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かゆいのにかけないお年寄り

夏は蚊に刺されて全身のあちこちがかゆくなるが、冬は冬で肌が乾燥して全身のあちこちがかゆくなる。もちろんその度合いは体質によって異なるので、あまり蚊に刺されない人もいれば乾燥肌とは無縁の人もいるだろう。普通ならかゆいはずなのに、かゆみに対する感度がほとんど無い(ある意味でかなりうらやましい)人もいるかもしれない。ちなみにぼくは年中どこかしらがかゆい。

でもお年寄りの方々とくらべたら、ぼくのかゆみなんて全然マシである。
かゆかったら背中でも頭でもいくらでもかきむしれる。あるいは事前に蚊取り線香を焚くことだってできるし、すかさずかゆみ止めを塗ることだってできるわけである。
でもお年寄りにはそんなことでもなかなか難しい。もちろん人によって異なるわけだが、現場でさまざまなお年寄りを眺めていると、若い頃より体が動くようになった人なんてのは皆無。背中の隅々にまで余裕で手が回るようなお年寄りは今までほとんど見たことがない。それでも孫の手を駆使したり介護士の手を借りたりしてうまいことかゆみを鎮めている人もいるけれど、一定数のお年寄りたちは麻痺や拘縮などによって自分の身体を操作することができないでいる。蚊に刺されっぱなしの、乾燥しっぱなしなのである。

絶対的にかゆい。でもかけない。ぼくなら耐えられないだろう。

現場の介護士としてたまにかいてあげたり薬を塗ってあげたりとできるかぎりのことはしているつもりだが、ほかの業務もある中で、すべてのかゆみに対応することは到底できっこない。

では多くのお年寄りにしょちゅう襲い掛かる巨大な敵・かゆみを殲滅するにはどうすればいいのだろうか。事前に蚊取り線香を焚いたり、予防としてかゆみ止めを塗ったりする以外に良い方法はないものだろうか?


かゆみへの解決策も気になる中、たくさんのお年寄りが求めているのに現状不十分なこと、解決が先送りにされていることはほかにもあると思う。

たとえば今まだオンシーズンの紅葉狩り。
いったんコロナ禍を抜きにしたとして、施設に入っているお年寄りの方々を紅葉の名所までドライブがてらお連れすることはできる。施設に閉じこもっているよりは少しでも外出したい元気なお年寄りもいるわけで、例年なら一定の満足はしてもらえる企画。やらないよりはやったほうがいいだろう。

でも。一定の満足は得られても、感動にはほど遠い。感動的なる景色なんてものはたいてい秘境や未踏の地に眠っているもの。足腰が悪いお年寄りたちはそういった場所には行けないのだ。

紅葉狩りに限定せず、どこにでもある神社仏閣を例にしてもいい。
パワースポット的な、霊力が強く人を惹きつける神社仏閣ほどたいていは山の中や悪路の末にある。ぼくたちならいい。苦労してたどり着いた分、もらえるパワーも大きかろうと、むしろ映えるだろうと、達成感や満足感を味わうことができる。
でも杖や歩行器、車いすのお年寄りたちはどうだろう。激しい傾斜。砂利道。途方もない階段。行けても入り口までが限界で、本殿に向かって二礼二拍手一礼で願掛けをするなんてあきらめざるを得ないのではないだろうか。


おそらくぼくら若者よりも、よっぽど神社仏閣を愛しているはずだ。
でも行けない。

おそらくぼくら若者よりも、よっぽどかゆいはずだ。
でもかけない。

あるいは、若者に向かってめちゃめちゃ言いたいことはあるのに、思うように声も出ないし、ネットも使えない。


数年、数十年前から、あれだけ日本は「高齢化社会」とアナウンスされてきて、世界的に見ても「高齢化大国」としてこの分野では先進国とも言われてきたのに、まだまだきめこまやかな対策が全然追い付いていないように思う。

いつものように次の日曜、正午。
日本中の茶の間を盛り上げるのが「NHKのど自慢」だろうが、のど自慢を若者よりもずっと楽しみたがっているお年寄りの方々ほどのど自慢を楽しめていない現状がある。
だって大方のお年寄りは耳が遠いわけで、テレビの向こう側で何を歌っているんだか、全然わかっていないんだから。

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