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「消費税廃止」と言われても嬉しくない若者たちの心理

選挙が終わり、そこから逆に
野党が大きく動き始めていますね。

今回はコロナ対策の失敗という逆風の中で、
しかも野党4党が手を組んで共闘したのですから、
普通に考えれば自民党の失速と野党の勝利が予想されました。

それなのに、結果としては立憲民主党と
日本共産党も議席を減らしてしまい、
もちろん自民党も議席を減らしましたが、そのぶんを
なんと維新がさらっていくという現象が起きました。

この苦しい状況下で戦後3番目の低投票率ということも
ある意味とても日本らしいなと思ってしまいました。

そんな選挙結果を受け、
立憲民主党は結党以来、党を支えてきた枝野代表が辞任。
副代表だった辻元清美さんが落選するという状況の中、
新しいリーダーが誰なのか、ということが急浮上しています。

歴史的な意義の観点からすると、
この展開のために起きた大敗だったのかもしれませんね。

さて、今日は選挙を通じて印象に残った「あること」を書きたいのです。
それは、日本人の敗者のマインドについてです。

選挙期間中だったと思いますが、あるアンケート結果が報道されました。

「消費税率「10%維持」が57%、「引き下げ」は35%」

そんな内容です。
コロナ禍でこれほどまでに経済が低迷しても、
「現状を変えないほうがいい」と判断する。
その気持ちはどこから来るのか。

これは恐らく、「変えるのが怖い」というものだと想像します。
例えばれいわ新選組の訴えだった「消費税廃止」。
このわかりやすい内容についても、国民の多くは賛成しません。
その理由は「借金をしてまで・・・」というものです。

つまり「今は良くても、後でそのツケを払わされるのが怖い」
ということですね。

このようなマインドに共通するのが、
将来のことが見えないことへの不安です。

今の30代以下の若者たちは、人生の中でたったの一度も
「景気がいい」というときを知りません。
世の中全体に漂う「不安」という空気の中、
ユニクロやダイソーで安いものが買えるし、
泥水を飲むような「想像上の難民」生活が見えるわけでもない。

だから、世界中が今はそうなのだろうと思い込んで、
この先の見えない閉塞した毎日を、
「深く考えない」というやり方で受け入れているんですね。

なんとなく、わかります。

だって、毎日毎日、泣き叫ぶほどではないけれど、
そこはかとなく苦しくて、余裕がない人生を生きてくれば、
突然、「ただであげるよ」と言われても警戒して当然です。

そんなうまい話があるはずない。
後からもっと大きな代償を支払わさせられるにちがいない。

そう考えるでしょう。
それが今の日本人の心のメカニズムなのです。

日本財団が毎年やっている18歳意識調査の中で、
「自分たちで世界を変えられる」という項目にイエスと答えた数。
世界の平均は約60%なのに、日本の若者は2割以下。

「2050年までに脱炭素はできる」という項目に
イエスと答えたのはたった14%、半数は「わからない」。

これらのすべてに、何か同じものが通底しています。
我々が今、手をつけなければいけないのは、
このような心の仕組みをどうすれば変えられるか、ということです。

人間というのは「心」で動いています。
判断も行動も、その根拠は衝動も含めた「心」ですから、
「心の問題」に対処することこそが、本当の対処です。

そして、「心」の動き方に衝動と熟慮があるとしたら、
衝動の方が大きいのですよね。
衝動は、反射という言い方でもいいでしょう。

深く考えず、感じたように行動してしまう、ということ。
なんとなくこう思った、という気持ちを根拠に、
自分にとって返って良くないことをしてしまう。
人間とはそういう生き物です。

そこに対処するのは本当に大変なんですね。
もちろん自分も含めて。

私はまず、日本人がなぜこのような国民性を持っているのか
ということを分析し、皆が自分を理解することが重要だと思っています。

我々は、当たり前のこととして
日本語で話し、日本円を使って物を買いますね。
でも、これって、この丸い地球の中で、日本だけです。

もちろんそう言われれば頭では理解できるでしょうが、
そのことが持つ本当の意味までは考えにくいでしょう。

私たちは外国のことを「海外」と呼びますね。
四方を海に囲まれた島国だからですが、
それだけではなくて、その外に行くと、言葉もお金も通じない。
つまり、我々は宿命的にこの場所でしか生きられないという
無意識下の固定観念があって、
それに支配されているからこその「お上の言うことは絶対」という
暗黙の文化が存在しているのですね。

もし地続きで別の国があったら、どうでしょうか?

日本の政治が嫌なら、簡単に隣に行けばいい。
あるいは、世界中で日本語が使われていたら?
簡単に外国に逃げてしまえばいい。

でも、そういう選択肢を持てる人はほぼいなくて、
みんな生まれた頃から、ここにいるしかない、という思い込みの中で
日本という国は形成されているわけです。

そうなると、国を運営する側はどうしても
「統治する」という感覚を持ちますね。
苦しめても逃げ出すことのできない人間、
文句を言わない人間を、思い通りに動かそうとする。
外の情報を排除して、「これしか生きる方法がない」と思わせる。

そういうことがまかり通っているわけですね。
テレビでもなんでも。携帯電話がガラパゴス化したことも。

私たちは、生まれてから死ぬまで、
基本的にこの世には日本人しかいなくて、
日本的な考えややり方の外に出るのは怖い、面倒臭いと思わされている。

そしてその「日本的なやり方」と思い込んでいるものは、
我々自身の首をどんどん締めて行くものになっているのに、
「こんなもんなんだろう」と受け入れてしまう。

その結果が、ここ30年、経済成長しなかった世界でたったひとつの国、
というありえないことを実現するに至ったのですね。

その事実を知らない人もたくさんいます。
日本は優秀な国なのだと思い込んでいる人がたくさんいます。
でも、実際はちがいます。
世界中の人はもっと余裕があって、考えることができる。
だから「気候変動」について真剣に向き合える。
我々にはそれができる余裕がないのですよね。

最初に伝えたかったのは、
我々は世界の中でもとても変わった状況に生きていて、
我々の当たり前は、世界の常識ではない、ということを知ることです。

世界中の人々は「世界を自分で変えてやる」と思っている。
でも日本人はそう思えない環境に置かれている。
その環境を変えなければ、日本に未来はないんですね。

私も思案するのですが、
例えば生活が苦しいのに消費税10%を維持すべきと思ってしまう人には、
「借金ではないものを借金と呼んでいるのだ」という事実を
しっかりと理解させていくしかないと感じています。

わかっている人をひとり、またひとりと地道に増やすしかない。

例えば、世の中にどうやってお金が生まれるのか。
お金なんて当たり前すぎて、そんなこと考えたことないですよね?
人間はどうやって生まれますか?
わかっていますね。
では、お金は? どうやって生まれる?

お金を生み出せるのは国、そして民間銀行です。
民間銀行は、誰かがお金を借りに来た時に、
その人の「借金」という形でお金(銀行預金)を発行します。

元手はありません。だからお金が新しく生み出されたわけです。
このことを日本語では「信用創造」と呼びます。
わかりにくいですね。
でも英語は簡単です「Money Creation」です。
マネークリエーションですよ。日本語では「貨幣創造」ですかね。
無からお金を作り出す、ということ。

こうなっていれば、英語圏の人は
お金が銀行で作られているということを
もともと理解しているのが当たり前になりますね。
日本では銀行の特権を言葉のマジックで隠蔽しているのです。

ここでひとつ、当たり前の事を言っておきます。
人が銀行からお金を借りる理由ってなんでしょう。
「使うため」ですよね。決して貯金ではありません。
人から借りたお金を貯めておくなんて、馬鹿げていますもんね。

車を買うのか、家を買うのか、事業を起こすのか、
理由はそれぞれですが、何かしらお金を使うために借りる。
それが前提だということを覚えておいてください。

民間銀行が借金で作り出した預金の特徴は、
「借りた金は利息をつけて返さなければならない」ということです。
その理由は簡単。銀行は営利企業だからです。

銀行預金は、誰かの借金で生まれて、返済で消えるのです。
利息分だけを残して・・・・わかるでしょうか。

では、国はどうやってお金を作り出すのか?
これが国債発行と、財政支出の組み合わせです。

国債発行というのが、銀行でいう信用創造、
つまりマネークリエーションです。
多少のオペレーションはありますが、簡単に言えば、
日銀が、政府の要望に応じて無からお金を作り出しているわけです。

そしてそれを民間人に手渡すことで、
初めて国の作ったお金が世の中に出回るわけですが、
このときに、何かしらの仕事と引き換えに渡すのですね。

橋を作ったり、治水したり、まぁ、いろいろですが、
これが財政支出ですね。
日本人に仕事を発注して、無から作ったお金で代金を支払う。
こうして日本社会に国が作った日本円が出回って行く。

そういう仕組みです。

もちろん、仕事と引き換えではなく、ただあげる場合もあります。
それが「給付金」ですね。労働と引き換えにしていないだけで、
ただであげてもなんの問題もありませんね。
だって、道路を掘って、埋め戻す作業をさせて、
その代金だと思えばいいのですから。

で、民間銀行が借金で作ったお金と、
国が作ったお金の最大のちがいは何か、というと、
国の作ったお金は返す必要がない(とくにない、かな)ということです。

なぜなら、政府というのは巨大なNPOのようなもので、
非営利団体ですから、利益を出す必要がない。
しかも通貨発行権そのものを持っているのだから、
そもそもなんの元手もなくお金を作るのは当たり前の事です。

発行した通過を税金として回収するのは構いませんが、
それを再び国民のために使わず、
借金の返済と称して国債の償還に当てれば、
それは生み出したお金を、ただ消滅させている、ということです。

銀行と同じですからね。借金を返済すればお金が消えます。

つまりわかって欲しいのは、
国債発行と財政出動によって、世の中に通過が発行されるのであって、
国が財政赤字の累計が1100兆円と言っているのは、
積み上げた借金ではなく、
国が作り出したお金の金額にすぎないということです。

消費税をやめても、そのぶんの財源はある、という理由は、
国が借金と呼んでいるものは、
そもそも借金ではない、ということが論拠です。

財政黒字化とは、今まで発行したお金を回収してゼロにすることですから、
日本から1100兆円のお金を消す、ということなんですね。
そんなこと、やってはいけないことです。

人は心で動くものです。

心を正しく動かすには、ヒステリックにならず
ちゃんと理解することです。

飛行機が怖いという人は、
あんな鉄の塊が宙に浮くことが感覚的に信じられないからです。

でも、流体力学を少し理解すれば、
飛行機が空を飛ぶのは自然現象なんですね。
墜落するとしたら、何か別のことが原因です。

まぁ、それが怖いという人もいるのでしょうけどね。

理屈を知れば、感覚で感じていることとは別のことが
真実であるとわかるわけです。

それが、財源論にも言える。
借金だと思っていたものは、実は借金ではない。
それは集団心理でそう思い込んでいただけで、
お金の真実の姿をしっかり見つめれば、理解できるはずです。

お金の意味は時代とともに変化しています。
昔は金(ゴールド)の代わりだった紙キレが、
そのうち信頼できる現金になり、今やその現金すら使わずに
誰もが数字をお金と信じて経済活動をしています。

その変化のたびに、お金の意味も変化しています。
古い経済学者は、それに頭が追いついていない。
だから昔の常識の世界で起きた事例を引き合いに出して、
お金を刷りすぎると、お金の信任が落ちる!と思い込んでいるのです。

確かに昔、そんな時代はあったので、無理もないかも知れません。
でも、今はもうお金の力学が変化している。
お金は、外側の形をなくしていくことで、
どんどん本質的な意味に回帰しているのです。

そこに目を向けることができれば、
様々な不安が杞憂であると理解できるはずなんですね。
気を緩めていいということではありません。
事実をちゃんと理解することは、まちがっているよりはいいはずだ、
ということです。

少しでも伝わりますように。

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