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十枚の葉書【創作】


あんなことを言ってみても、内心は本当に手紙が書けるか不安だったのですが、葉書を買ってみればこんな小ささだったので、杞憂だとわかりました。スマホで送ればいつでも言えることを、わざわざ手書きの字で形にして届けられることが、葉書一枚分の贅沢なのだと思います。
ツバキは駅から帰る途中にまた二三本見つけました。一度見つかると後から後からと目につく、と好きな詩人も書いています。写真も一枚見てもらいたいようなのが、可愛らしい八重咲きが撮れました。 二月十日



間が悪くなってしまいそうなので、此方からお書きします。
手続きは僕の勘違いでした。やはり大学へ行って直接貰わないといけないようです。(僕はまだ行っていなかったので。これから書くものの多さを思うと気が重くなります)
梅が咲いているのを見ました。よく晴れていて(春は空からやって来るのではないでしょうか)、黒い枝が日に白く光っているように見えたのが、どれも小さな花だったのです。そしてそれを書きたくなりました。 二月十五日



すれ違いになったみたいですね。文字を書いた葉書をポストに入れるときの恥ずかしさ! 僕はむしろ、同じことを感じていると知って今度のそれが楽しみになりました。
面と向っては言えないことが書けるのも、気持を話すことが下手な僕たちに似つかわしくはないでしょうか。会って話している二人とは違う、もう一つの二人●●●●●●●の秘密のやり取り、そんなことを空想します。
本はまた今度お邪魔した時に。感想など送ってくだされば嬉しいです。 二月十六日



あなたのお手紙は寂しさへの慰めと春の陽気を連れて来ました。いい日をありがとう。
計画書が書けない間、あなたもどこかで同じように机に向かっていると思うことが支えになりました。外へも出ていなかったのが、今日のお返事のために郵便局へ行って、もう春が近いことを知ったのです。
急に会わなくなると、思いついたことをまずその人に話すところを空想してしまいます。今度のそれは進路のことで、僕も衣食のためだけでない理由を思いついたことです。 二月二十七日



素敵な絵葉書が届きました。その住所へお返事を書くのも新鮮です。絵になる街並は、実際に見た目にはいかがでしたか。どんな写真を撮りましたか。
此方のこともご心配をありがとう。実は前にお話しした考えを諦めそうになっていた頃でした。身の丈に合わないものはいつか諦めなくちゃいけない、けれど諦めるには未練がありすぎるから今が苦しいです。人並のこともできない自分をよく思い知りました。
聞いて欲しいことが僕にも沢山あります。 三月三日



何からどうお話しすればいいか、迷ってこれを書いています。計画書は漸く書き終えました。書き終えたと言うより、拙い自分と向き合うのに耐えられなくなったのです。そして提出した後に空疎な自分だけが残りました。(愚痴はやめましょう)
残りの休暇のご予定はいかがですか。僕は何もない身です、いつでも誘ってください。(これだけ伝えたかったのです)
葉書をまた五枚程買いに行きました。外はもう春ですね。今年は色々の花の咲くのが待ち遠しくなります。 三月八日



生憎の雨でした。しかたないのでこれに気を紛らわせることにします。例によってあなたも同じだといいと空想します。
今日の公演はまた別の日に見に行けないでしょうか。空いていそうな日があれば。それまでに僕も一緒に行きたい展示を探しておきます。
一昨日の話は、僕の聞き方が悪かったとあの後思いました。言ったことを取り消させてください。(僕は一人になると会っている間の軽率な自分が嫌になります)
寒いのでお体に気をつけて。 三月十一日



一昨夜、昨夜に続いてやはり眠れなかったので、起きてこれを書いています。
あなたの声がまだ耳を離れません。目にもあなたの顔が浮かぶのです。
僕にはあなたの気持がわかりません。会ってくれる気がないのなら、どうしてそう言ってくれないのですか。
あなたさえ聞いてくれないのなら、僕の言葉に何の意味があるでしょうか。
これから僕は咲き始めた桜並木を歩いて、この葉書を出しに行きましょう。遅い月が出ている頃です。 三月十七日 夜



お返事を待っている間、机の上の葉書は白いままでした。それはこれともう一枚あるのです。しかし僕はもうそれにあなたへのお返事を書くことはできないと知りました。
その代わりに、僕はあなたに教えられたことを親密で幸福な葉書のやり取りにして小説を書きましょう。それが僕にもあなたにも嘘にできない真実を持つことを願って。そしてそれが出来たときに、その一通目をもう一枚の白い葉書に書いてあなたのもとへ送りましょう。そのときまでお元気で。 三月二十二日


(了)


Photo: Postcard from the field - Europeana 1914-1918, Europe - CC BY-SA.
https://www.europeana.eu/item/2020601/https___1914_1918_europeana_eu_contributions_3847

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