈りもまた、失恋の魅力と言えるでしょう。
そして、新しい人生に、一歩ずつ足を踏み出していくのです。

明確な失恋には至っていないため、今回は紹介しませんでしたが、春アニメには、他にも切ない片想いをしているキャラクターが多数登場します。
ほぼ"負け確"みたいなヒロインも何人もいますね。

あらゆるコンプレックスの塊で、恋をすること自体に引け目を感じている『スキップとローファー』の江頭ミカは、本当に、本当にセカンドシーズンが楽しみな子です。
また、『私の百合はお仕事です!』の間宮果乃子は決して報われない想いを抱えて大変なことになっていて、そんな彼女に端を発して感情の連鎖が大変なことになっています。
他にも、原作でも絶賛三角関係が水面下で進行中している『青のオーケストラ』の小桜ハルも、幼馴染としての様々な想いが乗っかっていて素敵ですね。
『事情を知らない転校生がグイグイ来る』の笠原すみれは、好きな男の子と自分がいじめている女の子が仲良くしていることに複雑な感情を抱いており、その矛盾だらけの態度の描き方がとても良い。
原作でも決着が見えていませんが、様々な種別の「恋心」が複雑に交錯する『推しの子』ももちろん見逃せません。(推しの子のヒロイン論について語った記事はこちら
恋の描写が濃くないため少々変わり種ですが、『彼女が侯爵邸に行った理由』では想い人に相手をされずヒロインをつけ狙う典型的な悪役令嬢も登場したりします。

こうして見ると本当に多様な片想いの形がありますね。
やっぱり当て馬・負けヒロインは春と夏に集中するのかもしれません。

夏アニメもぼちぼち見始めていますが、原作での結末を知っている作品から、切実な片想いを見せてくれた作品のセカンドシーズンなど、既に期待の作品が多数あります。
個人的に楽しみにしているのが『政宗くんのリベンジR』『シュガーアップル・フェアリーテイル』です。

今年も失恋の夏になりそうですね。
それでは、よい悲恋ライフを。

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