コーチとは、目的地に送り届ける人

ファッションブランドのCOACHのお店に行くと、馬車の絵を目にする。
コーチとはもともと馬車の意味であり、人を目的地まで送り届ける人、やがてスポーツの指導者をコーチと呼ぶようになったという。

私はまず、3年生引退後の新チーム発足時のミーティングで、2年生に「目標は何?」と聞いた。
キャプテンは、副キャプテンと少し小声で話し合ったのち、「全県大会出場です」とはっきり答えた。
これはつまり、郡内10チーム中上位3つに入ることを意味する。
私はその時、他校がそれぞれどの程度の強さかを全く知らなかったが、とにかくその目的地まで連れて行くことを約束した。

もう一つ。約束したことがある。
それは、「絶対に怒って教えることはしない」ということ。
自分の娘に対しては、家の中で怒鳴ることはこれまで何度かあったけど、部活動の外部コーチとしては、決して怒ったり怒鳴ったり、ハラスメントとなるようなことは絶対にしないと9人に誓った。

選手は皆、各家庭で大切に育ててこられた娘さんたちだ。
自分も一男一女を授かり、育ててきたから、学校の教師やスポーツ指導者には、どんな状況でも丁寧に、子供であっても敬意を持って接してもらいたいという、親としての目線、気持ちがある。

それに加えて、私にも職場に行けば部下と呼べる後輩たちがいて、時には苦言を呈したり、反省を求めたりする場面が不意に訪れることもある訳だが、そんな時決まって思い起こす、自分なりの流儀がある。
それは、その部下や後輩の親御さん、奥さん、子供さんなどが、すぐ隣で聞いていたとしても、言うべき言葉なのか?そのアプローチ、表現、表情でいいのか?と自問してから発言する、ということである。
彼のことを大切に思っている家族に聞こえたとしても、それは彼に対して言っておかなければならない指導なのか?
そんな風に、歳下だろうと部下だろうと関係なく、人として相手に敬意を払えなければいけないと、日頃から考えている。

そんな思いを、細部まで詳しく全て語り尽くしたわけではなかったが、いや、正直に言って、ごくごくかいつまんで手短かに話したのだけれど、とにかく私は、まだ何の実績もない外部コーチとして、まずは謙虚に、この先の方向性を見失わないように、という自戒の念を込めて、9人の選手たちに約束したのだった。

それともう一つ。
過去に高校女子バレー部のコーチをした際に実感したことがあった。
これも必ず実践していこうと、密かに自分にだけ言い聞かせたことがあった。
それは、
毎日の練習終わりのコメントは、極力短く話す、ということである。
長話は誰も覚えていない。要点を1つか2つ、ズバッと話して、物足りないくらいの短さで終える。そう決めた。
高校女子バレー部員に、監督(先輩)がいつも長々と話をしたが、大して覚えておらず、かえって逆効果だった。
選手は、みんな、早く帰りたいとか、そんなことしか考えていないと思った方がいい。

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