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【紹介】再起へのナインボールについて

学生時代、映画「ハスラー2」がヒットして、ビリヤードブームになった。
プールバーが街のあちこちに出てきて、若者たちはこぞってビリヤードをするようになった。

私も学生時代に、友達から誘われてビリヤードをするようになった。
ゲームは「ナインボール」だった。
ビリヤードをしたことがある人ならわかると思うのだが、ビリヤードというゲームはまったく自分の思い通りにならない。
初心者で、「2番をこのサイドポケットに」と宣言して思い通りに入れられたとしたら、よほど簡単な配置だったか、まぐれかしかない。

その思い通りのならなさが気に入って、私もビリヤードにハマってしまった。
ビリヤード場でバイトするようになり、お客さんがいないときは球を撞きまくった。

そのビリヤード場に、初めてビリヤードプロが訪ねてきて、目の前で球を撞いたときの衝撃はいまだに覚えている。
ブレイクしてから、1番が見えてさえいれば、かなりの確率でマス割り(ブレイクランアウト)をした。
当時自分は、狙ったところに入れられたらそれで満足、次の球のことなんて考えてもいなかった。
ところがそのプロは、1番を入れたら、2番以降のボールのことを必ず考えて撞いていた。
あたかも手球が撞いた人の意志を持って動いているかのように、そのプロは手球を操った。
「ビリヤードというゲームは、こういうものなのだ」と初めて理解した。

以来、ますますビリヤードに凝った。
暇さえあれば、センターショットだけを、押し球、引き球、中心撞きなど、さまざまなバリエーションで2時間も3時間も撞いていた。
やがてそのプロと知り合いになって、いろいろと教えてもらえるようになった。
寝ている時間、食事の時間以外はほとんど球を撞いているような状態だったので、メキメキ上達した。
プロからは、技術だけではなく、勝負に対する考え方もたくさん学んだような気がする。

やがて九州大会や全国大会にも出場できるようになったが、相変わらずプロには勝てなかった。
知らないビリヤード場に行って、「ここで一番上手な人と賭け球がしたいのですが」という「道場破り」のようなことは何回もやった。
プロと毎日撞いていたので、その人以上に上手な人はいないだろう、と思っていたわけではあるが、いまにして思えば、無謀すぎて恐ろしい限りだ。
そのおかげもあって、あらゆる場所に「ビリヤード仲間」はできた。
自分と同世代なのに、自分より上手な人に出会って、衝撃を受けたこともある。
いずれはプロになるつもりで練習したが、いろいろな事情があって、いまに至っている。

「再起へのナインボール」はそのときのことを思い出しながら執筆した小説だ。


当時お世話になったプロは、いまだにプロで活躍している。


小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)