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旅と酒場と男と女 ~秋田でゾッとした話~

何年前だっただろうか。
震災復興ボランティア以来、二度目に秋田を訪れたときの話。
あれは今思い出してもゾッとする体験だ。


秋田へ出張出来ていた俺は、ホテルにチェックインするなり会食までの空き時間を近くの酒場で過ごしていた。
秋田の漁師料理を肴に美味い秋田の酒を飲ませてくれるいい雰囲気の酒場だった。

目の前で軽く炙って食べる干物は絶品。
会食前なのについつい秋田の銘酒に手が伸びる。


会食本番は、乾杯から最後までずっと日本酒。
総勢16名、全員が酒豪。
すべて秋田のお酒だったことは間違いないが、正直なところ何をどれだけ飲んだのか覚えていない。

覚えているのは2つ。

ひとつは「加温熟成解脱酒」が美味かったということ。
10年熟成の味を、わずか6ヵ月の熟成で再現したというから驚きだ。
芳醇な香りと甘み、そして心地よい酸味。
ほぼ記憶のない中でこれだけのインパクトを残すのだから、その味わいがいかに際立っていたか想像できるだろう。

もうひとつは「いぶりがっこクリームチーズ」。
美味しいのはもちろんだが、俺が覚えているのは、長年間違った情報を吹き込まれていたということだ。

とある秋田出身の先輩から

「地元じゃこんなお洒落なメニューは存在しない。秋田県民に『いぶりがっこ』と『クリームチーズ』を一緒に食べるような奴はいない。」

といわれ続けてきた。
だけど、今日はみんな食べている。
秋田でも人気だと言っている。

つまり、先輩の情報が古かったのだろう。
地方出身者が、自分の地元を知らず知らずのうちに下げる発言をしていると思うとゾッとする。


お酒は、ときに人を思わぬ行動へと誘う。
会食を終え、すでに大量のお酒を飲んでヘロヘロになっているのに、ホテルとは逆方向にある川反通りへと向かおうとしている者が数名。
その中には、もちろん俺もいる。


「酒が人間を駄目にするのではない。人間は元々駄目だということを教えてくれるものだ。」


これは立川談志師匠の有名な言葉だが、この期におよんでさらに飲もうとする連中は、元々駄目な奴らということだろう。


川反通りからホテルに戻ったのが午前1時30分。
ヘロヘロになりながら部屋にたどり着き、ポケットの中のものを机の上に出した。

冷たっ!
なんでポケットの中に雪が入ってるんだ?
てか、なんで服が全体的に少し湿っているんだ?

ポケットの中が空になったとき、俺はある異変に気づく。
ない。ポケットの中に入っているはずのスマホがないのだ。


家族や友人・知人に加えて、スマホには副業関係で連絡を取り合う人の連絡先が入っている。
他に情報、データ、制作物等もろもろ。
背筋がゾッとした。
血の気が引いていき、酔いがさめていくのもわかった。

明日の朝は7時半に集合だ。
最長6時間はスマホを探す時間がある。
大丈夫。必ず見つかる。
俺は部屋にあった水を一口飲み、再びホテルの外に向かった。


会食後、川反通りの店に入る直前まで電話をしていたはずだ。
忘れたとしたら飲みに入ったお店、落としたとしたら店の移動中、もしくはホテルへの移動中だ。

俺は最短距離で川反通りに向かい、訪れたお店を一軒一軒回った。
しかしどのお店にも忘れ物のスマホはないそうだ。
川反通りで入ったお店の間も何度も探した。
となれば、スマホを落としたのはホテルまでの帰り道だ。

「こんなことなら、あんなになるまで飲むんじゃなかった。」

俺はわずかな記憶をたどり、俺はホテルに向かった。

何人かでフラフラしながらホテルに戻った記憶がある。
目にした看板。
そのときの会話。
道路の端に積もった雪。
秋田じゃなんてことない量だけど、都内でこれだけ降ったらすぐに物流なら何やら影響が出ちゃって大変だな。
そんなことを考えながら信号が青になるのを待っていると、目を疑うような光景が目に飛び込んできた。

雪かきして路肩に集められた雪のかたまりに、「大」の字にも見える人型があったのだ。
雪上に寂しげにあるその人型は、さながら殺人事件にあるチョーク・アウトラインのようにも見えた。

はっ!

すべての記憶が甦る。
約1時間前、俺たちはここにいた。
ここで今と同じように信号を待っていた。
そのとき、後輩が枝の上の雪を集めて投げ合い、雪合戦のようなことを始めた。

俺も大きな雪玉を作り、その中の年長者である先輩に向けて投げた。
ノリのいい先輩は、プロレスで相手をロープに振るようにして俺を雪のかたまりに向かって押し出した。
俺はあえて美しく宙を舞い、雪上に飛び込んだ。
両手両足を開き、「大」の字をつくって。
上からみんなに雪をかけられた。
ポケットに雪が入っていたり、全身が少し湿っていたのはそのためだ。


スマホは胸ポケットに入れていた。
人型の左胸の辺りを探してみるが、スマホはない。

「なんてこった……。」

心が折れそうになったとき、人型の頭上、1mほど離れた場所で何かが光った。
そこには月の明かりに照らされた黒いスマホがあった。
なんてことだ。
俺が宙を舞ったとき、胸ポケットから飛び出したスマホはさらに先まで飛んでいたのだ。


スマホが無事だったことを確認すると、何だか無性にお酒が飲みたくなってきた。
部屋にはお土産でもらった「いぶりがっこ」があったはずだ。
俺は目の前のコンビニで「缶ビール」と「クリームチーズ」を買ってホテルに戻った。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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