原典にあたることは、表現する上でも校正する上でも大切

仕事柄、校正・校閲の人たちにはお世話になっている。自分が他人の文章の校正を担当することもある。

校正するときには常々、「自分の常識を疑う」ことを意識している。間違いないと思うことでも、念のため意味や事実関係を調べている。しかも私の「常識」が結構間違っているので、余計に疑う癖がついた。

だが、引用元にある「原典にあたる」ということは、今までできていなかった。新聞系のメディアであれば記者ハンドブックの規則に従い、他のメディアであればその媒体での表記に合わせるといったことで終わっていた。引用元の筆者のように常用漢字表まで弾くことはなかった。

昨年亡くなった作家・新井満さんのエピソードを思い出した。
新井さんは、辞書を何度も引いて言葉の意味を調べていたという。何度も繰り返し辞書を引くことで、その言葉の本質に迫ることができたのだというお話だった。辞書=原典と言っていいのかどうか分からないが、言葉の意味を知りたいときは私も辞書を引く。明鏡国語辞典で足りない時は広辞苑も引く。そのとき初めて、言葉の本当の意味を知ることがある。よく知られているが「こだわる」という言葉も、本来の意味はネガティブなものだ。それを知ると、ポジティブな表現のときは言い換えたくなる。

常用漢字表の読みと古来からある日本語の読み方、イコールではないだけに校正者の見識も大切になってくる。文章は自由だが、読み手のことを考えれば、一定のルールがあった方がいい。
根拠なく判断を下すのではなく、原典を読み解いて答えを導き出す。その方が、いい仕事ができると思う。

ぶるぼん企画室「雑記帳」20220205

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