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【後編】2019年最高だった映画たち【7-12月公開】

1-6月公開を対象とした前編の続きでーす。後半だとほとんどまだDVD化もされていませんな。なんで俺は今年の映画の紹介なのにひたすら『ディストラクション・ベイビーズ』の話ばっかりしているのか。では、みなさま、よいお年を。

前編はこちら!


Girl

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トランスジェンダーの苦しさというものは僕たちは想像できるのか。トランスジェンダーの男性として生きるララはバレリーナになるのが夢。彼女はバレエ学校に入学を認められ、夢を追う努力をする。しかし、そこには当然問題があってうまくいかず……。これはノラ・モンスクールさんというダンサーの実話を基にしているらしい。宝塚歌劇団がトランスジェンダーの男の子を入団させるだろうか? 答えはノーだ。入学を認めてくれるだけでも、進んだ環境と言えるだろう。そして、彼女をトランスジェンダーとして認めてくれる家族もいる。そう、割と恵まれた環境なのだ。これがトランスジェンダー問題に理解のない旧来的な価値観の地域での話なら、物語になりやすい。さらに、理解のない頑固おやじや保守的な母親なんかがいるとさらに話は簡単だ。しかし、この映画はそのどちらでもない。周囲の理解もある、家族の応援もある、それでも厳然として存在する差別。どれだけ配慮と支援をしても、性差における「高い壁」というものはこの世の中に確かにあることを我々に再確認させるのだ。だからこそ、この映画は余計に差別の本質をえぐり出していて、見ていて息苦しくなる。しかし、それは我々が見なければいけない現実なのだ。映画的には、主人公のララを演じるビクトール・ポルスターくんを発掘したことで勝ったも同然だった。元々バレエダンサーの彼が「バレエのできるトランスジェンダーの少年」という難しい役どころを非常に説得力のある形でこなした。そして、注目はラスト。男性だったらほぼ8割が悲鳴を上げるシーンには要注目。実際、俺は小声で「やめて!」って言ってしまった。

そんなポルスターくんの美しいダンス


工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男

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おっさんの友情と南北朝鮮問題を掛け合わせると、たいてい最高になる。1990年代にビジネスマンに成りすまして北朝鮮に潜入したスパイ・黒金星の実話を基にした映画である。ファン・ジョンミン演じる主人公パクが核開発疑惑を探るために潜入するのだが、その北との絶妙なやり取りが非常に面白かった。元々、ファン・ジョンミンは様々な映画で軽薄な役からシリアスな役まで演じ、『哭声/コクソン』ではふんどし一丁の國村準に対抗して絶対に笑ってはいけない踊る祈祷師の役までこなした演技派。この映画ではシリアスな北朝鮮との折衝の中でもビジネスマン的な軽薄さを存分に出して、ある意味踊り狂う。また、北朝鮮の相手方をやってるイ・ソンミンもかなりの重厚な演技。薄々、パクが南のスパイであることに気づきながらも北朝鮮を変えるためにあえて飲み込む気迫。さすがの演技で韓国のアカデミー賞と言われる大鐘賞で二人とも主演賞を取ったのは納得。二人のこの友情がかなりグッとくる展開で、韓国映画はこういう男の友情を描くのがとてもうまい。案の定、泣いてしまった。あと、この映画で面白かったのは、だいたいは悪の帝国として描かれる北朝鮮中枢部もしっかりと金正日に恐怖で支配される人間だということを描いたこと。かなり似せてきた金正日との会見シーンでは、見てるこちらも手に汗握る絶妙な緊迫感だった。登場人物のほとんどがおっさんしかおらず、非常に加齢臭漂うとてもよい映画だった。

DVD発売中!

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ギリギリまで寄せてきている金正日


存在のない子供たち

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こんな貧乏に生んだ親を俺は訴えてやる! レバノンで貧困家庭に育ったゼインは11歳の妹が無理矢理結婚させられた怒りで、家を飛び出してしまう。放浪しながら偶然知り合ったエチオピア移民の女性ラヒルが働いている間、子供のヨナスの子守を始めるが、ラヒルは不法滞在の罪で捕まってしまう。取り残されたゼインはヨナスを連れてラヒルを探すのだが。レバノンであった実話を基にしているらしい。生んだことを訴えるとはかなり中二訴訟案件に感じるのだが、それもゼインの境遇を見たら納得できるというもの。学校にも行けず、日中は路上でものを売って生活費を稼ぎ、妹はお金のために結婚させられる。そして自分には身分証明書すらない。そして、ラヒルが生んだヨナスも不法移民の子どもとして、いないことになっている。まさにゼインたちはこの世に存在しないのだ。その怒りは切実で、そして正当で、全然大げさなんかではないものと思える。レバノン版ハードコア『万引き家族』。いや、このレバノンの境遇に比べたら万引家族のほうが遥かに楽な環境にも思えてくる。主人公のゼイン役を演じるゼイン・アル=ラフィーアくんは実際のシリア難民だそうだ。おそろしいほどのリアル。そしてこれが世界の現実なのであります。ちなみに、これを映画館で見た際には俺もめっちゃ泣いてしまって周囲もほとんど泣いていたのだが、一人の女性の方が「ひーーーん」と声を上げて泣く人で、携帯の光もガサガサいう音も全然気にならない俺でもさすがに難渋した。ていうか、「ひーーーん」って声で泣く人、実在するのな。いい経験でした。まだDVDにもなってないし、配信もないので、日本で最もハードコア生活な映画『誰も知らない』を見て予習しましょう!

若き日の柳楽優弥
(15年後に『ディストラクション・ベイビーズ』で無意味に人を殴ります)


スパイク・ガールズ

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Netflix配信映画。2019年見た中では一番ひどかったです。女子高のバレーボールチームが試合の後にバスで帰っていると、謎のハンターたちに出会って追い掛け回される。ストーリーは以上です。これでうまく知恵を使ってなんとか生き残っていく物語だと思いきや、普通にばんばんチームメイト死んできます。首も飛びます。血も吹き出ます。そのうちに女子高生たちも反撃に出ますが、そこで出るのがバレーのスパイク。バレー部要素ようやくここで出てきた。スパイクというかサーブというかそれでハンターたちに対抗していきます。そして、案外あっさりとバレーに屈していくハンターたち。なんでそんなに弱いんや。クライマックスでは冒頭で逃げた顧問のデブのおっさんがランボーと化す。いやあ、ひどかった。なにがひどいってアクションである。この手のB級ものはストーリーがひどくてもアクションでなんとかカバーというのが往々にしてあるのだが、そのアクションがしょぼい。冒頭のバレーボールのシーンもやる気がさっぱり見えず、他の殺し殺されのアクションシーンも緩慢極まりなく、老人ホームの運動会のよう。かなり短い映画で72分ですが、今年最も無駄な72分だったと断言できるくらいの出来。しかもフランス映画ということで、我々の中にある「フランス」という概念を木端微塵に撃ち砕いてくれる秀逸な映画。人生に疲れてもう死んでしまおうかという時に見ると、「あ、やっぱ、死んでもいいなこれ」とさらに勢いがついてしまうので要注意である。普段、あの映画はひどいだの、この映画の出来が悪いだのぽんぽん言ってる我々だが、そんな映画とは別次元にいる絶対王者、サメが出ないサメ映画。完全な無の時間をあなたに。

https://www.netflix.com/watch/80198508?source=35

突出して何かがひどいというわけでなく全部がひどい


トム・オブ・フィンランド

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炸裂する同人魂! 俺は自分でゲイポルノを描くぞフィンランド政府ーー!!! 「トム・オブ・フィンランド」の名前で知られるゲイ・アートの先駆者トウコ・ラークソネンの半生を描く映画である。フィンランドで暮らすトウコはゲイだったがそれを隠して生きていた。なぜならフィンランドでは同性愛を禁止されているからだ。新聞社で普通のイラストを描く仕事をしているトウコはこっそりゲイアートを描き出し、世界的な人気を得ていく。この映画で何がすごいっていうのは現在のゲイ・アートの1分野をこのトムさんが切り開いたということである。見たい絵が見つからない……なよなよした男の裸ではなく、筋肉隆々の体をパツパツのポリスファッションに身を包んだのがわいは見たいんや! はっ!? そうや、わいが描けばええやんけ!! という同人魂が炸裂。それが世界を席巻したのだから同人冥利に尽きるというものではないだろうか。最強絵師爆誕の瞬間である。また、映画としても、フィンランド政府から隠れながらも人間の自由らしさというものを追求するトウコの人生を過不足なく描いていて非常によい出来。なお、フィンランドは2017年に同性婚を解禁したようです。どういう感じの絵か想像できない人は「トムオブフィンランド」でググるとめくるめく世界に行けるし、映画館のロビーには↓の顔出しパネルが設置されていました。1人で見に行ってこれに顔を出して誰かに撮ってもらう勇気はなかった……俺もトムオブフィンランドみたいな勇気が欲しかった!

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この顔出しパネルはずるい


サマー・オブ・84

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超絶後味の悪いスタンド・バイ・ミー! Netflixの『ストレンジャーシングス』、『IT イット それが見えたら終わり』なんかの最近流行ってる80年代を舞台にした作品に、新たな見るべき作品が生まれた。1984年のオレゴン州の田舎町に暮らす15歳の少年デイビーは、地元の子どもが大量失踪している事件が気になっている。デイビーは隣人の警官マッキーを怪しいと思い、仲間たちとこっそり調べ始める。静かな町で退屈に飽きた少年がやたらと妄想を膨らませることはよくあることだ。そういえば、自分たちが中学生の頃もそういう都市伝説めいた噂はたくさんあった。あそこの親父は昔ヤクザでたくさん人を殺していたらしい、あのお姉さんは東京でエロい仕事をしていたらしい、体育教師のあいつは昔しごきすぎで部員を殺してしまったらしい、志村けんは実は死んでいるらしい。確認する術はないのだけれどもっともらしい話が飛び交って、どれもまことしやかに語られていく。そんな無責任に語られる噂を真剣に追っていったら? という映画だ。前半は思い込みで調べる少年たちのコメディ的展開も多々あって、それが80年代的なものとマッチしていてのどか。しかし、後半は展開が一変。一気にサスペンスホラーとなり、結末まで疾走。めちゃくちゃに後味の悪い青春の終わりが唐突に訪れ、そうして子供たちは大人になっていくのである。しかしまあこんなひどい結末もなかなかないよな、というラストはすごい。2019年ベスト青春ホラー映画でした。


永遠に僕のもの

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今年最も美しい俳優の映画であった。美青年カルリートスは人を殺すのに躊躇がないサイコパス。優雅に踊るようにカルリートスが次々と犯罪を犯していく実話に基づいた映画だ。確かに映画としてはそれほど作りが優れているわけではない。カルリートスの相棒ラモンがテレビで歌謡曲を歌う謎シーンがあったりもするし、意図してるのかしてないのかしらんけどけっこう笑えるシーンも多い。ただ、この映画はもうカルリートスを演じるロレンソ・フェロの美しさで全てが成立してしまうのではないだろうか。とにかく全編を通して美しすぎるのである。おそらくゲイであったカルリートスが盗みに入った宝石店でイヤリングをつけてるのをラモンが見て「マリリン・モンローみたいだな」という妖しい場面があるのだが、確かにマリリン・モンローみたいな感じだし、なんか見てる俺もドキドキしてきてしまった。俳優にこんなことをされてしまったら、並の女優さんは困ってしまうのではないだろうか。この役をロレンソ・フェロくんに演じさせた時点で、もうこの映画は勝ち確定。ロレンソ・フェロは俳優ラファエル・フェロの息子で、これが映画初主演らしい。父親も超絶イケオヤジであり、今後が楽しみである。ちなみに、この映画のモデルになった殺人鬼カルロス・エドゥアルド・ロブレド・プッチ、通称「死の天使」は、ロレンソ・フェルくんに負けず劣らずの美貌で、別に映画で盛ってるわけではないことがわかる。監獄に入って何十年、彼はいまどうなっているのだろうか。

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実物もとんでもない美青年


ロケットマン

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天才×ゲイ×ドラッグ&アルコールというほぼ『ボヘミアン・ラプソディ』と同じ要素なのだが、かかってる音楽が違うだけで内容もほぼ一致である。でも、定番だからこそ、普通に楽しい。『ボヘミアン・ラプソディ』ほどの興行的成功はできなかったようだが、ヒット曲で一度は聞いたことある曲ばかりだから、ファンじゃなくても普通に楽しめるのではないか。エルトン・ジョンはフレディと違って、死ななくてよかったなあ。あと、エルトン・ジョンを演じるタロン・エジャトンがライブのたびにトンチキ衣装を着ているのだが、エンドロールでそれがすべて実際にエルトンが着た衣装だということで爆笑してしまった。どういう神経してたらアレ着れるんだよ。それと、エルトン・ジョンのマネージャーのジョン・リードをリチャード・マッデンが演じているのだが、彼はドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』でロブ・スターク役を演じている。そして、同じジョン・リードがクイーンのマネージャーもやっていた時期があるので、『ボヘミアン・ラプソディ』でもエイダン・ギレンが演じているのだが、彼は『ゲーム・オブ・スローンズ』ではリトルフィンガー役の俳優なのです。というわけで、二人で何やってんの、というゲースロファンだけがニヤッとできる豆知識でした。

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ロブ・スターク版ジョン・リード

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リトル・フィンガー版ジョン・リード



ドッグマン

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ドッグサロンを経営する男は、自分こそが「犬」だった。イタリアの片田舎でドッグサロンを営むマルチェロは主張がなく風見鶏のような男。くるくると周りに流されるように生きていて、特に乱暴者のシモーネの言うことには何でも従う。そして、彼に騙される形で犯罪に加担したマルチェロは、シモーネを守るためにすべてを失ってしまう。マッテオ・ガローネ監督のこの作品は非常に印象深いものだった。ハイパージャイアンのシモーネが無茶苦茶な要求をしてきてもそれに唯々諾々と従ってしまうマルチェロ。暴力を振るわれても、調子のいいことを言って尻尾を振る姿がはまさに犬。そして、自分に餌をくれなくなった相手に噛みつくのもこれまた犬。これを演じるマルチェロ・フォンテが絶妙に小狡そうな子犬のような見た目をしていて、演技も非常に秀逸だった。カンヌで主演男優賞を取ったのも納得。また、ハイパージャイアンのシモーネの理由のない暴力も非常に理不尽でとてもよい。この二人は共依存のような関係なのだが、それに二人とも気づいているのか気づいていないのか。終盤に訪れる転機でこの関係が崩れ始めた時、世界は一変してしまうのだ。映像もすごくよく、海辺の荒廃した団地とか絶妙に不安感を煽るシーンばかりだし、犬が普通にでかくて怖いし、とにかく画面から滲み出てくる不穏さが半端なかった。弱さという罪。ある種の寓話性がある本作、非常に静かで面白い映画であり、2019年最高の犬映画でした。

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中々こんな絶妙なビジュアルの人いない


ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

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タランティーノ監督の最高傑作ではないだろうか。1960年代のハリウッド、人気に翳りが見えてきた俳優リック・ダルトンとそのスタントマンであるクリフ・ブースの物語。そして、ここに例のシャロン・テート事件も絡んでくるというタランティーノ監督お得意の虚々実々の展開となる。ともかく長い映画なのだが、落ち目の俳優リック・ダルトンを演じているディカプリオと、そのクリフ・ブースを演じるブラッド・ピットがハチャメチャにいいのである。リック・ダルトンは落ち目で西部劇の悪役もやったりするしかない立場なのだが、その落ち目感を演じるディカプリオがすごい。セリフを言えなくて自分を罵っているシーンとか最高だし、悪役で目の覚めるような演技をするのもかっこいい。対するブラッド・ピットも無口だがやたらと腕っぷしの強いスタントマンを演じていて貫禄の仕上がり。途中ではブルース・リーを一捻りしていたが、クリフ・ブースの「こいつ絶対喧嘩強い」感を余すところなく見せてくれた。この2人のドライではあるが固い友情は本当に胸を熱くさせてくれる。彼らを見ているだけでこの映画は最高に楽しいし、永久にこの2人を見ていたくなる気持ちになる。長編ドラマシリーズとかで続編やってくれないかなあ。そして、シャロン・テート事件に関連するクライマックスではタランティーノの激しい怒りを感じた。それを反映する形でのラストはもはやガッツポーズもの。もしかしたらあるはずだったかもしれない世界、そうあって欲しかった世界をタランティーノはいつも少しだけ提示してくれるのだ。いい映画だったなあ、ほんと。そして火炎放射器は最強の武器! 圧倒的火炎放射映画であった。

ブルーレイはもう出てるよ!

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普通にやられるブルース・リー


フリーソロ

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彼は何のために登るのか。アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した登山ドキュメンタリー映画。数々の登山スタイルはあれど、その中のフリーソロとは「命綱をつけずに単身で登山すること」という命がなんぼあっても足りないようなスタイルのことを指す。この映画は、フリーソロ界の第一人者であるアレックス・オノルドがヨセミテ国立公園の巨岩エル・キャピタンに挑戦する姿に密着したドキュメンタリーである。アレックスは柔和だが掴み所がない青年で、登るときは自分の感覚で撮影スタッフにも告げずにいってしまう自由なスタイル。そこに密着するスタッフも苦労しているし、アレックスの恋人も彼の自由さを愛しつつも困惑している。実際、フリーソロのクライマーたちは死と隣り合わせで、作中でも誰が死んだということがさらりと言われていたりする。アレックスだっていつそうなってもおかしくない。では一体、彼はどうして登るのか。しかし、この映像を見るともうそんな問いかけをする気もなくなってしまうだろう。たとえ命綱があったとしても眩暈がするような絶壁をアレックスはなんのきっかけもなく黙々と登っていく。一歩踏み外せば、もうそこで終わりだ。途中で撮影スタッフも「もう見てられない」とカメラから目を背ける。だが、彼は登る。その姿は彼に確固たる意志があるというよりも、何かに操られているような気もする。彼はこれからも登り続けるのだろう。そして、おそらくいずれ岸壁から落ちて死ぬだろう。しかし、それは彼にとって不幸ではなく、単にそういう運命なのだという気さえもしてくるのだ。画面を通してさえ寒気がするような映像が全編で流れているため、高所恐怖症の人にとてもオススメです。

DVDは出てます。あとhuluでも見れるみたい!

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圧倒的タマヒュン画像


アス

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「これはアメリカの物語」。冒頭ではそう語られているが、これはアメリカだけの物語ではない。ある夜、幸せに暮らす家族の家の外に、手を繋いで見守る繋ぎの家族がいた。その家族は自分たちに似ているがひどく異形だった。不気味な彼らは「わたしたちもアメリカ人だ」と名乗る。そして、彼らは一斉に地上への蜂起を始めるのだ。そうやって始まる物語は単なるスプラッタホラーではなく、アメリカの歴史、ひいては人類の歴史を踏まえた、おどろおどろしい社会派ホラーである。地上で暮らす我々が地下に異形の人々を追いやっているという設定は、歴史上常に虐げられてきた者たちがいて、今もまだその人たちが存在していることを暗喩している。それはアメリカの話だけではなくて、あらゆる社会において存在しているのだ。この映画の偉いところは単なる黒人映画にしなかったところ。時代が代われば抑圧される人も変わり、最近では抑圧された白人男性たちがトランプ大統領を圧倒的に支持したりもしている。日本でも経済格差が開くにつれて、どんどん「地下の人」が増えていっている。この映画はそういう現代の歴史の側面を照らしていて、黒人だけでなく幅広い層に訴えかける魅力を持った内容となっている。さすがに『ゲット・アウト』でアカデミー脚本賞をとったジョーダン・ピール監督である。別にお前の悪口は言ってないぞ、スパイク・リー。ただ、ピール監督のすごいのはここまで政治的な映画でありながらもエンターテイメントとして成立させているところ。今回も驚きの結末を用意してくれた彼の脚本力はたいしたものだろう。2019年の今、ぜひ見るべき映画の一つ。

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こんなん家の外に立ってたら超怖い


ブラインドスポッティング

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その見方は「死角」があるんじゃないのか? アメリカのオークランドで暮らす貧困層のコリンとマイルズは幼馴染。重犯罪を犯して仮釈放中のコリンはあと3日で1年間の指導監督期間が終了する。そんな時にコリンは偶然黒人が警官に射殺される現場を見てしまう。黒人だから、白人だから、男だから、女だから、ゲイだから、レズだから、日本人だから、中国人だから、ドナルド・トランプだから……人は誰しも先入観からは逃れられない。一々全ての事象を判断するよりもその方が楽だからだ。それは対象だけでなく、見る人が違えば事象も違って見える。幼馴染で同じような育ち方をしたコリンとマイルズでさえも、黒人と白人という立場ですでに見方は違っている。これは単純に黒人が差別されているという話ではなくて、白人のマイルズも富裕層が移住してきたことで差別を感じている。作中で出てくる「ルビンの壺」(向かい合った顔のようにも見えるし、壺にも見える絵)のように、一度定まってしまった見方を変えることは容易ではないということをこの映画は伝えたいのだ。コリンが射殺された黒人を見たことに対する不安をマイルズは理解できないし、マイルズが感じている移住してきた上流階級の人たちに対する怒りをコリンはあまり理解できない。そういった見方の違い(ブラインドスポッティング)を社会はどう埋めていくのか、という多民族社会アメリカならではの非常に考えさせられる映画だった。ただ、アメリカだけでなく、移民がどんどん増えていったり、貧富の差がどんどん開いている日本でも同じことが言えるだろう。どうしようもない育ちや人種の差があるとき、人はどう振舞うべきなのか、そして、どうやって自身のブラインドスポッティングを変えていくのか。考えさせられるのだが、ラストは清々しく終わり、とてもいい映画だった。なお、青汁が異常に登場してくるので、「実はこの青汁で人生が変わりました」みたいな一時期やってた普通のドラマと見せかけて青汁のCMのパターンかもしれないと思って警戒しましたが、そんなことはありませんでした。2019年ベスト青汁映画。

これがCMだという我々の「ブラインドスポッティング」


エイス・グレード

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あいたたたたた。もう全編にわたってイタい、とにかくイタい。思春期のしょうもなさとイタさを凝縮したような映画だった。主人公のケイラは中学校卒業寸前。ちょっと、というかかなりイタめのケイラは友達もおらず、孤独でイケてない女の子。このケイラちゃんがまあイケてなくていいのである。普段Netflixのドラマとかに出てくる「お前はどこの劇団ひまわり出身だ」というような見目麗しく芸達者な子供たちがいじめられてるとか言っても全然説得力がないのだが、ケイラちゃんは顔もまあまあ普通、体系もどん臭い感じで、さらにはコミュニケーションも超絶下手で友達どころか話し相手もロクにいない。そんな頑なで融通が利かず、やけに自己評価だけは高い女の子が、痛い目に合いながら、ちょっとずつ自分を見つめ直し、殻を少しだけ破る物語。この少しだけってところがよくて、いきなり「話はわかった、世界は滅亡する!」みたいに一気にキャラが変わっちゃったら現実感がないので、とてもよかった。さて、とにかくこの映画はイタい女性を映像化することに関してはここ数年で一番(『スウィート17モンスター』『勝手にふるえてろ』もかなりイタかったが)なのではないだろうか。男でも見ていると「うわあああああああ」と昔の黒歴史を思い出して悶絶しそうになる。とりわけ、プールのシーンは悶絶を通り越してもはやホラー。あんなに怖いプールはホラー映画でも中々ないだろう。すべてのイタかった人へ。すべての中二病患者だった人へ。

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史上最強に怖いプール映像


アド・アストラ

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ブラッド・ピットが宇宙で大活躍のスペースアクション超大作! なんて映画では全然なく、宇宙版『地獄の黙示録』でした。プロモーションをもうちょい考えたほうがよかったのではないだろうか。優秀な宇宙飛行士ロイには16年前に宇宙の果てで行方不明になった父がいる。その父が現在も存命していて、行っている実験が地球にとってかなり危険なものだということがわかり、父を探す任務にロイは旅立つ。圧倒的ブラッド・ピット映画でした。基本的には宇宙の旅なので会話シーンも動きも少ないので見栄えがしないのだが、そこはブラッド・ピットの顔演技でカバー。その眼力は圧倒的で、今のブラッド・ピットならグッと睨んだだけでサメ映画の一つくらい作り出せるのではないだろうか。アカデミー主演男優賞ノミネートではないか、というのも納得がいく。若い頃のシュッとしたブラピもかっこいいのだが、年を取り深く刻まれた皺がまたかっこいいのだからやはりただしイケメンに限るのである。それから、やはり映像は素晴らしい。この映画でしか見れないような画面がいくつもあって、できれば映画館で見て欲しかったけど、後から配信なんかで見るのでも全然いいと思う。静かに息を呑むような、自分が宇宙に独りぼっちで放り出されているかと錯覚するような、そんなシーンが多かった。結局、自分は何を探しているのか。旅の間に自問自答し続けるロイ。最後、宇宙の果てで彼は何を見つけるのか。『インターステラー』もそうだけど、おっさんがひたすら宇宙を旅する映画はとてもいいものだ。よい映画でした。

Blu-rayはもう出てるよ!

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ただ、この2人が親子ってのは顔の造形的に無理がないか


宮本から君へ

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とんでもなく暑苦しい映画だった。25年前のヒット漫画の映画化である。ドラマ版の続きという位置づけで、サラリーマン奮闘編はドラマのほうで描いているらしく、それは未見です。そちらでたくさん出てくるであろう同僚社員たちがちらっと出てて面白かった。映画版のほうでは、蒼井優演じる中野靖子が池松壮亮演じる宮本浩との恋愛を中心に描いている。そう、描いているのだが、それがまた本当に暑苦しいのである。池松壮亮も蒼井優もとにかく大声で叫びまくっており、喜怒哀楽160km/hのフォーシームをばんばん投げ込んでくるのである。体感で8割は怒鳴ってるし、9割はキレてる。そして、クライマックスで宮本がラグビー選手と格闘になるのだが、その暴力シーンがやたらと長くてしつこいのである。そう、何を隠そう、この映画の監督は『ディストラクション・ベイビーズ』で柳楽優弥が松山の街で見境なく暴力を振るう暴力エンターテイメント映画を撮った真利子哲也さんなのである。どうりで暴力に対する情熱のバイブスをハチャメチャに感じると思った。途中で急に柳楽優弥が出てきて池松くん殴られないかなと思ったけど、さすがにそれはなかった。絶叫演技と圧倒的暴力のパワーで、見終わった後には非常に疲れ切ること間違いなしである。それと、新井秀樹節の恋愛観が映画を通してふんだんにちりばめられているのだが、やはり25年前の作品ということもあって多少古臭い感覚だなーと思ってある種のノスタルジーを感じた。でも、若い人が見たらかえって新しく感じるのかな。とにかくバイタリティだけは今年ナンバーワン級の映画でした。人生!

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『ディストラクション・ベイビーズ』にも出てて柳楽優弥に殴られてた池松壮亮


ジョーカー

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話題性では圧倒的に今年ナンバーワンだった映画だろう。ストーリーは説明不要、バットマンの名悪役であるジョーカーがいかにしてジョーカーになったかという前日譚である。この映画は公開と同時にSNSやブログなどで激しく意見や感想が出された。「誰でもジョーカーになれる素質がある」「俺はジョーカーだ」「俺とジョーカーと大五郎」といったジョーカーの側に立つ意見が多かったが、「あれでジョーカーになるならもっとかわいそうな人がいる」という否定的な意見もそれなりに目にした。個人的には不幸はその個人にとっては絶対的なものだから比べても仕方ないし、左手がない人は両手がない人よりも不幸じゃないから怒る権利がないみたいなことを言っても何の意味もないと思う。と、俺も語ってしまったのだが、それだけ語りたくなる映画ということだ。なぜなら、これはジョーカーの物語なのだが、その後ろには現代のアメリカの激しい格差の問題があり、さらにはそれはアメリカだけはなく世界の現在を映しているからなのだ。作り方がわかりやすくて作品としては拙い? 確かにこの映画でわかりにくいところはあまりない。ホアキン・フェニックス演じるアーサー・フレックが社会から虐げられ、ジョーカーへと変化するというそのストーリーは陳腐でわかりやすく、ひねくれてはいない。しかし、だからこそメッセージがここまで広まったのだ。この映画の抱えるテーマはほとんどケン・ローチが毎作提示しているもので、映画の作りとしてはケン・ローチのほうが優れているだろう。しかし、ケン・ローチの映画を見る貧困層はこの世にあまりいない。だから、ケン・ローチの提示したテーマに気づく間もなく過ごしてしまう。しかし、ジョーカーはアメコミというパッケージでわかりやすいストーリーだからこそ拡散性があるのだ。いったい、世界で何人がこの映画を見たのだろうか。一朝一夕に世界が変わるなどとは思わないし、これが直ちに弱者の蜂起に繋がるわけでもない。ただ、この映画を肯定する人にも否定する人にも、ジョーカーという種が植え付けられてしまったのだ。それはいったいどういう風に花を開くのだろうか。と、ここまで小難しいことを言ったが、映画自体の出来が素晴らしいのである。わかりやすいストーリーではあっても安っぽさはちっともなくて、監督のトッド・フィリップス(酔いどれコメディ『ハング・オーバー!』の監督!)の力量を感じさせる。そして、主演のホアキン・フェニックスは別次元の俳優になってしまった。ジョーカーそのものの演技は別格。あと、裸のシーンが多いのだが、一体どういう食事とトレーニングをすればあの体つきになるのかちっとも見当がつかない。喫煙シーンも最高にかっこよく、アカデミー主演男優賞の筆頭候補だろう。ただ、ジョーカー役はジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ホアキン・フェニックスと名優が演じることになってしまっていてむちゃくちゃハードルが上がっているので、そろそろサイモン・ペッグ、ベン・スティラー、アナ・ケンドリック、市原隼人、芦田愛菜などを一度挟んでハードルを下げていってほしい。

2020年1月8日から先行デジタル配信!!

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2019年No.1喫煙映画


ホテル・ムンバイ

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今年ナンバーワンのパニックホテル映画である。ムンバイの5つ星ホテルで起こったイスラムテロを映画化したもので、実話ベースである。テロリストが侵入してからは、基本的にはひたすら逃げ惑う観客とホテル職員たちの様子を描いているのだが、それが実に緊迫感があってハラハラドキドキなのである。実話に基づきながらもハリウッド的エンタメを入れて破たんさせない監督のアンソニー・マラスさんは力量あるなあ。あと、キャラが立っているのも非常にいい。主人公のデーヴ・パテル演じるアルジュンも知的で機転が利いていいし、人質になってしまう元ロシア軍人のデヴィッド(マルフォイの親父役の人)、子供を守ろうとする母親ザーラも非常によいのだが、それよりも無名の人々の描写が素晴らしい。客を置いて逃げないことを宣言する料理長、テロリストに脅されて部屋の鍵を開けるように電話をさせられるのだが拒否する女性フロント、ホテルが家だと宣言するホテルマンなど随所に「テロには屈しない人間の誇り」が描かれており、それがかなり涙腺を刺激してくる。いかなる宣言よりもこの映画のワンシーンのほうが、テロには屈さないという非常に強いメッセージになり得るのだ。それほど話題にはなっていないが完成度はむちゃくちゃ高いので、ぜひ見てほしい。あと、ハリウッドのインド系映画で男前役といったらもうデーヴ・パテル以外に選択肢見つからない問題はそろそろどうにかしてほしいので、そろそろバーフバリの主人公を演じたプラバースさんを投入して「……これはイケメン??」と東西の価値観の違いをアメリカ国民に教えてやってはどうだろうか。

もうDVDは出てるね!

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スラムドッグ・ミリオネア』の少年がこんなに男前に


ジョン・ウィック パラべラム

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もはや犬を殺されたことなんてどうでもよくなってるジョン・ウィックのアクション超大作でござる。前々作『ジョン・ウィック』、前作『ジョン・ウィック チャプター2』に続いて作られた今作もアクション満載。ストーリーはほとんど行き当たりばったりで、よくわかんないままカサブランカに行ったり、スーツのまま砂漠を彷徨って謎の部族長に会うとかいう海外のわけわかんないオープンワールドRPGに出てきそうな謎イベントもある。ていうか、こんなわけわかんない裏設定あったっけかと思ったのだが、俺が覚えてないだけなのだろうか。まあどっちでもいい。それよりも、やはりジョン・ウィックといえば殺し合いである。今回もアクションてんこもり。組織の全殺し屋から追われるのだが、鬼のように強いジョン・ウィックが銃と格闘でバキバキに人を殺めていく、そんな映画です。馬でバイクから逃走しながら戦うし、謎の寿司屋が最強の東洋系殺し屋ゼロだったり、もうとにかくやりたい放題。戦闘シーンでの尺が長すぎだし、一桁余計に人を殺している。しかし、我々が見たいのも異常に長い殺戮シーンなので、さすがわかってるな、という感じ。もはやストーリーはどうでもよく、ていうかジョン・ウィック脳筋すぎて利用されまくりじゃねえかと思うのだが、大ヒットして次回作も作られるようなので、キアヌ・リーブスがアクション無理になるまで永久に続けてほしい。ちなみに、↑の『ホテル・ムンバイ』とハシゴで見たら、死ぬほど疲れて酒が一滴も喉を通りまくって美味しかったです。

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お前これキアヌ・リーブスを馬に乗せたいだけだろ


イエスタデイ

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誰も傷つかない優しい映画である。それもそのはず、傑作『アバウト・タイム』の監督リチャード・カーティスが脚本をしています。ダニー・ボイルが監督なので、ビートルズの曲発表してドラッグ吸いまくって調子に乗ってるところをポールとジョンがサブマシンガン持って殺しにくるみたいな展開になりそうなのですが、綱引きでリチャード・カーティスが勝ったということなのでしょう。売れないミュージシャンのジャックはある日事故に合って大怪我を負う。しかし、その際に「ビートルズが存在しない世界」へ飛ばされてしまい、ビートルズの曲を知ってるのはジャックだけという状態に。ジャックは思い出せる限りのビートルズの曲を発表して大人気になっていく。ビートルズの曲を発表というと、かわぐちかいじ先生の漫画『僕はビートルズ』を思い出すが、あちらはタイムスリップでこっちはパラレルワールドへ行ってしまう展開(そういう説明はされないけど)。内容としてもビートルズが別に存在する漫画がサスペンス仕立てなのに対して、こちらはノーサスペンス。どちらも面白いのだけれど、何しろビートルズの曲が聴けるという1点のみで、映画の方に軍配が上がるだろう。ストーリーとしてはすごくスピーディーでもないしわかりやすい展開なんだけど、随所でビートルズの曲が流れるだけですごく心に残るし、それだけビートルズというものは我々のDNAに刻まれた音楽なんだな、と感心した。ゾンビは出ないし、コカインもないし、銃撃もない。リチャード・カーティスらしく、人生における幸福とは何なのかを優しく追及していてすごくほっとする映画。あっと驚く登場人物もラスト近くで出るのでお楽しみに。それと国民はみな『アバウト・タイム』をぜひ見てください。『イエスタデイ』と同じで時間と時空を飛ぶことにたいした説明がなくてとてもよいです。

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エド・シーラン本人も出てきてノリノリで出演


アップグレード

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今年のSF映画で一番面白かった。急に武装集団に襲われて妻を亡くし、自身も半身不随になってしまった男に、一人の男が全身麻痺を治すためのプログラムが組み込まれたチップSTEMを提供する。それによって男は人体を超えた力を手に入れる、のだが。わかりやすくSFな展開で始まる物語なのだが、ストーリーは二転、三転して非常に面白い。また、チップに組み込まれたAIが主人公の肉体を操り始めるのだが、そこで展開されるアクションが実に操り人形のような動きで見たこともないアクションでよかった。なんかあの動きどうやってやってるのかさっぱりわからなかった。そして、この肉体を操られるということが最後の展開の伏線になっているのも非常によい。スピーディーでスタイリッシュなSFアクション。あんまり書くとネタバレになってしまうのだが、非常によくできていて95分ときっちり短くまとまっていてとてもオススメできる作品です。ダラダラ長けりゃいいというわけではないのですよ、映画は。まあ、『サタンタンゴ』とかは話がまた別ですが。

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「支配」されてる感じのアクションがかっこいい!


英雄は嘘がお好き

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軽ーーーーーい!!! 『ジョーカー』、『存在のない子供たち』、『アス』などクソ重苦しい映画にホトホト疲れてしまったみなさんはこういう映画を見るといいのです。舞台は19世紀、妹ポリーヌの婚約者として現れたジャン・デュジャルダン演じるヌヴィル大尉だが、突然戦場に召集されてしまう。戦場から手紙を書くと約束したヌヴィル大尉だが、一向に手紙は来ずにポリーヌは床に臥せってしまう。哀れに思った姉のエリザベットが手紙を代筆し、大冒険をした後にヌヴィル大尉は死んだことに。そこで、ヌヴィル大尉がなんと帰還。そこからのドタバタラブコメディである。エリザベットの書いた大冒険譚をまことしやかに語るヌヴィル大尉の胡散臭さは、ジャン・デュジャルダン自体が元々相当胡散臭いのでバッチリはまっている。エリザベットを演じるメラニー・ロラン(『イングロリアス・バスターズ』で映画館燃やした人)はめちゃくちゃに美人でコメディ初挑戦なのだが、ハッスルしててキュート。脇を固める妹ポリーとその旦那も面白い。全編にわたって人が死ぬ気配がなく、予想外の展開もないのだが、ともかく全員のキャラが立っていて、コメディかくあるべしな作品であった。常に重苦しい映画ばかり見ていると、自分の私生活や重大な問題以外の映画を受け付けなくなってしまう「シリアス症候群」に陥ってしまうので、たまにこういう映画でデトックスしておくのがよろしいかと思われる。テーマ通りの爽快なラストもとてもグッド。見て一笑いしてくださいな。

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池に放り込まれるメラニー・ロラン


グレタ

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恐怖のイザベル・ユペール映画である。主人公フランシスはバッグを拾った縁で未亡人グレタと知り合う。母を亡くしていたフランシスは母と同年代のグレタと親しくなっていくのだが、そこには罠があった。というサイコホラーなのだが、もうとにかくグレタを演じるフランスの大女優イザベル・ユペールが怖すぎるのである。フランシスのストーカーと化したグレタは彼女の近くのいたるところに現れる。振り返ればイザベル・ユペール、外を見ればイザベル・ユペール、地下鉄乗ればイザベル・ユペール、地下鉄降りたらイザベル・ユペール、鍋を開けたらイザベル・ユペール、百人乗ってもイザベル・ユペール、月月火水イザベル・ユペールである。その神出鬼没ぶりにイザベル・ユペール複数人説がまことしやかに提唱されるほど(俺の中で)。恐ろしい限りである。そして映画を見ていて気付いたのだが、この映画は黒沢清監督の邦画サイコホラー『クリーピー』にそっくりなのである。なんの脈絡もなく現れる、まったく噛み合わない会話、外観に対して異常に中が広い家、そして注射一発2秒で相手を無力化できる謎の液体などの共通点があるため、グレタは実質クリーピー、そしてイザベル・ユペール=香川照之という図式が成り立つのである。香川照之の演技もすごかったが、イザベル・ユペールもそれに匹敵するほどの怖さだった。踊りながら首に注射器ぶっ刺すシーンでは怖さを超えて荘厳ですらあった。ユペール姉さんの本当の怖さをみなさんぜひ味わってほしい。

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和製イザベル・ユペール


IT THE END

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神出鬼没のピエロ野郎・ペニーワイズの涙ぐましい努力をみんなで見守る映画である。前作でそこらへんのガキどもに完敗に近い形で物理でボコボコにされたにもかかわらず、のこのこ27年後に登場するあたり、相当悔しかったらしい。あそこまでやられても再チャレンジできるのはセイフティネットが整備された負け犬に優しい世界であると言えるだろう。こらこら、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は再チャレンジしなくていいぞ。『二ノ国』、お前もだ。前作からのタイムラグは27年とかかなり長いので、ペニーワイズもよほど我慢をしたのだろう。今回はなりふり構わず序盤からフルスロットルで襲ってくる。ペニーワイズのいいところは能力が適当なことである。幻覚を見せられるのだがそれで殺せるのかどうかはっきりしないし、物理攻撃が割と効くのか効かないのか、けっこう映画の展開で都合良く使い分けている。今回もその様々な手段で襲ってくるのだがほとんど全部空振りに終わり、打率がより低くなってしまった。それと、今回はもう怖いというより「笑える」要素が強く、ペニーワイズが現れるたびになんか面白くなってしまい、生首に足が生えて動き出すシーンは爆笑してしまった。あと、みんなを集めたマイクの作戦が絵に描いた餅すぎてそこも笑える。さて、そんなホラーシーンではちょっと滑り気味の映画なのだが、ペニーワイズを敵とした仲間たちの再開と団結の物語としては非常によくできていて、かなりぐっとくる作りになっている。前作の子役たちの映像も追加されてるので、ペニーワイズを添え物とした青春映画として見るとよいのでは。ちなみに、『ストレンジャー・シングス』にも同じ80年代の少年役として出演していたフィン・ヴォルフハルトくんがリッチー役で出ていますが、急激な成長のあまり「半ズボンだいぶしんどい問題」に陥ってしまっているので、ヴォルフハルトくん最後の少年時代としてこの映画あるいは『ストレンジャー・シングス』を堪能するのもよいかと思います。

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もはやただのイケメン俳優


すみっコぐらし

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「実質攻殻機動隊」「幼児向けアニメの皮をかぶったジョーカー」とかいろいろ言われていたけど、もちろんそんなことはなくすみっコぐらしは「実質すみっコぐらし」でとてもよくできた作品でした。かわいいすみっコたちが絵本の世界に吸い込まれて、そこで出会ったひとりぼっちのひよこの居場所を一緒に探す物語。全くすみっコぐらしについて知識がなかったのだが、それでも初心者にとても優しい作りになっている。また、すみっコぐらしが好きな子供たちにとっても画面の中をかわいいすみっコたちが走り回っていて、大満足の出来だったのではないだろうか。そして、大人も深読みできるストーリーの仕掛けが非常にうまく、幼女を連れたお母さん達でも泣いている感じの人たちが多数いた。大人向けだったらひよこが闇落ちしそうなストーリーだとは思ったが、そうならない優しい世界の話であった。秀逸な脚本でとてもよくできたアニメだった。「実質〇〇」とかあんまり大げさなことを言わずに、普通に褒めればよいのではないだろうか。そして、これは映画館に見に行った時の話なのだが、客は幼女とお母さんがほとんどで男性一人客というのはほとんどいなかった。俺が席に向かうとすでに俺の席を挟んで二組の親娘が座っていたのだが、俺が席に着くや否や、隣の席に座っていた娘とお母さんが席を入れ替えてお母さんが俺の隣に来るようになったのだ。俺は映画とは別の意味で涙した。人はこうしてジョーカーになっていくのだろう。そういう意味ではこの映画は実質ジョーカーと呼べる。

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席を替わられた時の俺


テルアビブ・オン・ファイア

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こんなにもユーモラスにイスラエル・パレスチナ問題を取り上げた映画は今までになかったのではないだろうか。モテないし金もないパレスチナのアラブ人サラームはふらふらしていたのだが、『テルアビブ・オン・ファイア』という人気メロドラマの雑用として雇われる。ドタバタの末にサラムは脚本を書くことになってしまったが、彼は何も思い浮かばない。その時に検問でイスラエルの軍人アッシと出会い、彼と共にドラマの筋書きを考えるようになるというコメディ映画。なんと言っても脚本が素晴らしい。イスラエルとパレスチナという非常に込みいった問題を軸にしながら、かと言って深刻になりすぎず、行き当たりばったりのようでうまくその対立を笑いに変えている。そして、脚本家をやるうちにどんどん成長していくサラーム。言葉を持たなかった彼が徐々に自分の言葉で話し、物語を作り出していく姿は非常に初々しくてよい。パレスチナ問題はまさに政治の対立だ。しかし、映画の中でサラームとアッシが協力していく姿はそれ以外にもやり方があるということを示唆しているのではないだろうか。窮地に陥ったサラームが最後に仕掛けた一発逆転のシナリオが秀逸である。爆笑間違いなしのそのシーンは実際に映画でご確認あれ。

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このメロドラマ見たいから実際作って欲しい


ゾンビランド ダブルタップ

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脳みそを空にしろ! 人気ゾンビ映画『ゾンビランド』の続編がまさかの10年越しで誕生。単にウディ・ハレルソンとエマ・ストーンとジェシー・アイゼンバーグとアビゲイル・ブレスリンのスケジュールが奇跡的に噛み合っただけという気もするのだが、それにしてもめでたい。ゾンビが蔓延する世界をタフで陽気に生き抜くノリのいいゾンビコメディだが、続編も大成功! 相変わらずタラハシーはむちゃくちゃに強いし、コロンバスは理屈っぽいし、ウィチタは普通に美人だし、リトル・ロックは太った。そして、そこにさらに新キャラが続々登場。タラハシー&コロンバスにそっくりのアルバカーキ&フラッグスタッフは似ていて笑えるし、クソヒッピーのバークレーも高円寺の路上でギター弾いてそうだし、ネバダの姐さんはめっちゃ美しい。そして、新キャラで強烈なのは全身ピンクのイケイケギャルマデリンちゃん。なぜこいつがここまで生き残っていたのかという気持ちもあるのだが、そこらへんは深く考えなくてもいいのではないか。他にもゾンビが発生した原因だとか、ゾンビが謎の突然変異で進化した原因だとか、そもそも時間が経って食料どうしてるのとか、そういう細かいことを考えるのは別の映画にしたほうがよい。とりあえずAmazon Primeで前作を見る。そしてIQをあらかじめ下げておいて、さらに続編をコーラとポップコーンで流し込むというのが『ゾンビランド』に対して我々が取るアティテュードとして正しいのではないだろうか。ルール32、小さいことを楽しめ!

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スピンオフもあるらしい全身ピンクギャルのマディソン嬢


アイリッシュマン

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ひどく退屈な映画だった。スコセッシ監督の最新作は3時間半のNetflix配信映画。その内容はマフィア映画の皮を被った、生と死を見つめる恐ろしい映画だった。ロバート・デ・ニーロ演じる殺し屋フランク・“アイリッシュマン”・シーランの半生を描いている。前半の若い頃をロバート・デ・ニーロや他の俳優がそのまま演じていてそれをCGで加工して若く見せているのだが、技術には限界があるらしくなんかMATTの特殊加工みたいに見えてしまって、やはり爺さんは爺さんだなあと少しがっかりした。特にデニーロが相手を蹴りつけてる場面はめちゃくちゃ蹴り方がじじいで思わず笑ってしまった。しかし、それはすぐに気にならなくなる。シーランが闇の仕事に手を染め、次々と暗殺をしている姿を相変わらずの恰好良さとさらにそこにコミカルさを付け加えて描いていき、異様に長い時間のはずなのだが、その長さを感じさせない。音楽も良く、スコセッシマフィア映画の美学っぷりが非常に感じられる。ただ、後半は一変する。シーランがボディーガードをしていたジミー・ホッファが殺されると、そこから彼に仕事をさせていたラッセルやシーランなどがどんどんと老いていくのだ。若き日の栄光も老いの前には何の影響力もなく、人はただただ平等に朽ちていく。その姿が淡々と寂寥を持って描かれる後半は、スコセッシ映画の総決算のようでもあり、非常に感慨深かった。ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシなどの超一流じじいたちの演技は素晴らしかった。彼らもまた老いを感じさせたのだが、それをまた演技に惜しみなく生かしている。やっぱり彼らは化け物だし、スコセッシ監督も偉大なんだけど、それでも俺たちと同じように老いて死んでいくのだ。人生とはただ生きて、死んでいく退屈なもの。それをそのまま描いたこの映画はひどく退屈な名作だった。

https://www.netflix.com/title/80175798


家族を想うとき

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『わたしは、ダニエル・ブレイク』でカンヌのパルムドールをゲットした、サッチャーと新自由主義絶対殺すマンことケン・ローチの新作は新たに生まれた現代の貧困を痛烈に描き出す傑作だった。家族を持ちながらも職を転々としていたリッチーは宅配便配送業者の個人事業請負主として働き始める。そう、Amazonとかで注文するとたまに運んでくるあの「デリバリー・プロバイダ」の話である。妻のアビーはパートの介護福祉士、リッチーは個人事業主として朝から晩まで働くのだが、家族の心はどんどんと離れていく。そうこうしているうちに息子のセブが問題を起こし、仕事もうまくいかなくなり……という負の連鎖の話。この個人事業主やUber Eatsなど、昨今では個人が自由に時間を活用して働く「ギグワーク」が生まれている。ただ、「自由な働き方」「組織に縛られない生き方」などと推奨されているその仕事だが、収入は出来高制だし、休んだ時の補償もないし、休んだら罰金まで課される場合まである。「自由」と称揚されるその仕事は、単に雇用する側が管理と保障のすべてを放棄して労働者に押し付けているだけなのだ。終盤に妻のアビーが配送業者の親分を相手に「1日14時間、週6日あんたのところの荷物を運んでて何が個人事業主よ!」と電話で叫ぶシーンがあるのだが、まさにそのとおり。個人責任と新自由主義が行き着くところまで行き着いた先の話である。そもそもリッチーの職が不安定になったのはリーマンショックで建設関係が壊滅した結果であり、個人として特にミスがないのに困窮に陥ってしまうという現代の厳しさをまざまざと描いている。そして、これはイギリスだけでなく日本でも同じことなのだ。あなたがギグワークを始めようとするとき、どんな人がその仕事を勧めていて、誰が一番得をするのか、そんなことを考えてみるといいかもしれない。さて、そんな救いもないケン・ローチ映画で毎回楽しみなサッカーに関するシーン、今回もあります。配送先の客がニューカッスルファンで、リッチーはマンチェスターユナイテッドファン。サッカーファンなら爆笑必至のその煽り合いをお楽しみください。あと、全体的に絶賛するしかない映画なのだが、唯一邦題だけは不満だった。原題の「Sorry We Missed You」は不在票に書かれる定型文であり、「お父さんに会えなくて寂しい」という家族の思いも意味するダブル・ミーニング。確かにこれを日本語で端的に表現するのは難しいが、「家族を想うとき」はさすがに曖昧過ぎるような。日本語でダメならそのまま英語でもよかったかなーと。苦労はわかります。

https://www.netflix.com/title/80112518

前作でもサッカーファン爆笑のシーンがあるので、こちらもどうぞ


マリッジ・ストーリー

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アダム!! ドライバーの!! 鼻がデカい!! やってまいりました、ノア・バームバック監督の家庭崩壊もの。Netflix配信映画。「夫と妻のいいところをあげていこう!」みたいな最初5分くらいだけは平穏な雰囲気が漂っておりますが、そこからはひたすら辛すぎる展開。妻と夫のどっちが悪いかと言われたらどっちもあんまりよくないねえとかそんな状態なのだが、離婚訴訟で弁護士によってどんどん大げさに言葉にされていくうちにその小さな裂け目が断崖のように広がっていく。いくら愛し合って結婚した夫婦でもあくまで他人であり、ちょっとした掛け違いから相手を憎むまでになってしまうことがあるということをしつこいまでに映像化していて、とんでもなく辛かった。こんなに辛い夫婦の映画は『ブルーバレンタイン』以来ではないだろうか。あれも見ていて辛かったが、今回はアダム・ドライバーの空振り育児がどんどん鼻デカで展開されていく上に、スカーレット・ヨハンソンとの魂を絞り出すような罵り合いがあるので、下手なスプラッタ映画よりも画面から目を背けたくなってしまう。本当に見たくないものは、グロ映像よりも人間のこうした本質的な部分がさらけ出される場面なのだ。ただ、それだけに最後にちょっとだけ訪れる救いが素晴らしい。人間は憎しみ合いながらも愛し合えるのだ。思わず泣いてしまうような素晴らしいラストの展開だった。よくよく見たらスカーレット・ヨハンソンの鼻もまあまあ変だった。

https://www.netflix.com/title/80223779

https://www.netflix.com/title/70122316

『マリッジ・ストーリー』『ブルーバレンタイン』の夫婦崩壊二本立てで年末に精神を壊そう!!


今年も最高だったぜ、映画!! 来年もよろしく!!

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