柄にもなく真面目に。
昨日、日本記録挑戦会兼住友電工杯に出場
結果
5000m 16'11"85
(2.48-2.53-3.16-3.30-3.42)
まさかの最下位、そして人生3回目の16分台。
ぶっちゃけ「気持ちが切れた」だけでは説明できない失速の仕方なので、柄にもなく振り返りたいと思う。
↑ずっと走るのやめたかった笑
1.連戦の疲労
いきなり言い訳じみた小見出しだが....実際これが占めるウエイトは大きい。
というより連戦に耐えれる体ではなかったというのが正しい。
スタミナが足りなすぎる。。
こうなるのも仕方がない。なぜなら普段から「どれだけ練習せずにタイムを出せるか」を考えているからだ。これは妥協的なニュアンスではなく、社会人という時間的制約のある中でどれだけのパフォーマンスを出せるかということ。
大学3年生の秋に退部した時点で決めたことがある
・基本的に1部練習
・走行距離は300kmでOK
この2つを約束事として練習を継続させてきた。無論、社会人になったときのことを見据えた約束事である。
これを実行し始めた当初は練習量が減ったことですぐに太った。
実際、大学4年生のトラックシーズンは自己ベストを更新せずに幕を閉じた。
しかし、この練習ルーティンが馴染んだ冬季は非公認ながら10000mでベスト更新。それを皮切りに3月は3000m、5000mでもベスト更新と、このルーティンが馴染んできたことを実感。このドブに捨てた1年間のおかげで、今の労働者陸上生活があるといっても過言ではない。
ただ同時に長距離選手として大切な「スタミナ」を失った。
練習でも高強度の練習を連日でできなくなっている。
今回は9月のクラブ対抗→陸協ナイター→日体大記録会
の疲労にやられた感じがある。数日前から体が重く、レース前の流しが1000m×5本の3本目みたいな足だった(表現力)
案の定、すぐにヘロヘロで失速。
帰ってからも全身だるく、21時くらいには寝転んでないと体がキツく、22時には就寝。疲れていたんだなぁと実感。
2.暴風
これに関しては全選手が同等に受けているので仕方はないが、失速した原因は原因。
正直めちゃくちゃキツかった。
集団から離れて単独走になったとき、暴風に煽られまくって前に進まず。。
離れた直後は腹筋に力を入れて踏ん張って走っていたが、だんだん力が入らなくなり、後半はエグい角度の後傾走りでどんどん失速。筋力も無いんだなと走りながら感じた。
結局弱いだけ
色々と理由はあったけど、結局は弱いだけ。
連戦に耐えれるだけのスタミナ、風に耐えれない筋力、ポッキリと折れた弱いメンタル、ぜーーんぶ弱かった。
ただ「弱かった」の一言で済ませるのは簡単。そこから改善していかないと先は無い。原因を言い訳や根性論だけで済ませるのは思考停止。
いきなり練習量を増やすのは無理だが、練習を増やす以外で改善策はないだろうか。例えば、疲労に耐えれないのならば、調整練習をもっと落としてみるのは?食事はどうか?睡眠時間は足りていたのか?(実際、アニメと海外サッカーの見過ぎで寝不足気味だった)などなど色々とやれることはある。
暴風に関しては気候の話なので、正直運ゲー。笑
その中で得たもの?
「良い経験できました!」なんて言ってしまうのは正当化するみたいで好きではない。ただ今回は本当に良い経験できた。
なんせこんなに豪華なメンバーで走らせてもらえたのだから
優勝した吉田圭太選手(住友電工)は同世代のトップ選手。
実は中学1年生のジュニアオリンピック決勝で一緒に走ったことがある。それ以来だから、実に10年ぶりに一緒に走ったことになる。あのときも10月だったし本当に丸々10年。
↑周回抜かれの瞬間が記事に。
同じく住山電工の坂口裕之選手は僕が中学1年生のときの全中王者(3000m)
現地でその走りを観て「これがトップ選手か」と教えて頂いた選手。10年の時を経て一緒のレースで走らせて頂いて感無量。
また僕が尊敬している大塚高校の白川陽大選手は最初から先頭の方で勝負する度胸と強さを持っていた。一緒に走れるの最後かな?最後に尊敬する選手と走らせてもらえて、本当に光栄。(これからも応援させて頂きます!)
今後
しばらく休みます!疲れた!
11月下旬くらいにどこかのレースに現れるつもりです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
今日もビールがうまい!
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