大切だからこそ触れられない――シャディク・ゼネリという不器用な男について【悲恋ノート】
※この記事は負けヒロインと当て馬男子を愛してやまない筆者が、失恋についてひたすら語るだけの記事です
スレッタとミオリネという二人の少女に群がる男たちがことごとく破滅していく、当て馬大渋滞作品こと「機動戦士ガンダム 水星の魔女」
まさか令和の時代にここまで当て馬・負けヒロインが跋扈する作品が話題を独占するとは。
世の中まだまだ捨てたもんじゃない。
水星の魔女という作品にはありとあらゆる当て馬属性が登場する。
ヒロインとの出会いで新しい価値観と出会い、不器用に壁にぶつかりながら成長していくグエル。
複雑な出自を抱えながらもスレッタの熱心な働きかけによって感情の萌芽を見せたエラン。
両者に共通するのは、運命を変えるほどの出会いが「一方的に」起こっているということだ――それが当て馬らしさであるともいえる。
そんな彼らがいるからこそ、共に会社を立ち上げ運命共同体として歩んでいく婚約者の運命力が輝くのだ。
とはいえグエルにもエランにもまだまだ先はある中――いや、限りなく望みは薄いが――遂に9話で一人目の明確な失恋が生まれた。
その当事者となったのが女を侍らす色男、シャディク・ゼネリだ。
シャディク・ゼネリという男は一見軽薄な外見ながらも、謀略を巡らせ事態を裏から操る知将である。
初めは決闘委員会の人間として状況を静観するにとどまっていた彼だが、ミオリネとスレッタが立ち上げた株式会社ガンダムを立ち上げたタイミングで本格的に二人の前に立ちはだかる。
規則を捻じ曲げ会社の設立を妨害し、その解決策として会社の実効的な支配を試みたシャディクだったが、二人はそれを良しとせず決闘で雌雄を決することとなる――。
そんな、一見器用かつ狡猾にことを進めていくシャディクだが、その本質は不器用なまでに真っすぐな「騎士タイプ」の当て馬だと言える。
騎士タイプとは「君は僕が守る」を信条にヒロインに対して献身的に尽くす当て馬男子のことをいう。
騎士タイプには未熟ながらも力を尽くす小動物パターンと、ひたすらに高いスペックで主人公の全てを支える貴族パターンがいるが、シャディクはどちらかというと後者に近い。
このような当て馬の代表格として「はいからさんが通る」の編集長こと青江冬星がおり、その人気からも強力さが伺えるだろう。
何かと揺らぎがちなメインヒーローとの恋に対比して、どんな状況でも迷うことなく一身に尽くし続ける。
たとえ、叶わない恋で終わったとしても最後まで相手を思いやる姿が涙を誘う――それが騎士タイプの当て馬だ。
こんな顔のいい男にここまで一途に想われたいと、誰もが思ったことがあるだろう。
シャディクはそんな騎士タイプの当て馬である。
その一方で、完全無欠の騎士といえるほど器用ではないのが彼の魅力だ。
彼は幼馴染でもあるミオリネのことを誰よりも想っていた。
果たしてどの程度の旧知の仲なのか、何をきっかけに彼女のことを案じるようになったのか、9話時点では窺い知ることはできない(それがこの二人の関係の良さでもあると思う)
少なくとも言えるのは、入学以前からの縁であるだろうということぐらいだ。
シャディクはあらゆる面で優れた実力を持ちながらも、ミオリネの花婿であるホルダーになろうとはしなかった。
ホルダーは将来の絶対的な権力の象徴でもあり、権力目当てに近付く男たちと同じだと彼女に思われたくなったのである。
それだけ彼は彼女にとって特別な存在でありたい――自身の愛がまぎれもない純愛でありたい―――と願っていた。
そして、彼はミオリネを想うあまり、彼女に触れることを恐れた。
他の男たちのように崇高な彼女を汚すことなく、あらゆる知恵と謀略を尽くして、遠くから彼女を守ろうとした。
しかし、それは鳥籠から飛び出したいミオリネにとって、新しい鳥籠に放り込まれるも同義だった。
そんな矛盾に頭の切れるシャディクが気付かなかったはずがない。
結局、彼はミオリネを信じきることができなかったのだ。
守るべき存在として、相手を都合のいい器に押し込めようとしていたに過ぎなかった。
その後ろめたさを刺激したのが、スレッタ・マーキュリーという女である。
礼儀も作法も知らず、行動の全てがスマートとかけ離れた何の実績もない田舎者の水星女。
御三家の一角として大人の世界でも活躍するシャディク・ゼネリとは何もかもが正反対だった。
しかし――そんな田舎者が彼女を動かした。
偶然とはいえホルダーの座につき、本音でぶつかり合いながらミオリネとの信頼関係を築いた。
そして、父親から逃げて地球へ行くことばかり考えていた彼女が、父親に歯向かって会社の設立を宣言するまでになった。
ミオリネが持つ後先考えないスケールのでかさと、それを実現に結び付けてしまう不遜なカリスマ性。
どれもこれも計算高いシャディクが持っていないものだっからこそ、彼は彼女に惹かれたのだとも思う。
これもまた、シャディクがミオリネを閉じ込めようとした要因だったのかもしれない。
ともあれ、自分と真逆の人間がミオリネの真価を輝かせた。
それは彼にとって大きな屈辱であり、受け入れがたいことだった。
だからこそ、彼はフィクサーではなく、本当の敵として重い腰を上げて本格的に動き出すこととなる。
しかし、二人は折れなかった。
自分の仕掛けた計略にたじろぐことなく、絶望的な実力差をものともせず、決闘を挑んできた。
彼は、自分が一度は信じた理想に、再び彼女を閉じ込めようとした。
――憎まれてでも、彼女を守れたらそれでよい。
それが彼の願う彼の幸せの形だった。
そう信じこもうとした。
しかし「私は、彼女を信じます」と宣言するスレッタの姿が、彼を揺さぶる。
彼がミオリネを触れずに守ろうとしたのは、彼女のためではなく自身の恐怖のためであった。
自身が彼女を汚すかもしれないという恐怖が、彼を知らず知らずのうちに本音から遠ざけていた。
そして決闘の最終版、スレッタとの一騎打ちで彼は遂にその本音を吐き出すこととなる。
彼は常に遠くから彼女を守ろうとしていた。
周りに女性を侍らせていたのも、彼なりの防衛線だったのかもしれない。
しかし、それは彼女を傷つける多くの一人になることを恐れていたから。
その心の内では彼女の隣に立って、彼女と共に羽ばたきたいと思っていた。
だからこそ、裸一貫で飛び込んで関係性をつかみ取ったスレッタ・マーキュリーという女は絶対に否定しなければならなかった。
水星女に直接勝利を収めることで、全てを勝ち取ろうとしたのだ。
だが、全ては遅かった。
彼は敗れてその理想も消え去った。
株式会社ガンダムは彼の手にかかることなく宇宙へと羽ばたいていくことになった。
何より彼自身の描いた幻想が幻想にすぎないことを思い知らされた。
全ては触れることを恐れて彼女を鳥籠に閉じ込めることしかできなかった自身の弱さが原因だった。
決闘の後の彼の発言からもそれが伺える。
誤解を恐れず飛び込んで、隣に立っていれば。
相手の心に踏み込んでその誤解を解くことを躊躇わなければ。
『あと一歩、キミに踏み出せていたなら』
彼が片翼として羽ばたいた未来もあったのかもしれない。
――しかし、全ては終わったことだった。
彼女を傷つけたくないという意思が強すぎるあまりに、彼女を遠くから守るという道を選び、それが超えられない壁を生んだ。
器用でスマートな彼の裏に見える、一途で不器用な愛の形がとても愛おしいと思う。
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