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【Jリーグ】降格王は誰だ!?【不運な男たち】

さて、五輪も終わって先日ちょっと調べものをしていたらですねちょっと面白いデータを見つけたんですよ。

我がジェフユナイテッド千葉で頑張ってくれた和田拓三選手ですが、なんと4回もJ1からJ2への降格経験があることがわかったんですよ。シンプルに大丈夫なんでしょうか。

それで、ここで思ったわけですよ。「Jリーグで誰が一番降格経験あるんだろ?」と。気になったら調べる、それが #Jリーグどうでもいい記録マン ですよね。で、やり始めたら案の定だるかったわけなんですけど、もうやめるわけにもいかなくて、とにかく最後までいってしまうんです。Jリーグどうでもいい記録はとりあえずやってみる精神と見込みの甘さと惰性によって成り立っています。

調べたのは降格制度が始まった1998年からです。J1からJ2への降格と、J2からJ3(あるいはJFL)への降格をまとめました。最初はベスト10で行こうかなーと思ったんですけど、あまりに同率で4回が多いので、4回以上降格を経験した選手を1人ずつ紹介していこうかと思います。はたして、Jリーグを代表する真の降格王は誰なのか!?お楽しみください。

和田拓三(4回)

academy_和田拓三

今回調べる発端となった和田拓三選手です。2007年横浜FC、2008年東京V、2009年ジェフユナイテッド千葉、そして2011年福岡でJ1→J2の降格を経験しました。5年間で4回とかほんとに不幸中の不幸ですよね。精神がズタズタになったベトナム帰還兵みたいにPTSDを発症していないでしょうか。両足でクロスを上げられる堅実なサイドバックでしたが、あの頃のジェフに来てくれたんだからきっといい人なんだと思います。今は横浜FCでアカデミーのコーチを務めているようです。

平井直人(4回)

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2000年、2003年、2006年、2010年と全て京都でJ1からJ2への降格を経験しました。京都一筋で京都ユースからの初のトップ昇格選手とのこと。2000年代の京都を代表するイカつい顔のGKでしたね。ちなみに、2010年に引退してからは京都、愛媛、山口、富山などでGKコーチを歴任。2017年の山口と2018年の富山では、キーパーの頭数が足りなくなったので急遽現役復帰をしたそうです(出場はなし)。現役引退直後ならともかく、数年経ってからは珍しいですね。できれば出場して欲しかった。そして、ずっと「ひらいなおと」と呼んでいたのですが、今日「ひらいなおひと」と読むことが判明しました。

斉藤大介(4回)

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2000年、2003年、2006年の京都で平井直人と降格を共にし、それから2014年の徳島でJ1→J2の降格を経験。平井と共に、2000年代の京都の中心選手でしたね。2009年に退団してからは仙台、徳島で活躍。中盤と最終ラインをこなせるマルチな選手で、1人いればかなり融通が利く、1家に1台斉藤大介といった感じの選手でした。近年では徳島を昇格させた時の奮闘ぶりが印象に残っています。今は京都のアカデミーでコーチをやっている模様。Twitterもやっているようです。

今野泰幸(4回)

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2002年札幌、2010年FC東京、2012年G大阪、2019年磐田とすべて異なるチームでの降格は中々芸術点が高いですね。特にFC東京、G大阪というピンポイント降格に関与してるのが最高です。もう説明不要の選手かと思いますが、W杯2回出場レベルの選手でこんな降格経験してることなんてあるんですね。かつてはドリームクラッシャーとしていろんなチームの夢を破壊してきましたが、今野自身もそこそこドリームをクラッシュされているということがわかりました。まだまだ磐田で現役やっています。38歳なのに、元気ですね。ちなみに2002年の札幌の時は、代表に召集されている最中に降格していて、「旅行から帰ったら実家燃えてた」みたいな状態でさすがにかわいそうですね。

駒野友一(4回)

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ごめんなさい、ここにもW杯2回出場してるのに多重降格経験者がいました。2002年、2007年に広島、2013年に磐田、2016年に福岡でJ1からの降格を経験。説明不要の右サイドのスペシャリストですね。元から所属していた広島はともかく、2016年の福岡とかFC東京からローンで出されてるわけで、なんかピンポイントでそういう場に居合わせる運の悪さを持っているような気もします。カテゴリーによってプレーがほとんど変わらない稀有なプレーヤーという印象です。現在はJ3の今治に所属なので降格の心配はありません!

平本一樹(4回)

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東京Vのヤンチャ代表も名を連ねることになりました。基本東京V一筋だった気がするので、あれ?そんなに降格したっけ?と思いましたが、2005年と2008年に東京Vで降格しているのに加えて、2007年に横浜FC、2012年に町田と1年レンタル時に降格しているという離れ業をやってのけています。しかも2007年と2008年の2年連続降格はかなりレベルが高いですね。2019年に町田の強化担当に就任したようですが、今でも在任なんでしょうか。やり方はどうやるかは知りませんが、「強化」って言葉が似合いますね。

安藤淳(4回)

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2006年、2010年に京都で降格した後、2014年にはC大阪で、さらに2015年には松本山雅で降格を経験しました。守備のユーティリティプレーヤーでしたね。C大阪であまり出場機会のないまま降格したのが、かなり運が悪い。たまたま万引き生徒と同じ店にいたから連座で教師に殴られた感じです。最終的にはまた京都に戻って、2020年に引退。2021年からクラブのアンバサダーを務めていますが、脊椎空洞症と黄色靭帯骨化症という難病が発覚したようです。心配ですね。

アレックス(4回)

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外国籍選手で珍しく多重降格してるのは、俺たちのアレックスでした!2006年福岡、2009年千葉、2014年徳島、2018年で讃岐と4回の降格を経験した歴戦の勇者ですね。左サイドバックが中心ですが、一時期はFWをやったこともあるユーティリティプレーヤー。どこやらされても文句言わずに最低限の仕事はしてくれるところが、いろんなチームに呼ばれ続けた1つの要因ですね。フロンターレにいたことなんて誰が覚えてるんでしょうか。アレックスの偉いところは、落ちた時にたいていそのまま翌年もやってるところですね。義理人情に厚い。今は徳島のユースでコーチをしてるようです。

阿部吉朗(4回)

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流浪のストライカー阿部ちゃんはなんかけっこう降格してそうな印象でしたけど、やっぱりたくさん降格してました。2010年湘南を皮切りに、2011年甲府、2013年磐田、2015年松本とキャリア終盤の6年で4回の降格を経験して引退しました。特にJ1でのプレーを求めて甲府、磐田に移籍したのにそこでも降格してしまったという引力の強さを感じますね。とにかく理屈で説明できないヤンキー臭くて勝負強いストライカーでした。今は地元のつくば市でサッカースクールのコーチをしているようです。

パウリーニョ(4回)

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外国人選手2人目の登場は、あのパウリーニョです。どのパウリーニョ?と思う人のために説明すると、G大阪、京都などで活躍した左足のアタッカーのパウリーニョです。ここまで言ってもどのパウリーニョかピンと来ない人が多数と思われますが、とにかく話を進めましょう。2006年京都、2011年甲府、2012年G大阪、そして2015年には大分でJ3降格も経験しました。京都でもG大阪でも大分でも、降格の翌年も残って頑張るという、こちらも義理人情に厚い男でした。ドリブルの推進力がすごくて一発もある、使い勝手のいいアタッカーでしたね。

大久保嘉人(4回)

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J1最多得点記録保持者、W杯2回出場の男も4回の降格を経験しました。でも、絶対それくらいやってると思ってました。プロデビュー1年目の2001年にC大阪でいきなりJ2降格、マジョルカ移籍の後2006年に復帰してその年に降格という中々素人にはできないストロングな降格スタイルを見せています。神戸に移籍後にヴォルフスブルクに移籍して、そして復帰後しばらくした2012年に降格。川崎でめちゃくちゃに点を取った後、2019年に磐田で降格とジェットコースターのように激しい選手生活を送っています。現在はC大阪に復帰しましたが、どうでしょうか、キャリアの最後にもう1発かましてみては?

坪内秀介(4回)

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神戸一筋という印象があったのですが、全然そんなことはなくて、それは北本久仁衛でした。2005年に神戸で降格後、2008年と2009年には札幌、大分というローンでの出向先で降格を経験。その後は2010-2012大宮、2012-2014新潟、2014-2015に磐田と、落ちそうで落ちてないタイミングのクラブを歴任しましたが、ついに2017年群馬でJ3降格でお縄となりました。守備のユーティリティープレーヤーでしたね。現在はヴィッセル神戸のスクールコーチをしているそうです。

下村東美(4回)

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ジェフ千葉にいた下村もやはり多重降格経験者でした。2006年C大阪、2009年千葉、2011年山形、2013年に湘南で降格をしました。彫りの深い顔が印象的な(オーストリア人と日本人のハーフとのこと)、潰し屋系のボランチでしたね。千葉ではJ1終盤期の辛い状況の中でキャプテンを務めてくれたので、後遺症が残っていないか心配しています。引退後は湘南でコーチを務めた後、サッカーからの卒業をTwitterで宣言しました。今でもたまにTwitterでは見かけますが、元気そうですね。

角田誠(5回)

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2000年、2003年、2006年、2010年と京都のJ1からJ2への降格全てを経験しました。だんだんわかってきたのですが、これは京都がそもそも降格し過ぎなのではないでしょうか。さすが湘南、札幌と並んで最多降格回数を誇っている降格界の強豪です。そして、京都だけかと思っていましたが、2015年清水の降格を忘れていました!おかげでトップの5回に角田も躍り出ました!!ただ、最初の2000年は、角田は2種登録なので数に含めるのはかわいそうな気もしますが、とにかく運が悪いとしか言いようがありませんね。いったん名古屋に移籍してもまた戻ってきたり、京都愛の強さを感じます。京都以後のキャリアでは仙台が印象的でしょうか。ここでもばっちり守備の要でしたね。川崎に移籍したのはすっかり忘れてました。現在はポルベニル飛鳥の選手兼コーチをやっている模様。まだ38歳なんですね。もっといってる印象でした。

中村北斗(5回)

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2006年福岡、2010年FC東京、2014年大宮、2016年に福岡、最後に2018年長崎で降格を経験。5回でトップタイです!サイドのスペシャリストで、守備に特徴のある選手でしたね。Jリーグでの活躍も印象的だったのですが、一番印象に残ってるのは、2005年のワールドユースでオランダのクインシー・オウス=アベイエにボッコボコに切り裂かれまくったことです。クインシーはそこからイマイチ伸びなかった印象なんですけど、2010年にはなぜかW杯に出てるんですよね。浦和が獲得するという話もあったそうで、不思議と日本に縁があります。今でも現役で、スリナムのSVロビンフッドという謎のクラブにいるらしいです。というか、ほとんどクインシーの説明でした。そして、中村北斗は今、大豆製品の移動販売ビジネスを展開しているそうです。偽科学じゃなくて、ちゃんとしたおいしそうな製品で安心しました。

水谷雄一(5回)

Screenshot_2021-08-24 富山のGK水谷雄一が今季限りでの現役引退を発表「心から感謝」 サッカーキング

何と懐かしい名前が。1999年に平塚(!)で降格を経験した後、2001年に移籍した福岡で降格、さらには2006年にも福岡で降格。2010年には京都で降格し、最後に2014年に富山でJ3に降格し、そこで引退をしました(2016年にFC MIYAZAKIで現役復帰し、1年で再引退)。正直言ってほとんどプレーの記憶がありませんが、常にJリーグの選手名鑑に名前があった存在でしたね。1999年に関東学院大学をわざわざ中退して平塚に入ったのに降格するという、降格の神に愛されていなければできないウルトラCをやってのけています。現在は栃木SCでGKコーチをしているとのこと。

渡邉大剛(5回)

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さて、大トリを務めるのは、同じく5回の降格を誇る渡邉大剛です!前髪が長い。国見高校を卒業して入団した京都で2003年に即降格。そこから、2006年、2010年の京都トリプルインパクトをもろに食らいました。そして、2011年から移籍した大宮では2014年に降格を経験。一度韓国を挟んで移籍した讃岐で2018年にJ3降格という、その全体に渡って幅広く降格したキャリアでした。サイドを運動量豊富に幅広くプレーする印象の選手でしたが、降格の神はプレースタイルを特に見てないので、仕方ありません。弟の渡邉千真は1度も降格を経験してないので、運が悪かったとしか言いようがないでしょう。これで韓国の釜山でも降格していたら完璧だったのですが、そこまでは無理だったようです。落ちそうで落ちないと言われていた頃の大宮の主力だったので、その頃に何度か落ちていたら前人未到の6回降格をやっていたかもしれませんね。現在は引退して、Jリーグのエージェントをしている会社グロボル・フットビズ・コンサルティングに所属してる模様です。


さて、かなりの数の選手が4回以上を経験していることがわかりましたね。この他にも3回経験している選手はさらに多く、2回となるととんでもない人数です。その中には日本代表でW杯に出場している選手もいて、本人の実力がどうこうというよりも、ほとんどその時のめぐり合わせによるものでしかないでしょう。そんな中で多重降格をしている選手は、運が悪いとしか言いようがありません。前世が魏延だったりしたんでしょうか。

現時点では5回が最高の降格回数ですが、6回という前人未到の数字に達する選手はこれから出るんでしょうか?28歳ですでに3度の降格を経験している為田大貴(2013年大分、2015年大分、2016年福岡)、28歳でビッグネームを父親に持つ高木利弥(2015年山形、2018年柏、2019年松本)、26歳で3度の降格済みの松本昌也(2013年大分、2015年大分、2019年磐田)など逸材が控えています。楽しみですね。

今後も多重降格シーンから目が離せませんね。1年に2回降格あるいは1年3降格の荒業を披露する選手もそう遠くないのかもしれません。今年の降格戦線も注視しましょう!


(追記)

監督も調べてみました!降格時点で監督をやっていたパターンのみカウントです。多重降格監督のみ紹介します!

秋田豊(2回)

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2010年京都、2012年町田で降格を経験。どちらも加藤久、アルディレスからのバトンタッチでの降格ということでかわいそうですが、どちらにせよその後の成績がメタメタだったので、仕方ない感もあります。ヘディングしすぎたんでしょうか。現在はいわてグルージャ盛岡の監督をしています。J3は降格がないので安心!

小林伸二(2回)

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俺たちのコバさんは2011年山形、2014年徳島で降格を経験。もっとやってるかと思いました。小林さんのすごいところは、2回ともシーズン頭から指揮を執って降格までいってるところですよね。「小林さんで落ちたら仕方ない」というフロントからの信頼を感じますが、ずっと喋ってるので解任を切り出せないのかもしれません。今はギラヴァンツ北九州の監督をやっていますが、今年はかなり危ない!

石崎信弘(2回)

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ノブりんは2012年札幌、2015年山形で2回降格を経験。正直もっとやってるかと思いました。石崎さんも小林さんと同じく、シーズン頭から指揮を執っての降格。2016年には降格したのにそのまま継続して監督をしています。フロントとの関係が良いのでしょうが、見た目がテキ屋のおっさんなので言い出しづらかったのかもしれません。現在はJ3のカターレ富山で監督をしていて、今のところ首位です。さすが。調べてませんが、Jクラブ最多指揮監督でもかなり上位に行くのではないでしょうか。

曺貴裁(2回)

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湘南長期政権の間に、2013年と2016年に降格。2回降格してもそのまま監督を続けてるということで、もはやクラブと一心同体という感じです。指導歴が長い感じもしたのですが、湘南で初めてトップの監督をやっているんですね。例のパワハラ事件でその湘南を出てからは、今年から京都の監督に就任。現在2位で昇格も十分に狙える位置。ジェフユナイテッド千葉と順位を交換してください。

田坂和昭(2回)

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2013年大分、2015年清水で降格を経験。2013年はシーズン頭からの指揮ということで致し方ない感じですが、2015年の清水はほとんど敗戦処理という感じだったのかわいそうな面はありますね。塹壕戦の達人といった感じのサッカーを展開しています。2019年には栃木SCでJ3降格の危機を最終節で勝利してなんとか回避しました。その相手はジェフユナイテッド千葉なので、なんかください。現在も栃木SCで塹壕戦をやっています。

渋谷洋樹(2回)

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2014年大宮、2018年熊本で降格を経験。2014年は俺たちの大熊清さんの尻拭いで降格しましたが、翌年はJ1昇格を成し遂げる手腕。しかし、2017年まで指揮を執り、その年は不振で伊藤彰さんを挟んで後任監督の石井正忠さんが降格という結果に。2018年には熊本でも降格しているので、ジェットコースターのような指導歴ですね。現在は甲府でヘッドコーチをやっている模様。

北野誠(2回)

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讃岐で梁山泊を開いていた北野監督は、乏しい戦力でがんばっていましたが2018年についに落城。その後2019年岐阜で完全な敗戦処理で2回目を経験しました。讃岐では手を変え品を変えなんとかJ2への残留を達成し続けたのが印象的。アラン(FW)、我那覇(FW)、エブソン(一応DF)の3バックで守り切ってたのは何が何だかわかりませんでしたね。現在はノジマステラ神奈川相模原の監督をやっている模様です。監督やってる時は面白いTwitterをやってくれないので、できればTwitterに専念してもらいたいです。

反町康治(3回)

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さて、最多降格経験監督はやはりこの人、反町康治さんでした!2010年湘南、2015年松本、2019年松本と3回の降格経験はさすがの一言です。いずれもシーズン頭からやっていて、2019年松本以外では、その後もJ2で指揮を執るという圧倒的なフロントからの信頼感を感じます。その質実剛健スタイルのサッカーはソリボールなどと揶揄されることもありますが、新潟、湘南、松本(2回)を昇格させた手腕があるからこそ、3回降格させても引きがあるといものでしょう。現在は日本サッカー協会で技術委員長を務めています。日本代表でもソリボールが見れるのか、期待しちゃいますね。


昇格についても調べました!こちらでどうぞ!


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