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アメリカがアフガンから撤退した理由を地政学的に考えると面白い話

地政学自体が日本では眉唾モノみたいに言われるんですが…世界地図には
大国の間で取り合いになるけど、獲得するとかえって国を滅ぼす領土
大国で取り合い・環境が悪すぎることなどが原因で、情勢が不安定な国(シャッターベルト)
というのがいくつかあるんです。

大国同士が隣り合うと戦争になったり、国境で小競り合いが始まったりするから「お互いの大国が取ることができない状態のほうが平和な地域(バッファーゾーン)」というのがいくつかあるんです。

アフガニスタンは典型的な
「普段はシャッターベルト、安定させることができればバッファーゾーン」
というややこしい地域なんです。

世界がアフガニスタン情勢にピリつく理由

地図で見てもらう方が早いっすね。

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そうなんです!
中国・インド・中東諸国・ロシアに囲まれた世界有数のややこしい場所にある国
なんですね。
大国・資源保有国なだけでなく、お互いに宗教も違うし自分が一番だと思ってるから別の国の手に落ちたら、緊張が走る…そういう国なんですよね。

「言うて、各国から数千キロ離れてるんだからアフガニスタンなんかほっとけばいいのでは?」
…はい。民間人の感覚からしたらけっこう遠い国です。

実際、旅客機でアフガニスタンの首都カブールからインドの首都デリーまでは2時間かかるそうです。

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しかし、これは戦闘機だと2,30分で理論上行けてしまう距離。

というのも、
「自衛隊で活躍するF-15戦闘機(イーグル)は羽田空港から千歳空港まで旅客機で1時間半の道のりを17分で行ける」
なんて報道をTBSはしていて、イーグルの場合は4000キロほど航行距離できる能力があるそうです。
カブールからデリーであれば、1200キロなので十分往復できるわけです。

だから、軍事的には敵国に取られたくない。
かといって、1200キロ離れていると民間人は商売・旅行・国際援助どの観点でも遠い国なので、旨味も少ないし、政治問題になってもなかなか投票の基準にならない。

このように「民事的には遠いけど、軍事的には近い国」が厄介なんです。

この距離感は、アメリカからキューバもそうです。
マイアミから500キロ、ニューヨークから2000キロ…これ一見すると遠いんですけど、ミサイルや戦闘機の射程から考えるとけっこう近くて、だからキューバ危機みたいなものが起こったんですね。


話をアフガニスタンに戻しましょう。
ロシアや中国みたいに外国に打って出たい国からはアフガンは一大拠点。
そこまでの野心がない中東とインドには火薬庫であり、目の上のたんこぶ。

そういうわけで、地図だけで見ると世界大戦のトリガーにもなりうる地域、世界大戦まで行かなくてもヤバイ勢力に握らせたくない勢力だから、世界的なニュースになってるわけですね…。

まぁ、実際には「やれるもんならやってみろ」なんですが。

世界史の名だたる国が手を出して失敗してきたアフガニスタン

別に全部が全部「アフガニスタンが原因で滅びた」とは言いません。
しかし、アフガニスタンに手を出した国は太古の昔から大国揃いで、ウィキペディアのアフガニスタンの歴史を読むと、高校世界史がかなり分かるレベルです。

アケメネス朝ペルシア、アレクサンドロス大王、モンゴル帝国、ムガル帝国、オスマン帝国、大英帝国、ソ連、アメリカ…受験が終わったみなさんも少し懐かしい気分になると思います。

逆に言うと、それだけ多くの大国・アフガン独自の王朝が色々頑張っても国家として発展できなかったのがアフガニスタンなんです。
旧石器時代から10万年ぐらい色んな国がアフガンに挑戦してみたんですが…近代化や国家としての独立はおろか、衛生的な飲み水もままならず、乳児の死亡率は25,7%。
おとなになっても、経済は最貧国から抜け出せず大半の国民は1日2ドル以下で生活してる状態
だそうです。
1ヶ月1万円生活が貧乏どころか、国民の大半が2ヶ月1万円生活です。

だから、普通に考えたら「手を出しちゃいけない国」です。

でも、そんな国がだだっ広い上に人口も多く地理的な要所。一見すると魅力的に映るのも無理はないことです。
しかし、大国が誘惑に負けて入っていくと…衰退に結びつくほどのしくじりをするんですね。(アメリカがいくらしくじったのかは、また後ほど)

人口は3000万人、面積は1.7倍。それでもアフガニスタンが発展しない理由

ここまでで納得できない人は、言うでしょう。
「アメリカ以外の国は、奴隷や安い労働力、農耕や軍事実験ができる広い土地を求めてアフガニスタンに侵略してきたはず。まともに統治する気などなかったはずだ」
「アメリカに変わって中国が入って来るらしいが、中国のことだから理不尽な契約で利権や土地を奪ったり、大量の人口は強制労働させる。
おそらくアフガニスタンを発展させる気なんか一ミリもないでしょ?」

はい、私もそうだと思います。
大半の国はむしり取るつもりでアフガンに乗り込んで、大国の衰退を招いた。
そのように理解しています。


要因は色々あります。
まず、民族がバラバラすぎて丸く収まる形が見つかりづらいです。
タリバンみたいに内側から出てきた人たちはもちろん、外から支配して統治しようとする人も受け入れられるのは難しいと思います。

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言語についてはダリー語が大半の人に通じるからダリー語と互換性の高いペルシャ語を押さえれば、なんとかなります。(英語圏の人たちからすれば、日本語・中国語・アラビア語よりは学びやすいそうです)

しかし、あくまでも言葉が通じるだけで、内乱が起こりやすい・利害調整が難しい環境であることは変わりません。

次に、状況をややこしくしてるのは「国土が広すぎること」です。
日本の1.7倍の面積を誇る広い陸地。
当然、未舗装な地域も多くて、地形も過酷。
そんなところで、違う民族が内乱を企てたり、手の届かないところで悪いことをするための拠点を作ったりやりたい放題されたら…時の軍事大国だって同しようもないわけです。

トドメは気候。
これは、外務省の説明にはかなり面白いから引用しましょう。

内陸部に位置し、標高が約1,800メートルと高いことより、大陸性気候、低湿度であり、年間および一日内の寒暖の差が激しいです。大別して4~11月の乾期と12~3月の雨期に分かれ、雨季と乾季の間に短い春と秋があります。乾期、特に7~9月は気温が高く、30度台に達する事も稀ではありません。湿度は20~30%台と非常に乾燥しており、あまり暑さを感じなくても知らない間に発汗し(不感蒸泄)、脱水に陥りやすいので、水分(+塩分)の補充を十分に行い熱中症にならないように注意する必要があります。冬季(12月~2月頃)は大陸性気候のため冷え込みが厳しく、最低気温が 氷点下20度になることも稀ではありません。また年によっては降雪もあります。舗装された道路が少なく、降雨・降雪後道はぬかるみ、交通事情は悪化します。(外務省より引用

1800mが相当高いです。高山病になる人が出るレベルで高いです。
夏は知らないうちに30度がザラで知らぬ間に脱水。
冬は-20度。真冬の北海道または冷凍庫ぐらい寒い!

日本は気候が過酷だから標高以外はビビらないけど…アフガンを侵略しに来た大国の人たちは、まず寒暖差と標高に苦しめられるでしょうね。

この続きは、日本人も想像できないことが書いてあります。

 使用するエネルギーは、電気(220~240ボルト)とプロパンガスです。ただし、慢性的な停電のため、多くの家は自家発電機を利用しています。また、冬季にプロパンガス暖房機器を使用する場合は、住居の換気設備が不備による一酸化炭素中毒に注意してください首都カブールは、世界でも最も環境が汚染された都市の一つに挙げられています。大気汚染の原因として、地形(高い山に囲まれた盆地)上の特徴に加え、低品質なガソリンやディーゼル燃料、排気ガス対策の取られていない10年以上前の中古車、住民が暖を取るため古タイヤや木材を燃やすこと、頻発する停電のために自家発電機が絶え間なく作動することなどが挙げられます。大気中の窒素酸化物や硫黄酸化物の濃度はWHOの発表によると先進国基準を超えています。特に冬期の夕方から朝にかけては大気汚染がひどいため、屋外での長時間の滞在や運動にはマスクやゴーグルが必要で、屋内にも空気清浄機の設置が必要です。生活用水は、水道水あるいは井戸水(カルシウム成分の多い硬水)を使用していますが、一般細菌や大腸菌などが検出されることが稀ではないため、そのまま飲料水として使用することは避けてください。水は必ず沸騰させたものや信頼出来るミネラル・ウォーターを、飲料水、料理用水として使用してください。

日本じゃ信じられない話がいくつも出てくる…。
電力不足・冬期の一酸化炭素中毒への注意・環境汚染により大気はもちろん水も信用できない。
しかも、カブールの人口は400万人以上。宮城県と新潟県の人口を足したぐらいの人数がそんなところにひしめき合って住んでるというのか…。

アメリカが撤退するのも頷けますね。
ゼロどころかマイナスからのスタートですから、支援や防衛をするにはお金がかかり、現場に派遣された人は過酷な環境でボロボロ。

こんなの、アメリカどころか、どこの大国がやったって旨味がなさすぎる。

それでも、日本人的には「アメリカっていつもこうじゃん」ですけどね。

そもそも、アメリカが「地政学的に困難な地域に手を出して失敗する」のは今に始まったことではありません。

むしろ、太平洋戦争以降のお家芸ではないでしょうか?

というのも、朝鮮半島や台湾が典型的です。
朝鮮半島が大国の植民地になれば、ロシア・中国・日本が互いに接点を持つため緊張が走ります。
歴史上何度か朝鮮半島をめぐる・朝鮮半島を大国が保有したことで距離が近づいて紛争する事態は起きてます。

台湾だって日本は中国に備えて台湾が安定するまでは、台湾総督は(司馬遼太郎の小説を読めば出てくるような)日清日露戦争の功労者で固められてました。
また、今は中国が発展して野心を持ったことで、台湾一国ではどうにもならないほど状況が悪化。
アメリカと西側諸国は台湾を守ろうと必死です。

このように、日本の周りは地政学リスクの高い地域ばかり。
そのため、大日本帝国に限らず、日本が帝国主義的な方針を取るには主に中国、場所によってはアメリカやロシアとのバッファーゾーンを侵略しないといけないため、帝国主義を採用した時点で大国との大戦争は避けられなかったわけです。

しかし、それは本来、日本側の問題。
台湾はともかく、朝鮮半島はあくまでも
「日本にとってのバッファーゾーン」
でしかない。
だから、アメリカは関係なかったのです。

しかし、日本が軍事力を行使しなくなると事情が変わります。
アメリカと中国の間にあるバッファーゾーンが軍事的にはなくなるため、中国・ソ連との接点が増え、防衛範囲が膨大に広がってしまいます。

荒唐無稽な話でもなんでもないです。
事実、日本がいなくなったことでソ連が南下し、朝鮮戦争になります。
さらに中国も義勇軍を送ってきたことで、アメリカだけじゃ抑えられなくなっています。
このことが、日本にも協力させるために戦犯追求・賠償金を緩和し、独立も再軍備も急がせることになったわけです。

これだけでも、アメリカが地政学的リスクにやぶ蛇してしまったと言えるのですが…ややこしいのは戦後体制がここに絡むことです。

日本は憲法9条の問題があって再軍備したとは言え、行き過ぎた戦闘行為には参加できません。
よって、アメリカを助けられる範囲が限られます。

逆に、韓国は朝鮮戦争の際に李承晩大統領が
万一、今後日本がわれわれを助けるという理由で、韓国に出兵するとしたら、われわれは共産軍と戦っている銃身を回して日本軍と戦う
と言うほど、日本との連携や、日本の軍事行為を嫌がっています。

日本は防衛と後方支援のみ。
韓国は日本からの援軍を嫌がるものの、単独で北朝鮮・共産圏からの国防は担えません。


そうなると、アメリカが中国・ロシアと接しないためには、日本にも韓国にも軍隊を常駐させてるしかありません。
しかも、第二次大戦の戦後処理にしくじったことで、現代まで70年以上、ずっと日韓それぞれに、米軍基地を現地に置き続け、高い負担を払い続けています。

しかし、日本はアメリカに感謝してるかと…微妙です。

なにせ膨大な負担をしてるアメリカに対し、日本のマスコミには
「米軍基地を維持するために思いやり予算を払うなんてけしからん」
と言い続けてますからね。(そもそも「思いやり予算」自体が揶揄するための通称ですが、正式名称が長いので便宜上これで行きます)

思いやり予算と言っても、金額的には2000〜3000億円「しか」かかってないから、日本の防衛費は安く済んでる方です。

なにしろ、戦前の日本は平時でも国家予算の3割は軍事費でした。
今は国家予算の5%とアメリカに色々優遇するぐらいで国が守れているわけですから…金銭的にはけっこうお得なんです。
田自主防衛すると今の3倍の防衛予算が必要と言われますが…大日本帝国時代の予算を見る限り、本当は6倍ぐらいかかるかもしれません。

よく「アメリカのおかげで日本は経済発展に集中できた」なんて言われますが…数字を見てみると本当にそうだなぁ〜と思います。

戦後処理に関わったGHQ…そうの負の遺産は日本でも度々取り沙汰されています。
しかし、アメリカもGHQのやりすぎ・しくじりに苦しんでいるのです。

この辺の経緯を知る日本人からしたら、アメリカの軍事介入・戦後処理の失敗を目にする度に、
アメリカくんはいつも【自分がッ泣くまで殴るのをやめない】よね
第二次大戦後、ずっと軍事基地を維持してる極東に比べたら、アフガン撤退は早かったじゃないの(笑)
と、冷めた目で見ている人は多いと思います。

地政学や政治学として捉えているかは別としても、【アメリカの失敗から国際情勢・国際政治を感覚的には理解している人が多い】というのが、日本人の面白いところだったりします。

いよいよ発表!アメリカさんがアフガン・中東に溶かした金額!!

そうは言っても、アメリカがアフガニスタン紛争を始めたのには理由があるんです。

まず、タリバンは9.11以前から何度もテロ行為を繰り返したアルカイダやビンラディン氏をアメリカに引き渡しませんでした。

次に、タリバンの資金源は麻薬ビジネスでした。
麻薬で儲けることで間接的にアメリカを苦しめるということです。
麻薬と言うと、ヤベェやつと六本木で遊んでる悪いセレブしかやってないイメージですが、それは日本が特別なんです。
欧米…特にアメリカでは大麻がかなり一般化してて社会問題です。

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だから、タリバン・アルカイダに憤るのもわからなくはないです。

でも、2017年までの15年だけでも640兆円…いくらアメリカさんでも、これはやりすぎでした
日本の1年間のGDP以上の軍事費を突っ込んでも一向に良くならないどころか、自国民も手痛いダメージを受け続けると、やっぱり辛いんですよね…。

確かにタリバンのやり方は国際社会からみれば、最低です。
かといって、中国が実効支配している地域に隣接した場所をがら空きにするのもリスキーです。

しかし…アメリカも限界なんです。
人類史の他の権力同様、アフガニスタンを治めること・発展させることはできなかったんです…。

しかし、私には
「太平洋戦争から続く、アメリカが懲りるまで戦争をやめない」
というパターンなのか、
「中国に不毛なアフガニスタン支配へと誘い込むことで、自滅を誘う」
という作戦なのかよくわかりません。

しかし、調べれば調べるほど
アメリカのアフガン撤退は世界史に影響を与えるレベルの大事件なんだな
「歴史的事件には間違いないが、未来は撤退するから単純にアメリカ衰退の予兆とは限らず、むしろ蟻地獄に誘い込む高度な作戦の可能性もあるぞ!
ということに気づけてかなり面白かったです。


長い記事ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

すごく書くのが大変だったので、もし良かったらスキやシェア、投げ銭や購入をしてもらえると励みになります。


【おまけ】なあとがき

ここからは読んでも読まなくてもいい完全な余談です。
投げ銭をしてくれる購入者の皆様へのお礼にささやかなあとがき・裏話を用意しました。
・記事が良かったから投げ銭したいと思ってくれた方
・地政学や世界史的な観点の元ネタがなんなのか知りたい人
という方は、良かったら読んでみてください。

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