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大衆酒場には、大先輩が良く似合う

酒場は、どんなときでも大きな懐で俺を迎え入れてくれる。
嬉しいときや楽しいときはもちろん、悲しいときや悔しいときであっても、今日も俺は酒場へと向かう。

酒屋の営業マン時代、俺は取引先のことで悩んでいた時期があった。
前任から引き継いだ取引先の社長と、どうもそりが合わない。
支払い遅延も目立つ、業界によくある与信に問題のある取引先の社長だ。

店長とはフランクに話ができるけど、社長はあまり俺と話をしようとしない。
気まずくて話したくないという理由もあるだろうけど、それだけだろうか?
前任からは「そういう人だから気にしないで大丈夫。」と言われていたが、そういうわけにもいくまい。
てか、支払い遅延のある取引先の社長と話ができていないことを、「気にしないで大丈夫」と言ってしまう前任の話なんて参考にならない。

俺は尊敬する大先輩の話と話をするため、酒場へと向かった。大先輩と呑るのは、いつだって大衆酒場と決まっている。
大先輩といっても職場の先輩ではない。というか、人ではない。
「サッポロラガービール」
「赤星」の愛称で親しまれる大衆酒場の定番ビールだ。

「サッポロラガービール」が「赤星」と呼ばれる理由は、ラベルに描かれた赤い星のマークに由来する。赤い星は「五稜星」と呼ばれ、1872年に北海道開拓使の記章としてデザインされたものだ。
北海道開拓使は、1876年に開拓使麦酒醸造所をつくった。
そして翌1877年、「札幌冷製ビール」を発売。「サッポロラガービール」のルーツとなるビールだ。
「サッポロラガービール」は、現存する日本最古のビールブランド。
多くのビール好き、酒場好きが敬意をもって大先輩と呼んでいるのはそのためだ。

俺は、何か問題や課題にぶち当たったとき、一人で酒場へ行って赤星大先輩と向き合い思考を巡らす。
社長はなぜ、俺を避けるのか?
なぜ歴代の担当を避け続けてきたのか?

赤星大先輩は何も語らない。
見慣れた中便よりも大きな大瓶の存在感と、熱処理ビールならではのどっしりとした奥行きのある味わいで、ただただ俺の話を黙って聞いているだけだ。
俺はもう1本、さらにもう1本と「サッポロラガービール」を飲み続けていった。

「はい。633!」


何本目だったか、記憶は定かではない。
だいぶいい気分になっていた俺に、スタッフが愛想よく「サッポロラガービール」の大瓶を持ってきた。
そのとき、俺の悩みにようやく赤星大先輩がヒントをくれた気がした。

「633は大人の義務教育」


「633」とはもちろんビールの大瓶の容量633mlを指す。
「コイズミ学習机」が小学校6年、中学校3年、高校3年の計12年間使えるというCMをもじって、玉袋筋太郎氏が生み出した名言だ。

義務教育……。
小学校の頃に聞いた「お友達と仲良くするために」って話を思い出した。
自分から挨拶をする。
相手が嫌がることはしない。
相手が嬉しいことをする。

俺は毎回、社長に気持ちいい挨拶をしていただろうか?
店長とは仲良く話しているのに、社長の顔を見るたびに督促の話ばかりになってはいなかったか?
コロコロ変わっていたという前の担当も、ずっとそんな感じだったんじゃないのか?
店長にしていたようなお酒の提案を、社長にもするべきだったんじゃないか?

あーだこーだ問題を難しく考える前に、まずは義務教育で学んだことを実践してみよう。
もちろん、すぐに関係がよくなることはないだろう。
そこは赤星大先輩のように、どっしり構えていこう。
思い立ったらすぐ行動!
明日の朝、アポ取りの連絡をしよう。
赤星大先輩、ありがとう!

残っていたビールを飲み干し、赤星大先輩にお礼を告げて席を立とうとしたそのときだった。

「あのー。すいません。
 私たち、大衆酒場が流行ってるから来てみたんですけど、こういうお店(大衆酒場)は初めてで、何を頼めばいいかよくわからなくて。 何かおすすめとかありますか?
 もしかして、帰ろうとしてました?
 足止めしちゃってすいません。」


隣にいたOL風の美女が話しかけてきた。
そういう質問って、普通はスタッフにするもんじゃないの?
いえいえ。帰ろうとなんてしてません。
赤星大先輩、もう少しだけお付き合い願います。

「赤星追加でお願いします。633で。
 お姉さん、大衆酒場といったらこれですよ。」


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