文化祭の思い出あれこれ。
#文化祭の思い出 ハッシュタグ企画参加記事
◆ 中学時代、ブラスバンド部の演奏。われわれは、体育館で体育ずわりをして、イベントとして学校生徒全員で数曲聞かされた。
全国コンクールに入賞するうまい演奏だったはずなのだが、なぜか自分の頭の中には、「廃墟の夕焼け」の映像が延々と広がってしまって参った。
あれは何だったのだろう……
◆ 中学時代。菓子が出るというので茶道部に押しかけた。ポッキーとかではなく和菓子だった。すみっこのほうにプチシューが積んであったのでそっちを期待したが和菓子だった。正座だった。しびれて立てなくなって、隅の方へずるーずるーと移動していった。のちほど自由に動けるようになってから、「菓子食えるぞ」と言ってみんなを誘ったやつをしめた。
◆ 同じくその茶道部のお点前で。やばいしびれた、とそわそわしだしたその時。目の前で副部長がひしゃくとお湯を捨てる陶器をもったまま、ダイナミックにすっころんだ。
副部長も足がしびれて、しかも立ち上がったのでやらかしたらしかった。
その後が驚異なのだが、だれも何も言わずおどろきもせず平然としていた。続いてのお点前も粛々と進んだ。よくわからないけど茶道部すげえ。なんか勇気をもらった。と思った瞬間だった。
◆ 自分には、中学高校の文化祭の記憶がない。読書に逃げていたのかもしれない。記憶力はいいほうだと思っていたのに、本当にない。
◆ 大学の文化祭は一年の時だけ積極的に参加をした。粉ものの模擬店を出そう! ということになり、お好み焼きの準備をした。
ところが僕は前日夜からとんでもなく腹全体が痛くなり、脂汗まみれで動けなくなって、友達に欠席連絡をした。
大家さんに泣きついて病院へ連れて行ってもらったらすぐさま、先生と看護師さんが「アッペですねえー」と言い合った。
虫垂炎から腹膜炎を起こしていたのだった。
手術は手術室があかずに五時間ほど遅れ、途中で「血圧16ー32」という声がきこえ、夜じゅう看護師さんがたえず見に来た。死にかけたらしかった。
四郎と高橋、二人分の文化祭の思い出が五つきり。
……貧しくない?
もっときゅんとするやつとかないの?
記憶がなかったり死にかけたり。二人らしいといえば、二人らしいのかもしれないが。
おそまつさまでした。。。m(_ _)m
「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!