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NO.54 磯崎憲一郎の小説『日本蒙昧前史』に就いて

磯崎憲一郎という作家の小説は読んだことがなかったけれど、第56回谷崎潤一郎賞を受賞した『日本蒙昧前史』が文春文庫になったので読んでみた。

一言で言うと不思議な小説だった。

舞台は1970年代から80年代の日本。

大阪万博、三島由紀夫の自決、日本で初めての五つ子の誕生、ロッキード事件、グリコ・森永事件、横井庄一の帰還、日航ジャンボ機墜落事故……

僕の記憶にも残る戦後史を賑わせた大小さまざまな事件を扱いながら、著者は自由自在に語り手を乗り換えていく。

一見ノンフィクションのようでありながら、気がつくと登場人部の細部についての語りに移行している。

この文庫の解説で川上弘美はこんな風に書いている。

「前へ前へと、読み走ってゆく、その途中で立ち止まり自分の安穏な心持ちの中を逍遥する暇は、与えられない。それなのに、読んでいると、心が騒ぐのだ。感情がかきたてれれるのだ。それはけれど、自分に引きつけて共感するという心の動きではない。作中の叙述じたいに、心が動くのである。小説と読者自身の自我との共鳴、というのではなく、作中の世界の動き自体に対する興味や驚きで心が動くのである。」

「本書には、(歴史に対する)「解釈」がない。いや、むろん昭和のある時期のいくつかのできごとの、何を選ぶのか、そのできごとのどこを切り取るのか、どのような文章を選ぶのか、ということ自体が、いやおうなく作者の「解釈」を表現してしまいはするのだが、それにしても、作者は、周到にその「解釈」の偏りをとりのぞいたかのごとき書きようをしている。これは、いっけん簡単なことのようで、かなり難しいことなのではないだろうか。」

読み終えて、果たして面白かったのかどうか、それさえ「蒙昧」になってしまうような、やはり不思議としか言いようのない小説なのでした。

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