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子の刻参上! 一.あけがらす(十九)

「幸助どんすまねえ、幾松のことぁ任せていいかぃ。おいらぁ、奥で話ぃ聞くほうが忙しくなっちまうってよ」
次郎吉は番頭の幸助の表情をうかがった。幸助は、「うけあいますよ」と返事をした。

次郎吉は「ありがとよ」といいおいて、その場を通り過ぎかけて、戻ってきた。

「すまねぇ、もうひとつ聞いていいか」

「はい」

次郎吉は、うっ、と言いよどんだ。お店(たな)のあるじをつとめて然るべき貫禄と実直のにじみ出る口ぶり。それに、自分はすっかりのまれている。
先代のあるじ、和泉屋佐吉の、たたき上げの漁師あがりの風貌とは別のものに直面して、自分は言いよどんでいるのだ。
(言うんでえ、言うんでえ。互いに忙しい身の上だい、聞いておかなきゃ後でたたるぜ)
次郎吉はひるむ我が身をふりしぼって、言葉を続けた。

「幸助どんは和泉屋さんの看板番頭だろ。
急においらみてぇなどこの馬の骨ともわからぬ野郎が転がりこんできて自分の目の上のたんこぶみたいなところにあぐらぁかきゃあがったわけだ。
面白くねえ気持ちが少しでもあったらば、おいらに聞かしちゃあくれねえか。
おいらぁ、黙って様子を見てた人たちからある日黙って拳骨(げんこ)をくらうのが、いくたびもあってどうにもやりきれねぇのよ」

「そりゃ次郎吉さん、面白くないというよりは、若様と旦那様奥様のお考えをわたくしがどれだけ承れているか、が事の扇の要でございましょうか。
ちょっとの間あずからしていただいてもようございますか。わたくしも、忙しさにかまけて、するりするりとお伺いしないで逃げ回ってきたことが多うございますので」

幸助は、寝ていたところを次郎吉が起こしに行って、幾松のことを頼んだぐらい、人の心を撫育することにたけているのだ。

「あ、ああ、急に面倒くせぇこと言い出しちまって、すまねえ……」

次郎吉は逃げるようにその場を去った。

佐吉にもおろくにも、告げておかねばならないことがひとつあった。今、はっきりした。
次郎吉は出てきた部屋へと、廊下をもういちど戻った。

「和泉屋さんえ。おかみさんえ」廊下にひざをついてふたりに声をかける。

「実ぁ、おいらは、箸にも棒にもかからねえってんで、父親(てておや)に勘当までされちまいまして。お店(たな)に置いていただくには、ぐあいの悪い野郎でございやす」

罪に対する罰の与え方は、島原の乱においても一族郎党みなごろしであったように、連座と縁座の共同罰であった。和泉屋に次郎吉が逗留すれば、和泉屋夫婦と店、益田の若様に累が及ぶ。

勘当された、ということは、すでにそういう連座罰縁座罰を想定された存在だ

……と、いうことだった。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!