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アイソレーションと武術とドトール

最近、システマ東京で取り組んでいるアイソレーション。

身体の各部がバラバラに動くようになると、動きが速くなる。

攻撃があたり、防御が間に合うようになる。

これは「同時進行」によるものだ。

人は二つ以上の要素が同時進行すると、途端に捕捉が困難になる。

アイソレーションによって体がバラバラに動くようになると、同時進行する要素が増える。

それまでざっくりとした一つの動きだったのが、複数の要素の同時進行によって構成されるようになる。すると見えにくくなるし、速くなる。

「ざっくりとした一つの動き」とは、手順を踏む動きだ。

パンチなら1.足腰を踏みしめ、2.腰をひねり、3.肩を突き出し、最後に4.拳が出る。ざっと書き出しただけでも4つのステップを経ることになる。初心者ならもっとプロセスが増えるだろうし、一つ一つのステップのつながりもぎごちないものになるだろう。

「...1..2.3.....4!」みたいな。

熟練者はこう。

「1234!」

熟練者の方が早いけれども、1から4までを直列で処理するのには変わりない。

同時進行とは並列処理だ。1〜4までが同時に行われる。

直列処理の延長線上にはない。

ミカエルやヴラッドの動きはまさにそう。ミカエルの動きは特にそう。とんでもない数の要素が同時進行している。だから避けられない。

先日、トロント本部に行った際にヴラディミアとたくさんスパーリングをさせてもらった。打撃も寝技もやらせてもらった。

いつもボコボコ。ヴラッドは何もしてないのに、こちらはなす術もない。

寝技に至ってはヴラッドは黙ってうずくまってるだけなのに何もできないし、軽く手を沿えられているだけなのに身動きが取れない。

どんなに気をつけても打撃は当たるし、こちらの打撃は届かない。まるで左手でボールを投げてるように、こちらの拳はヴラッドに届かない。

「おれってこんなに弱かったっけ?」

そう思っては他の人と組む。すると自分より大柄な人でもだいたいコントロールできる。「そうだよな。たくさん練習してるし、そこそこいけてるはずだよな」と確かめるも、またヴラッドに向き合うと同じ有様。まあヴラッドが凄すぎるんだろうけれども、やはり全身をくまなく使えてそれらが協調しているレベルが桁外れなんだと思う。

直列処理から並列処理へ。

それが最初のステップ。

そして同時進行する要素をどんどん増やしていく。

そうやって得られるのが、本当の「速さ」だ。

この速さはスピードガンで測れる類の「速度」ではない。

直列処理の「速度」から並列処理の「速さ」へ。

こうパラダイムシフトすると、目にも止まらぬ「遅いパンチ」や、のっさりとした「マッハパンチ」が当たり前になる。

それを高度に突き詰めた世界に、マスター達はいるのだろう。

同時進行による「速さ」については、黒田鉄山師や甲野善紀師が指摘していたこともあって、僕はシステマに出会う前から知ってはいたし、稽古もしていた。

でも実は僕が「同時進行の速さ」を理解したのは武術の稽古ではなく、ドトールでのバイトだった。

20代前半、某企業を辞めたあと僕はアルバイトで食いつないでいた。中でもドトールで長く働いていたのだけど、始めた当初はとてもどんくさいバイトだった。特に大変なのが昼ピークである。近隣オフィスの勤め人が大挙して押し寄せてきて、怒涛の勢いでミラノサンドを作らなくてはいけない。作る端から注文が入るし、「マヨ多め」「玉ねぎ抜いて」など不規則な注文が入る。つまり多数のミラノサンド、ジャーマンドッグ、時々チーズトーストを全て同時進行でさばかねばならないのだ。

てんやわんやになりながらも、「多要素同時進行、多要素同時進行」と、甲野先生ワードを念仏のように呟きながら同時進行の稽古と割り切ってこなした。自分の足の位置や冷蔵庫の開け閉めの仕方、マヨネーズやソースなどへの手の伸ばし方としまい方などなど、ミラノサンドを作る際の体捌きを一つ一つ確認し、修正していった。だってそうしないと間に合わないんだもの。

その結果、ミラノサンド作りに関しては超スピードを誇るようになり、並大抵の昼ピークでは決して揺るがぬスキルを身に着けることができた。その上、ミラノサンドの切り口にもこだわった。ミラノサンドは最後に真ん中を斜めに切るのだけど、具材がずれないように切るのはなかなか難しい。だいたいのバイトは少しパンを潰すようにして固定してミラノサンドを切る。だから少しパンが潰れてしまう。

しかし僕は毎日の修練の結果、パンがふわふわさくさくのまま、一刀両断できるようになった。今でもたまにミラノサンドを食す際は宮本武蔵よろしく切り口を確認し、「お主、まだまだだな」と呟いてしまう。

武術に大事なことはドトールの厨房で学んだ。

その経験は今のシステマにも生きている。怒涛の展開を同時進行的な体捌きで間に合わせる、という練習としては青山のドトールはとてもいい経験になった。

だから同時進行の感覚を身に着けるなら、忙しい店の厨房でバイトしたりするのが意外にいいんじゃないかと思う。あとチェーン店の厨房も良い。「動線」という概念がとてもよくわかる。ダメなとこもあるけれど。

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