3.11の震災のとき、僕は必死に仕事をし、そしてたくさんのことを学んだ
場中の震災。ヘルメットをかぶっての緊急対応
3.11の時、僕は六本木ヒルズの45階にいました。
六本木ヒルズは激しく揺れました。ながくゆっくり揺れました。僕は兵庫県で阪神淡路大震災を経験していて、当時の家は半壊になりました。あの時とは違う揺れでした。しかし、長いぞ、大きいぞ、これは大事件だ、そういう雰囲気になり、みながニュースをすぐ確認しました。
震災の発生が14時45分とまだ場中だったこともあり、僕はもともと机の下に備えられていたヘルメットをかぶり、いそいで自分の担当業界で、東北地域に工場など重要な拠点がある会社はどこかを調べはじめました。
場がしまってから、少し落ち着きを取り戻し、トイレに行きました。すると、同じ階にいたオペレーションズの皆さんは廊下に整列して、避難していく所でした。それを横目に僕はトイレを済まし、またすぐに自分の席に戻っていきました。
拠点一覧と地図を眺めながらの地道な調査
その日、45階からは様々なものが見えました。
煙が見えました。方角から、お台場方面だと分かりました。僕はすぐお台場に自分の担当業界の倉庫などがないことを確認しました。
爆発も見えました。千葉の方だと分かりました。方向とGoogleマップから千葉の製油所だろうかとひたすら調べました。
オフィスでは、備え付けのテレビでニュースを流しながら、どこかの現場が映るたびに地図を確認して、どこの会社の何かがないか調べていました。
当時はアドレナリンが出ていて、とにかく自分の担当業界の拠点がどこにあるか、ひたすら調べていました。IRにも電話しましたがなかなかつながりません。運よくつながっても、各社とも「調査中」とだけしか答えてくれないので、会社の拠点一覧と地図とを見くらべながら探していました。
レポートを急いで用意し、そして投資家からの問い合わせにも答えます。この震災によってどんなことが相場に起こるか、どの株を売り、買えばよいのかを必死に考えていました。
投資というものはみんなが上がると知る前に買い、下がると知る前に売ることが価値です。あの時、僕はニュースで流れる場所を地図上で探す、会社の拠点リストをとにかくプロットするなど、一次情報に基づいて調べ、そして考え抜くことの大切さを学びました。
バリュートラップから抜け出すカタリスト
担当業界は非鉄金属やセメントなど、資源関連でした。セメント企業は震災需要への期待感から、注目度が急激にあがっていました。それまでセメント業界は供給過多な業界で、公共事業投資の抑制もあり、低迷が続いていました。そのため、時価総額は低迷している企業だらけでした。
震災が大規模であったことから、東北地方のセメント工場はどこも生産できる状況ではありませんでした。一方、東北地方に工場がない場合もしくは年間キャパシティのうち東北地方の比率が低い会社への期待感は高まる一方でした。そのため、後者にあたる企業は復興需要期待で大抵すぐに上がっていました。
ただ、そうでない株がありました。㈱デイ・シイという太平洋セメントグループのセメント会社です(現在は太平洋セメントに完全に吸収されたようです)。自分たちの担当していたセクター内の上場企業で、震災関連銘柄を探す一環で、ふとヤフーファイナンスの配当利回りランキングを眺めていました。その中で上位にいた高配当銘柄で割安放置されていた会社でした。すぐにセメントハンドブックを広げ、工事の位置を確認し、被害を受けていないことを確認しました。
東北圏のセメント工場は軒並み稼働がそもそも難しい状態になっていました。セメントはできるだけ近隣から運ばなければ届かないような重い代物なので、震災の被害もなく、関東圏のように東北に近い立地は、復興需要の受け皿となりえる最高の立地だと感じていました。しかも当時、デイ・シィは配当性向が上場企業の中でも上位というとても高い状態で、いわゆる割安放置された銘柄でした。これは上昇余地が大きいのではないか、そう感じました。社内からの問い合わせなどで、そうしたリサーチについて伝えたところ、その後すぐ急騰しました。自分の話で小さな企業の株価を大きく動かしたかもしれない、そう感じました。
僕は個人的に割安銘柄が大好物で「この銘柄よくないっすか!?」と上司によくニッコニコで提案したりしたのですが、バリュートラップ*も多いので、カタリスト**を考えろと上司や先輩からよく言われていましたが、「配当性向が上場企業上位になっても動かなかった小さな会社が、長年割安に放置されていた状態から抜け出す、まさにカタリストに震災がなったんだな」と感じました。バリュートラップから抜け出すカタリスト、そして株価がどう動くのかを身をもって学びました。
*バリュートラップ (バリュートラップ)
PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)など、株式投資において割安・割高を判断する指標はいくつも存在します。理論的には、割安な銘柄は株価上昇による水準訂正が期待できますが、割安な銘柄がいつまで経っても割安なまま放置される状態をバリュートラップといいます。
出所:バリュートラップ│初めてでもわかりやすい用語集│SMBC日興証券 https://www.smbcnikko.co.jp/terms/japan/ha/J0665.html
**カタリスト(かたりすと)
分類:相場・格言・由来
株式・金融市場では相場や株価の変動を誘発する材料・きっかけを指す。例えば、政策や経済統計、企業業績など。本来の意味は触媒。
出所:カタリスト|証券用語解説集|野村證券 https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ka/A02272.html
顧客へのコミットメントの大切さ
福島の原発およびそこから放射能汚染が広がっているのではないか?というようなことが話題になっていた時、オフィスを大阪に一時的に動かしたり、国外に逃がす他社もありました。
しかし、僕のいた証券会社は「我々は逃げずに日本市場へのコミットを示すんだ、顧客も東京にいるんだから、我々も東京からサービスを提供し続けるぞ」というような熱い雰囲気があったように記憶しています。これはとても大きな社風を表すことだなと感じていて、会社が「社員」に向くか「顧客」に向くかの大きな違いだったように思います。
もし、社員の安全を重視するならばオフィスを一時的にでも大阪などに移してもよかったハズだし、遠隔地にいることによるディスアドバンテージがそこまで大きかったかというとそうでもないようにも思えます。けれど、「顧客がそこにいる限り同じ場所にとどまるんだ」というのは、強いメッセージ性を持っていたように思いましたし、僕個人としては誇らしくありました。今のようなデジタル時代に。物理的に近くにオフィスがあることに意味があるかと言われればきっとないんだと思います。
けれど、一方で「信頼・信用」の蓄積が重要になりつつある時代***でした。震災という特殊状況下でこそ、顧客の信頼を獲得するための姿勢を示すことが大切だと感じました。
***岡田斗司夫氏の「評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている」が上梓されたのが震災の直前、2011年の2月です。その後、西野亮廣氏などのインフルエンサーの方々が“信用貯蓄”といったような言葉を生みだしてきています。
どうにもできないブラックスワン。目の前に必死になることの大切さ
震災というものを捉えれば負の側面がたくさんあるものです。たくさんの大切な命が失われました。僕はその時、懸命に仕事をしていました。
ある人からは「そんな投資だなんて、カネの話ばかりしやがって!不謹慎だ!」というような思われ方をするかもしれません。しかし、そうした環境で一生懸命働いた僕は、そこからたくさんのことを学んだのも事実です。
自分が学ぶためにまた何かが起これとはもちろん思いません。それは主客転倒しているサイコパスの考え方でしょう。
ただ、僕は危機をむかえる原発に何か力になれることもなかったですし、東北の津波を止めることもできませんでした。そういう僕ごときではどうすることもできない「ブラック・スワン」が起こった時、自分のいる場所で起こることに必死に対処することが大切だと信じています。そして、起こってしまったことから、たくさんのことを学ぶしかありません。だから、そういう時にこそ、自分の目の前にあることに本当に必死になることが大切だと、僕は信じています。
末尾になりましたが、改めて。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。R.I.P
サポートしてくださった方のご厚意は、弊社の若手とのコミュニケーションのためのコーヒーショップ代にさせていただきます。